気づきたくないだけ
私は昔から、将来は絶対に研究者になるんだと夢を見ていた。
高校も進学校に入って、大学もこのままトントン拍子に入れればいいなとおもっていた時、あの第一次近界民大規模侵攻がやってきた。
わけもわからなかった。
なんだこの怪物と思った。
運が良かったのかはわからないけれど、友達も家族も誰一人欠けることなくその時は過ごすことができた。
けれど、その近界民というものを倒すための組織ができた時、私はこの組織に入りたいと思ったのだ。
いつも目立つことはなく、地道にこつこつとやっていた人間だった私に、周りの人間、特に親はとても驚いていた。
危ない目に自ら遭う必要はない。
せっかく入った進学校だったけど、三門市を離れるためだから辞めなさいとも言われていた。
それでも、正義感とかそういうのではなく、今目の前の問題に探究心を抱かずに、なにが研究者になるだ、と思ったのだ。
「私は、ボーダーに入りたい」
そう声にだしていった私に、親は二人とも困った顔をみせたけれど、結局は折れてくれた。
高校のうちにある程度頑張ることができなかったら、一緒に三門市を離れなさい。
そういう条件のもと、私はボーダーに入隊した。
「じゃあなんで狙撃手やってんの?」
そう聞いてきたのは二つ下の当真勇。
同じ狙撃手で、なぜか後輩のくせに私に敬語も敬称もつけない生意気な子である。
「トリオンがとりあえずあったから、最初は防衛隊員としての入隊になっちゃったんだよね」
「へぇ〜...そんなこともあんだ?」
「それに高校生だったし、エンジニアとか研究員になるのは無理だったんだよ」
バナナを貪る勇を見ながら、私は資料を眺める。
冬島さんが報告書諸々を滞納しているらしく、何故か同じエンジニアチームでもない私が小早川隊長の命令で冬島隊に向かわされた。
それでも嫌々ではないのは、途中の購買部でバナナを買っているあたり察してくれるだろう。
「大学生とかだったら、最初から研究員としてボーダーに入ってたかもしれない」
「なるほどな。高校生にできることは限られてたってことか」
「そういうことになるかな〜」
大体の資料を眺め終わり、机の上に紙を置く。
白衣のポケットに手を突っ込んで椅子の背もたれにぐーと背中をつけて伸びをする。
勇のパンツ見えそうという声にスカートを伸ばして、隣に座る勇の腕をぱしっと叩いた。
「で、トリオン量少ないから狙撃手?」
「うん。そんな感じかな」
思いの外狙撃の才能はあったみたいだから運良くA級になれた、って感じではある。
それとともに、小早川さん達に出会えたことも運に入っている。
「じゃ、雪が高校の時にボーダーに入ってなかったら出会えなかったってわけだ」
「そうなるね」
自慢のリーゼントを誇らしげに見せびらかしながら勇が言う。
もう今更敬語を使えと怒る気力もないけれど、勇はたまに何かを確認したいのか私の指先を握る時がある。
今回はなんの確認だろうか?
出会えたことへの確認?
「あんがと」
「...こちらこそ?」
時たまみせる、その慈しみに満ちたような目の奥の気持ちに、私はいつも気づかないフリをしながら見つめ返す。
なんとも形容しがたいこの思いを、どうやって処理したらいいのだろうか。
「おら、おわったぞ雪。お前らいちゃつくんならよそでやってくれ」
突如現れた冬島さんの登場で、その視線の絡みは途切れ、私は勇の手を引っ張りながら隊室のソファーを立ち上がる。
「小早川さんに渡しておきますね。んじゃ勇と夜ごはん食べてきますんでー」
「あいよ」
後頭部をかきながらまたパソコンの前に座った冬島さんを見やって、私たちは廊下へと出る。
勇の手にはバナナの皮が握られていて、思わず二人で笑った。
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