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「トレイ〜何勘違いしてるのかわからにゃいけど〜」

チェーニャが頬を膨らませて俺のところに来た。後輩はあらかた去り、渡されたご飯やグラスにやっと口を運べるなと余裕が出てきた時。

「チェーニャ…なまえは?」
「帰っちゃったよ、怒ってた!」
「え…?」

チェーニャは俺に紙袋を手渡した。チェーニャはなまえと付き合っているんだろう?置いていいのか。そう、言おうとした時。

「トレイ、俺となまえが付き合ってるとでも思ってたのー?」
「トレイ君って罪な男だよね〜」
「ケイト…」

チェーニャの言葉に反論をしようときた時、ケイトが呆れたように笑いながら、俺の肩をポンと叩いた。隣には、リドルもいる。リドルでさえ、眉を顰めながらはぁ、とため息をついていた。

「トレイ、君はやはり、自分の中で押し込める癖を治した方がいい」
「ほんっとリドル君の言う通り!なまえちゃん、かんっぜんに何か勘違いしてたよ?」

勘違い?俺が首を傾げれば、チェーニャはさらに頬を膨らませて言った。チェーニャが怒っているところなんて、今までだってそんなに見た事がないのに。

「トレイ!勘違い!酷い!」
「チ、チェーニャ、落ち着け…!」
「俺となまえは付き合ってにゃいよー!」

チェーニャとなまえが喫茶店で並んでいたあの光景を思い出す。彼の肩に頭を乗せて、目を瞑っていた。
さっきだって、頭を撫でられて目を細めていたし。チェーニャに手を繋がれて俺のところに来ていたのに。

あれで、付き合っていないと?

「なまえ、この前街に出たときから変にゃんだー」
「街…?」

ケイトが聞いた。
チェーニャは頷くと、俺の方を見てさらにこう、続けた。

「トレイを見かけたんだよぉ〜。その時から、にゃんか変。ずーっと、泣きそうな顔してる」

ケイトが、あーあ、と呆れたように漏らした。俺の肩に手を置いて、馬鹿にしたような笑みを浮かべて、顔を覗き込む。

「ユウちゃんと仲がいいのか?って、聞いて来たんだよ、彼女」
「は?監督生と?」
「トレイ、君、監督生のこと伝えてなかったんだってね?」
「そりゃ、いらない心配をかけたく無いだろう…?」

俺やリドル、チェーニャは確かに小さい頃からあいつと一緒にいた。だけど、なまえのことや、俺のことになると、お互いがお互いに知っている、と言うのが暗黙の了解だったのだ。
だから、リドルは俺がなまえに、監督生のことはもう伝えてあると思っていたらしい。

男子校に女子が一人いる。
魔法の使えない異世界の子が、一人。

そんなことをもしも彼女に伝えたら、優しいなまえのことだから、心配をかけると思ったのだ。


まだ見ぬあったこともない監督生の事を、心配すると。


「…ばかだね、トレイ」

なまえとトレイの間に、僕たちが入り込める余地があるとでも思っていたのかい?

リドルの言葉に目を見開いた。

「チェーニャに気を配りすぎたね」
「その癖、やめたほうがいいよ〜トレイ君」
「ほーんと」

三人が俺のことを呆れたように睨んだ。参ったな。俺は髪を掻きながら、チェーニャが俺に突きつけな紙袋を握った。

なまえは帰った、と言っていた。鏡を通って来たらしいからきっと向かう先は鏡舎か。主役が居なくなるのは申し訳ないが、俺がいなくてもこの寮はなんとかなる。

リドルにすまない、と漏らして俺は足を動かした。三人の呆れた顔と、力の抜けた笑顔が俺の背中を押し出す。









「なまえ!」

鏡舎に、なまえはいた。
どの鏡を通ればいいのか迷っているのか、数枚の鏡を見比べている。そんな後ろ姿に声を掛ければ、彼女は慌ててこっちを振り返った。

「え、トレイ…なんで?」
「俺に何も言わないで、帰るのか?」

部屋の扉を閉じてなまえにちかづく。彼女は少し戸惑ったような表情を浮かべて、俺から離れようとする。そんななまえの手を慌てて引っ張って阻止すれば、なまえが目を見開いた。

「勘違いしてる、お前」
「勘違い…?」
「俺と、監督生は、恋人同士じゃない」

その言葉を告げれば、なまえが唇を震わせた。
嘘だ、と。弱々しい声が出てくる。

「だ、だって、あんなに可愛い子…!」
「ただの後輩だ」
「私に、敢えて黙ってたんじゃ…」
「心配かけたくなかったんだよ」

お前は優しい子だから。
会ったこともないだろう監督生でさえ、一人で心細いんじゃないかって心配するだろう。お前はそう言う人間だから。俺は、それを知ってるから。

だって、そんな所が好きだったのだから。

「…プレゼント、渡したかったのに避けてた…」
「それは……悪かった」

俺から離れようとしていた手の力が弱まる。だらんと落ちそうな手を自分の中に収めて、一歩ずつ彼女に近づいた。

ツイステッドワンダーランド随一の名門女子校の制服は、伝統を基調とした由緒正しい制服だ。小さいリボンに、長いスカート。まるでドレスの様な格好は、久しぶりに見た今でも新鮮で。

ケイトでさえ小さい声で「可愛いね」なんて言っていた。そんな彼女が誇らしいと思ったと同時に、チェーニャに見せる憂気な表情と、繋がった手が思い出されて、俺は素直に彼女を見る事ができないでいた。

俺に久しぶりに会ったと同じ様に、チェーニャとだってあまり会えないだろう。付き合っていると誤解していたから、尚更その気持ちは早まって。

「チェーニャと、付き合ってると思ったんだ」

そう、正直に答えればなまえは驚いた様に、は?と言った。

「悪かった…」
「…嫌いになったのかと」
「なるわけないだろ?何年一緒に居たと思ってるんだよ」

もう一歩、近づく。
ああ、スマートにはいかないものだ。好きだとずっと思っていた人が、他の男と居ただけで。しかもそれが幼馴染だったと言うのに。

ずっと、ずっと。
気持ちを大切にしていた。高校はお互いに男子校と女子校だったし。安心しきっていたんだ。俺が好きなのはなまえで。なまえが好きなのは、俺だと。

きっと、そうなんだと。



「ずっと、言いたかった事があるんだ」


なまえにもう一歩、近づいた。彼女の顔を見下ろして。握った手を上げて、自分の胸元にその手を置いた。



「好きだ」



なまえの目が更に見開かれた。
その顔が少し滑稽で、俺は思わず笑ってしまう。手に持った紙袋が揺れる音がする。なまえがつられるように笑って、俺の胸元にもう片方の手を置いて来た。

「私もだよ、知らなかった?」

その言葉に、声を出して笑う。

「はは、知ってたさ」

恐らく、だけれど。
完璧に知っていればこんなにめんどくさいことにはならなかっただろうに。なまえは涙を少しだけ浮かべて、首を傾げて笑った。

「悪かった」

悲しませてしまった事。勘違いをして、避けていた事。折角誕生日パーティーに来てくれたのに、笑顔でありがとうと言えなかった事。

なまえの頭に手を置いて撫でる。彼女は嬉しそうに目を細めて、俺を見上げた。

「許してあげる」

そんな表情が好きで。優しい所が好きで。ずっと一緒に居たからこそわかる、強がりな所とか心配症な所とか。

あぁ、結局どうやったって。俺はなまえが好きなままだ。チェーニャと付き合っているんじゃないかと思っていた時だって。

やっぱり忘れられなくて。諦めきれなくて。だからずっと、胸が痛いままだった。勘違いも甚だしい事ではあるけれど。

「チェーニャ、怒ってたでしょ」
「あぁ、初めて見たよ」
「だろうね」


面白そうにそう笑ったなまえに、俺は苦笑を浮かべた。


ちゃんと後で謝ってね。チェーニャにも。


なまえの頭をもう一度撫でて。俺は分かった、と頷く。にこりと微笑むなまえ。

あぁ、そうだ。

この笑顔が、俺にだけ見せてくれる笑顔だった。


「プレゼント、見た?」
「まだ。見ていいか?」
「もちろん」

手を離して紙袋の中に開ければ、なまえが笑いながら俺を見つめた。そんなに見つめられても恥ずかしいな、と言えばなまえは口を手で覆って笑った。

中には箱が入っていた。小さい箱。それを取り出して中を見れば、中に入っていたのはピアス。

「ピアス…?」

一つだけのピアス。なまえが耳に髪をかけた。そこにあったのは、この箱の中にあるピアスと同じ形をしたもの。

「お揃いだよ。ちょっと、攻めすぎた?」

あぁ、この誕生日で、俺に想いを告げようとしたのだろうか。お互いに好きだと分かっていたから。分かっていたのに、俺が勝手に勘違いをしたから。いや、させたから。

「…いや、攻めてない」

俺はそれを手にして、自分の耳につけた。こぶりのそれは、あまり目立たない色をしていて。

なまえが俺に手を伸ばした。耳たぶにそっと触れられる指先。その指を引っ張って、俺の胸の中に収めた。なまえがくぐもった声を出しながら、俺にしがみつくように背中に腕を回して。

「なまえ?」

彼女の名前を呟けば、なまえは震えた声で俺の名前を呟いた。

好きだったのずっと。だから知らない事が多いって気づいて、悲しかった。

あぁ、そんな事を言われたら。

俺は腕を伸ばして彼女の背中に回した。
抱きしめ返す。なまえの涙が俺の胸元を濡らした。悪かった、と。彼女の頭を優しく撫でて。そっとその頭にキスを落とす。

あぁ、どうやって戻るか。パーティーに戻ってやりたいけど、今のなまえを連れてって、涙目の姿を見せたらリドルたちに、何を言われるかわからない。だけど、自分の後輩だって紹介したいし。さっきケイトとは話してたけど、きちんと紹介をしてやりたい。

だけどそうだな。今はこのままでいてもいいだらうか。長年ずっと募らせていた恋を、やっとこの瞬間、実らせたのだから。




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