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トレイの誕生日がやってきた。なぜか今年は、ハーツラビュルで行われる誕生日パーティーにリドルから招待された。嬉しいことではあるんだけど、少しだけ気まずいと思う自分がいた。
鏡を通らせてもらって、NRCに着けば、鏡舎にはリドルとチェーニャがいた。
「やぁ、なまえ」
「久しぶり、リドル。チェーニャもこの前ぶりだね」
「そだね〜」
リドルは相変わらずの凛々しい瞳で私を待っていて、チェーニャははっちゃけ笑いながら手を振っていた。二人とも、学校の制服や、寮服を着ている。
「相変わらずそっちの服は白いね。バレバレじゃん」
「今回ばかりはロイヤルソードアカデミーとのことは不問にしろと伝えてあるからね」
「いいのいいの〜にゃはは〜」
ふらふらと歩き出すチェーニャに慌てるように、私とリドルも歩き出した。リドルについて行くように、寮へ歩いて行く。
寮までの道はそんなに長くないようだ。今の内に聞きたいことは聞いておこう。私と同じぐらいの背丈のリドルに顔を向けて、なんとなしに尋ねてみた。
「ねぇ、リドル」
「なんだい?」
「NRCに、女の子いるの?」
「あぁ、いるよ。トレイから聞いてないかい?」
あぁ、やっぱり。トレイは敢えて私に黙っていたんだ。改めてそう思うと、胸がずきりと痛んだ。諦めようって思ったはずなのにな。
「この前チェーニャから聞いたの」
「トレイってば、なまえに言ってなかったのにゃ〜」
「いらない心配をかけたく無かったんだろう」
そうだろうな、とは思う。
トレイは優しいから。心配を掛けたくないと。愚痴だってあまり溢さない人なんだから。だけどその秘密主義な所が、今は少しだけ嫌いだ。
「リドル、なんか柔らかくなったね?」
「それもあの子のお陰だにゃ〜リドル、一回オーバーブロット引き起こしちゃったにゃん」
「え!?そうだったの!?」
全然知らない。そんな大事な事、言ってくれたって良いのに。リドルは申し訳なさそうな顔をして、私のことを見た。
「すまない、心配をかけたくなくて…」
「そりゃそうかもしれないけど…!身体は…?もう大丈夫?」
「あぁ、監督生達がね」
「監督生…?」
「その女の子のことにゃ〜」
前を歩いてるチェーニャがこっちを振り返った。監督生と呼ばれているのか、その子は。
遠くからしか見たことのないあの子の横顔を思い出す。そうか。リドルのことを救ってくれた、優しい子なんだ。
「そっか…」
「なまえ?」
リドルが私の名前を呼んだ。なんでもないよと首を横に振れば、彼らの寮に辿り着いた。持ってきたプレゼントの紙袋を握りしめて、私は一度深呼吸をする。よし、ちゃんと笑って誕生日おめでとうって言ってあげよう。
ハーツラビュル寮の扉を開けて、中に入るリドルについていくように私は足を進めた。
中は豪勢な飾り付けで、可愛らしいバラや置物が置かれている。ここで写真でも撮ればきっと、マジスタ映え間違いなし女子高の皆にもきっと話題になるだろうけれど、男子校に一人女子が行っているという時点で話題性は持っていかれてしまうだろうから、収めることはしない。
「トレイ…!」
今日の主役のトレイがいた。後輩たちにおめでとうと言われて、お礼を言っている彼の姿。皆に慕われているのだろう、囲まれすぎていて私が行く隙はなかった。仕方ない。あとでいいかと、肩を下ろした時だった。
彼の前に立っていたこの前見たあの子がそこにいた。
「あぁ…彼女だよ。彼女が監督生だ」
紹介するかい?リドルは私の肩をポンと叩いて、そう言った。
「なまえもトレイと話したいだろう?」
「あ、いいよ。後輩達可哀想だし。私は、あとでいいかな」
あんなに可愛らしい子の顔を、邪魔になんて出来ないじゃないか。
にこりと笑って、私は寮の部屋の隅に寄った。リドルは不思議そうな顔をすると、寮の真ん中に歩いて行った。
「チェーニャ?」
「前から元気なさすぎにゃ。一体どうしちゃったの〜?」
「んー…失恋しちゃったかもしれないんだ」
「あらら…?」
なんて、チェーニャに言うことではないんだけど。
チェーニャが私の頭を撫でてくれた。よしよし、痛いの飛んで行け、なんて言ってる。別に怪我したわけじゃないんだよ?なんて言えば、チェーニャが優しく笑ってくれた。
「あ、トレイだ」
「え?」
トレイが、こちらを見ていた。少しだけ、苦しそうな顔をしていた。何でトレイが苦しそうな顔をしているんだろう。笑顔を、浮かべて欲しいのに。
トレイに誕生日プレゼントを渡せていなかった。紙袋を握りしめたまま、私は壁に寄りかかり、パーティーを眺めていた。トレイはなぜか、私やチェーニャの所には近寄ってこなかったのだ。
チェーニャがトレイを呼びに行ったり、連れてこようとするたびに、トレイは彼から離れて行った。
「む〜トレイってば全然こっち来ないにゃ〜。俺、もう一回呼んでくる!」
「いやいや、そんなムキにならんでも」
チェーニャはまた、歩いて行った。そんな後ろ姿を見届けて、ふぅ、と息をつけば知らない男の子が話しかけに来た。目の下にダイヤモンドのペイントマークをつけた、おでこを出してる子。
名前は確か、ケイト君だったかな。トレイに教えてもらっていたから。
「君、トレイ君の幼馴染ちゃん?」
「そうだよ、トレイのお友達?」
「そ〜!ケイトだよ、よろしくね」
ニコッ。後ろに擬音語がつきそうなほどの綺麗な笑顔。彼は首を傾げて、私に話しかけに来た。
「トレイ君と話さないの?」
「話したいけど…忙しそうだから」
「トレイ君、後輩達に人気高いからね〜」
「そうだろうね」
第三者がそう言ってるのは嬉しい。
ケイト君は私にグラスに入ったジュースを手渡して、隣に並んで立った。同じように壁に背中をつけて、後輩に囲まれてるトレイを眺めた。
「トレイ君と付き合ってるの?」
「え、まさか!誰かから聞いたのそれ?」
「なんとなく〜?トレイ君が頑なに君のこと話そうとしないからさ〜。リドル君から聞いたんだよね、実はっ」
トレイが私のことを話さない。とは、どう言うことだろう。あえて、話していない?
「自分の彼女は隠したい派なのかなぁとか思っちゃって」
「…いやいや、そんなことないよ」
「そうなの?」
紙袋がぐちゃぐちゃになる程に力を込めた。トレイが私を隠したいってことは分かった。うん。監督生さんのことを隠したかったってことも、わかった。うん。よく、理解できたのだ。
「…トレイって、あの、監督生さん?と、仲がいいの…?」
ケイト君になんとなく聞いてみた。彼は私の方に近寄って、顔を覗き込む。近くなった彼にびっくりして少し離れれば、ケイト君はにこりと笑みを浮かべた。
「仲はいいと思うよ?」
「…そっか」
何か料理持ってくるから待ってて、とケイト君が去っていく。あぁどうしよう。ケイト君が消えていった方を見る。足が震えて来た。自分の制服のスカートを掴む。伝統ある女子高は、ロングスカートが基本。あの子の制服は、可愛いミニスカート。
小さい頃から一緒に居たのに。心の距離でも、かわいさでさえもさ勝てないとは。
「なまえ〜」
チェーニャが戻って来た。
「トレイがさ〜」
「ごめん、チェーニャ。私帰るから、これ、トレイに渡しておいて?」
「なまえ?」
紙袋をトレイに渡した。
チェーニャは驚いたようにそれを受け取った。トレイがなんだろう。気になるけど、もう我慢ができなくて。私は彼に背を向けて歩きました。リドルが近くにいた。もう帰るねと端的に告げれば、彼でさえ私の名前を呼んで引き止めようとする。
それを無視して私は寮の扉を開いて、廊下を足速に歩いた。ケイト君のなまえちゃん!と呼ぶ声が聞こえたけど。閉じられた扉の向こう側には、もう行けない。
なんで私を招待したんだろう。リドルめ。なんて、心の中で恨言を呟いて。私は鏡舎への道を走った。