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守ってやると言ったあの言葉に、嘘はない。
本当に守ってやろうと思ったのだ。そこに特別な感情はない。
新稲の頭の良さは、できの悪い寺坂にでもわかる。
こいつがいれば、大抵の状況は打破できるだろうこと。
そして、運動のできない新稲の頭を守るのは、機動力の高い寺坂の役目だということ。
くどいようだが、そこに、特別な感情なんてない。
クラスになじむ前からちょくちょく話してはいた新稲という存在。
最初に新稲がE組に落ちてきた時は、数学者の娘だという理由で、どこか堅いイメージを持っていた。
あぁ、きっと理屈しか言わない、友達とかできないタイプなんだろうな、と。
けれどそれは良い意味で裏切られることになった。
いつもニコニコと笑い、誰とでも隔たりなく話す普通の女子。
ただ、数学が異常にできるということを除いて。
それでも、自分は数学者の娘なのだ、と声高々に言っている新稲を見たことはなくて、きっと、おそらくだけれど、数学者の娘と言われることにあまりいい思いはしてないのではないだろうか、と、寺坂は無い頭を絞りに絞って考えたのだ。
なぜなら、数学者の娘だと言われるたびに見せる戸惑いの瞳が、寺坂の記憶にずっと残っているから。
数学者の娘だからって言ったって、特に何も変わらない。
そうよく言っている新稲ではあったが、先日のホテルの潜入事件の時、新稲の力が身にしみてわかった。
それは寺坂だけに言えることじゃない。
あの場にいた誰もが思った。この指揮は、新稲の脳だけでしかできないことなのだ、と。
だから、その頭がうまく機能できるように、何ものからも守れるように、あの時とっさに、重い体を無理やり引っ張って新稲の前に立ちふさがった。
目の前の銃口から少しでも新稲の急所をそらせるように。
「あ、寺坂くん、おはよ」
「おう」
「もう体は大丈夫?」
「そこそこだな」
「そっか」
死んだように眠っていた。
気づけは夕方で、1日損したなと思ったが、まだそんなに起きている人数も見当たらない。
新稲は浜辺に座って木の棒を持って何かを書いているし、原はパフェのようなものを食べてくつろいでいる。せっかく起きてきても机に突っ伏して寝ているやつもいるぐらいだ。
「なに書いてんだ、お前」
「ん?」
新稲の元に近づいて、浜辺に描かれているものを見ようと隣にしゃがむ。
そこに書かれていたのは、数式とグラフ。なんだこれと思わず問えば、数式の通りにグラフを書くと、絵になるのだと嬉々として語り始め、この数式はハートマークに、これは花の形になる、などと興奮したように砂に木の棒を突っ込んでいった。
それを後ろから眺めるのは、新稲と仲のいい中村に、原、奥田、そして寺坂と共に行動している吉田と村松であった。
「あの二人の距離はいい具合にもどかしいよね〜」
「本当にね〜」
「寺坂のやつ前から新稲とはよく一緒にいたしな」
「昨日だって、ちょくちょく新稲のそばにいて守ってたぜ、あいつ」
「「マジで!?」」
それを聞いていたのは、つい先ほど起きた潮田渚。
彼はそっとその五人のそばに近寄ると、そういえば、と口を開いた。
「寺坂くん、最後に殺し屋から銃口を向けられた新稲さんの前に立って、かばってあげてたよ」
「うわ、寺坂サチの事随分と気に入ってんのね」
「やっぱりナイト、って感じだよね〜」
「サチちゃんはどう思ってるんでしょうか...?」
奥田のその声に、全員一瞬声を止める。
潮田はそっと、二人のいるところへと目線を向けた。
烏間先生に危ないからそばを離れろと注意されたのだろうか、立ちあがった新稲が砂場に書かれたものを足で消して、寺坂と共にこっちに戻ってくる。
何か楽しい話でもしているのか、クスクスと笑っている新稲の隣で、少し恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかいている寺坂を見て、潮田は思った。
「案外、満更でもないのかもしれないね。二人とも」
その言葉は、みんなの耳に入ったのか。
ニヤニヤと面白そうに笑っている中村に、暖かい目線を向ける原、そして頬を少し赤く染めて新稲を眺める奥田。
呆れたようにやれやれと首を横に振るも、あの二人の関係を認めてはいるのだろう、優しい笑顔を見せる村松と吉田に、潮田もうっすらと笑みを浮かべて二人がやってくるのを待った。
そして、夕日も沈む頃、全員で崖の上に登って烏間先生が率いて殺せんせーの檻なるものを作っているのを見る。
崖に登る時も、寺坂がちょくちょく新稲の手を引っ張ったりしているのを、クラスの何人かは目撃していた。
すると途端に鳴り響く爆音に、檻が壊れているのを確認する。
まぁまさかとは思っているけれど、確認のために下を見れば、後ろからいつもの声が聞こえた。
「おはようございます殺せんせー、やっぱ先生は触手がなくちゃね」
完全体となった標的が、元の姿に戻って現れた。
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