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上手く丸め込まれたと寺坂は思っていた。

中村や原の言う通り彼女の鞄を持って保健室に向かえば、まだ少し衝撃が残ったままなのかゆらりと揺れる体におぼつかない足取りの彼女を見て、思わず腕をとって支えるという行為を取ってしまった。

本当にあれは咄嗟の反応だった。
腕をとったことで必然的に近くなる顔に、思わず顔が赤くなるのも仕方ないし、目をそらすのも仕方ないだろう。何せ中学男子なのだから。

そうして大丈夫かと聞く前に、クラスの女子三人にその場面を見られていたことに気づいて思わず腕を離すと同時に、ガタリと聞こえた音に振り向けば扉の隙間からいじっとこちらを見ているクラスの奴ら。


見られた。


特にやましいことも何もしていないのに、そう思ってしまうくらいには動揺をしていた。


そして、あのタコ野郎に『新稲さんはまだ万全な体ではないでしょうから、家に帰った方が良さそうですね...寺坂くん、送ってあげてください』そう言われた時は、は?と思わず声に出た。

『そうだよ送ってあげなよ』『サチはまだ頬もいたそうだしね』『しばらくは安静だよ、寺坂送って行かないと』『そうだよ!!』


ただ頬が痛いだけでなんで送ってやらないといけない。

そんな言葉はクラス全員の、これでもかという必死な顔で空気に触れることはなかったが。






まぁそんなわけで、今寺坂は街の方面とは逆の駅の方面へと新稲と歩いている。
まだ頬が痛むのか時折左手でその頬を摩る新稲を見つめる。

あの時を思い出していた。
まさか、新稲があんなにも怒りを表すとは思っていなかったのだ。
それはあのタコも、烏間もそうだったのだろう。
とてもイレギュラーな人間が、怒りを見せた時の居心地のなさといったらなかった。だからあの二人も、殴られる直前に新稲を救うことができなかった。


「...まだ痛むか?」
「ん?うーん...まぁ少しヒリヒリするね。生まれて初めてだし」
「そりゃーな」


新稲サチとは、クラスの女子の中でも比較的話す方だと思っている。
ちょくちょくこいつが話しかけに来るからだ。
数学者の娘だというこいつとはソリが合わないと思われるだろうが、意外にもこいつは気難しいやつではなく。話しやすいように寺坂に向けているのがわかるのだ。


「...跡、残るか?」
「まぁしばらくは腫れたままかなー」
「...そうか」


寺坂が悪いわけではない。
あの時、助けてやれなかったという負い目を持つ必要は、寺坂にも他のメンバーにもあるはずはないのだ。
それでも、寺坂がそう思ってしまうことを、寺坂本人は気づいていなかった。


「あーあ、しばらくしたらプール開きなのに、こんなほっぺでプール入ってもなー」


とても残念そうにそういう新稲に、少し申し訳ない気持ちになるのも寺坂は気づいていない。
よく見慣れた駅に着く。ここからは寺坂も新稲も左右バラバラの方に家があるのだが、今回は家まで送るということで、きちんと一緒の方向へと足を向けた。
かばうように車道側を歩き、左頬を気遣うように見やる寺坂に、新稲は気づいているくせに気づいていないふりをしながらにこやかに笑っていた。


「笑うとほっぺが痛くなるや」
「じゃあ笑うな」
「女の子にそういうこと言っちゃダメなんだー」
「...悪かったよ」


いつもより素直な寺坂にいくらか新稲は驚いた。
どうして寺坂が謝るのだろうか?

数学ばかりをして、人の心情などというものに興味を抱いたことのなかった新稲の頭では、到底理解はできなかった。


「次はきちんと、かばってやる」


不良に見せようとして、実は優しいところ、彼女はきちんとわかっていた。
目をいっぱいに見開いて、そしてにこりと笑う。


「うん、ありがとう」


そして痛い痛いとほっぺを摩る新稲に、寺坂は呆れたようにため息をついた。


「だから笑うなよ」
「だって笑う気持ちもわかるでしょ?」
「わかんねーよ」
「本当馬鹿だなー寺坂くんは」
「あぁ!?」


二人が意外にもいいコンビなのかもしれないということに気づいているのは、クラスだけではなく、本人たちも薄々気づいてきた頃だった。



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