ハリーを信じる話



「あの、ハリー…」
「ナマエだってどうせ、僕があのゴブレットに名前を入れたと思ってるんだろ」
「いや、ちが…」
「君はスリザリンのハウンドと仲が良いし、影で僕のことを笑ってるんだ、卑怯者って!」
「そんなこと…」
「ナマエなんてグリフィンドール生じゃない、そんなにハウンドが好きならスリザリンにでも行けばいい!」
「……」

なんだこいつ、話しかけただけなのに被害妄想もいいとこ過ぎるでしょ。
なんて言えるわけもないわたしは口を噤んだ。ハリーはそれをどう捉えたのか、さらに続ける。なんか、うん。気分がいいものじゃないな。

「ナマエには僕の気持ちなんてわかんないんだ、もう僕に近づくな!」
「…言いたい事、終わった?」
「……」

黙ってわたしを睨むハリーの目には、嫌悪とか非難とかそういうのに隠れて悲しみが見えた。まだロンと仲直りはできてないみたいだし、八つ当たりくらい仕方ないよね。でもちょっと言わせてね。

「ねえハリー。わたしは君がゴブレットに名前を入れてないって信じてるけど、そんなことどうでもいいの。あのね、ハウンド先輩は確かにスリザリンだけど、あの人だってハリーのことを信じてるよ。それにハウンド先輩はハリーが言うような意地悪なスリザリン生じゃない。わたしの事が信じられなくてわたしを嫌いになるのは良いけど、ハウンド先輩のことを決めつけて、彼がそんな酷い人だなんて言わないで。彼は優しい人だよ。寮なんて関係なくね」
「ナマエ…」

ハリーは驚いた表情をしている。まあ、いきなりそんなこと言われても信じられないよね。ハウンド先輩がスリザリン生で、さらに言えば正当に選ばれたホグワーツの代表選手であることに変わりはないわけだし。
あれ?今ハッフルパフやレイブンクローだけじゃなくてグリフィンドール生までスリザリン生のハウンド先輩を応援してくれるのは、ハリーという『共通の悪者』がいるからなのでは? ということは、ハリーの無実が証明されたらやっぱりみんなハリーを応援して、ハウンド先輩のこと応援してくれなくなっちゃう? なんて思ったけど、まあ、いいか。気にしない気にしない、そもそもハウンド先輩って他人からの評価をあんまり気にしないみたいだし。

「ナマエ、あの、ゴメン。僕イライラしてたんだ。ゴブレットに名前なんか入れてないのにみんなは信じてくれないし…ロンとも喧嘩しっぱなしだったから。本当はナマエのこと、あんな風に思ってないからね」
「んー、うんうん、そうだよね。八つ当たりくらい仕方ないよ、気にしないで。わたしも気にしてないから」
「うん、ありがとう。それで、その…さっきの本当?」

もじもじするハリーは年相応どころか幼い子供のようだった。彼の育った環境を考えれば、年不相応なことくらい仕方ないのかもしれない。

「さっきのって?」
「その…ハウンドが僕を信じてるって」
「ああ、そのこと」

ハリーはいい子だ、きっと。スリザリン生だからって誰彼構わず嫌いになるような人じゃない。だからハウンド先輩もハリーのことを嫌いじゃないし、信じてるんだと思う。わかんないけどね。

「ハウンド先輩はあの変なバッジを付けてないし、言い方は悪いけど周りの人にも外すように言ってくれてるんだよ。スリザリンとグリフィンドールで代表同士だから表立って何かしてあげることはできないけど…って言ってた。自分の寮の人間が悪意を持ってハリーに接することは申し訳なく思ってるとも言ってたかな」
「僕、もしかして彼のことすごく勘違いしてたかも。スリザリンにロクな生徒は居ないって思って…」
「仕方ないよ。スリザリンもグリフィンドールにロクな奴はいないって思ってるだろうしさ」

スリザリンとグリフィンドールの確執はもうどうしようもないものだから。でもハリーが信じてくれてよかった。
そう言うと、ハリーは少し照れたように笑った。





「さっきわたしがハリーに言ったことは本当だよ。先輩はハリーのこと信じてる。でもそういうのって、やっぱり本人に直接聞かないといけないよね」
「直接なんて、そんなの無理だよ」

ハリーは慌てて首を振るけど、そんなの知ったことじゃない。ハウンド先輩が本当にハリーのことを信じてるって、ハリーにはちゃんと知って貰いたいんだよね。

「それにそんなの、どうやって…」
「ハリー、わたしたちは魔法使いでしょ?」

杖を取り出して見せると、ハリーは観念したように両手を上げた。よろしい、最初からそうしてればいいんだよ。
わたしはハリーに杖を向けて、呪文を唱えた。

「…うん、これでおっけー」
「ナマエ、なにをしたの?」
「ちょっとの間ハリーを透明にしたの。でもわたし、この呪文まだまだちゃんと扱えなくて…だから1時間くらいで切れちゃうから、急ごう」

そういえばハリーって透明マントを持ってたような気がする。それ使えばよかったんじゃ…って思ったけど、もう遅いよね。中庭で読書をしていた先輩を見つけて、わたしは声をかけた。

「こんにちは、先輩。読書ですか?」
「ああ。ミョウジは『あの呪文』使えるようになったのか?」
「…」

目をそらすと、先輩は小さくため息を吐いた。

「早くしないと、本当に間に合わなくなるぞ」
「うぐっ…」

確かに正直間に合うか微妙なところだ。先輩に教わろうにも、先輩も知らない…というか、まあこのホグワーツに教えてくれるような人はいなさそうだから、図書室から本を借りて独学だ。…厳しいなあ。でもがんばらなくちゃ。閑話休題。

「そんなことより先輩、」
「おいレグルス、やっぱりお前も着けろよ」
「げっ」

先輩にハリーのことをどう思っているのか聞こうとしたら、後ろから声をかけられた。振り向くとそこにはニヤニヤ顔のスリザリン生。胸元にはバッジがつけられていて、思わず眉間に皺が寄った。スリザリン生はそんなわたしを見てさらにニヤニヤ笑う。

「お前のお友達は卑怯者だ。そうだろう、ミョウジ」
「なに馬鹿なことを言って…」
「おい」

反論しようと口を開くと、後ろから低い声が聞こえた。ぞわりと鳥肌が立つ。ヒエッて声を出さなかったわたしを褒めてほしい。
びくびくしながら後ろを確認すると、本を置いて立ち上がった先輩が冷たい顔でわたしとスリザリン生を見ていた。…怒っていらっしゃる。そろり、と一歩後ろに下がる。怖いよ〜〜。

「僕はそのバッジを外すように何度も注意したはずだが」
「俺はお前を応援したいんだ。応援の気持ちが許されないはずないよな?」
「これが僕に対する応援だと本気で言っているなら、僕は君の人格を疑う。同じスリザリン生として恥ずかしいし、何より見ていて不愉快だ」

そう言うと、先輩は杖を振った。スリザリン生の胸元のバッジが爆ぜた。おおう…。

「なにするんだ!」
「2度とそのバッジをつけて僕の前に現れるな。次はバッジを爆発じゃ済まさない」

抗議の声もねじ伏せる絶対零度の瞳。その瞳に射抜かれたスリザリン生は情けない声を出して走り去っていった。先輩が杖をしまったのを見て、わたしはようやく息を吐いた。緊張した…。
普段先輩の怒ってるところを見ることがあるわたしでさえこんなんなのに、ハリーは大丈夫だったかな。心配だけど声は欠けてあげられない。ゴメンねハリー。

「で、何を言いかけてたんだ?」
「へっ? あー…先輩はどうしてハリーのことを信じてるのかなって。ダンブルドアの年齢線があるからですか?」
「いや、あれは関係ない」

ダンブルドアの年齢線がある以上、未成年の魔法使いはゴブレットに名前を入れることができない。老け薬を飲んだってダメだ。だからハリーが名前を入れられるわけないって、冷静に考えたら皆わかるはずだ。
けど、先輩がそれだけでハリーのことを信じてるとは思えなかった。

「あの年齢線は所詮『ゴブレットに名前を入れようとしている人間の年齢』を判断しているに過ぎない。ミョウジが僕の名前を入れようとしてもそれはできないけど、僕がミョウジの名前を入れることはできる」
「まあ…そうですよね、ゴブレット自体には何の魔法もかけられてないんだし」
「つまり成人済みの魔法使いなら誰でもハリーの名前をゴブレットに入れることができるんだ。それが生徒とは限らない。そこにハリー本人の意思があっても、なくてもだ」
「…生徒か先生のうちの、成人している人がハリーの名前を勝手にゴブレットに入れたと?」
「あくまで可能性の話だ。それに、ハリーが頼んで成人済みの魔法使いに名前を入れさせた可能性だってある」

先輩は再びベンチに座った。わたしを見上げる先輩。

「それでも僕はハリーが自分の名前をゴブレットに入れたとは思ってない」
「…どうして、ですか?」
「ハリーはそんなことをする人間じゃない」

わたしの目を真っ直ぐ見て言う先輩。…そうだ、先輩は『知ってる』んだ。誰が入れたのかまで知っているのかはわからないけど、彼はハリーが自分でゴブレットに名前を入れてないって、きっと知ってる。それでも先輩が断言してくれたことが嬉しくて、思わず顔がにやけた。

「ありがとうございます、先輩。ハリーを信じてくれて」
「別に」

そっけない返事だけど、先輩が優しいことをわたしは知ってる。ハリーにも伝わったらいいな。わたしは先輩に頭を下げて、城へ戻った。






「そういえば先輩は第1の課題、知ってます?」

夜、必要の部屋で呪文の練習中。わたしは自分の意志でなく解けてしまった魔法にため息をついた。まだまだ全然ダメだなあー。

「ドラゴンの守ってる金の卵を奪う」
「ハリーから聞きました?」
「まさか。君は僕が誰だか忘れたのか?」
「あー、そういえばそうでした。対策は練ってあるんですか?」
「当たり前だろう。あれを見る度に自分だったらどうするか、いつも考えていたから」
「あれ?先輩、代表選手になるのって初めてですか?」
「そうだよ。エントリーしたのも初めてだ」
「へえ〜」

どうして今年は名前を入れたんですか?って聞こうとして辞めた。わたしが先輩に「セドリックを助けて欲しい」とお願いしたのを思い出したから。
もしかしたら先輩はわたしのお願いを聞いてくれたのかもしれないし、ただの気分かもしれないし、お金が欲しいと思ったのかもしれない。まあ、思うだけなら自由だよね。

「そっちは、できそうか?」
「うーん……まだ全然。やっぱり別の方法考えた方がいいですかねー?」
「前にも言ったけどナマエにはセンスがある。やる気があるし、努力も惜しまない。僕は君ならできるようになると信じてるけどね」
「そんなこと言われたら頑張るしかないですね!」

ウォルフ先輩はあんまり人を褒めないから(すぐに人を馬鹿にしたり、意地悪ばかりするんだ)、先輩がこうやって褒めてくれるとすごくやる気が出る。それが分かってるから先輩は褒めてくれないんだろうけどさ。

「ちょっと休憩です。先輩、なにか飲みますか?」
「あー…じゃあコーヒーを頼む」
「はあい」

杖のひと振りで飲み物を用意することくらい簡単にできるようになったけど、せっかくだし今日は自分の手で淹れよう。先輩にコーヒーを渡して自分のミルクティを飲む。うん、まあまあ美味しい。カップに口をつけた先輩の顔を伺うと頷いてもらえたから、そっちも
うまく淹れることができたみたいでよかった。

「それで」

テーブルにカップを置いて、読んでいた本を閉じた先輩が足を組み替えながら口を開いた。一連の動作に無駄がない。イケメンは何をやっても様になるらしい、羨ましい。

「君がどうしてそんな練習をするのか、そろそろ教えてくれてもいい頃だと思うんだが」
「ああー…」

組んだ足に両手を置いてこちらをじっと見る先輩。灰色の瞳に自分が映っているのが見えて、なんだか恥ずかしくなった。

「先輩を、死なせないために」
「僕を?」

キョトンとした先輩は珍しくて、まじまじと見てしまった。すぐに引っ込められた表情が、今度は「詳しく説明しろ」と言っている。

「セドリックが殺されるのは、あれがセドリックだからじゃない。あそこに居たから殺されたんです。だったら、それがセドリックじゃなくても話は同じでしょう」
「…つまり僕は、ディゴリーと同じように殺されるという訳か」
「殺されないですよ、先輩は」

わたしが守りますから、なんて言えたら良いんだけど。生憎わたしの実戦経験は前世(って呼んでいいのか未だにわからないけど)を含めたって先輩の足元にも及ばない。というか前世を含めたら先輩に敵う人って生徒の中じゃ誰もいないような?
でもとにかく、先輩は殺させない。絶対に。

「優勝杯が移動キーになってるって話はしましたよね」
「ああ。優勝杯に触ると墓場に飛んで、邪魔者─ディゴリーは殺される。そしてヴォルデモートが復活する。つまり優勝杯に触れなければ良いんだろう?」
「それはまあそうなんですけど、でもそれじゃダメなんです」
「どうして?」

確かに優勝杯に触れなければあそこに行くのはハリーだけだから、先輩は殺されない。でもそれだと、ハリーが帰って来れるかわからないのだ。
ハリーが死にものぐるいで戻ってくるのは、やっぱりセドリックの亡骸を連れて帰る目的があったからっていうのも理由の一つだと思う。

「でも僕は死ぬつもりはないぞ」
「もちろんです。先輩にあの呪文は当てさせやしないし、そのためにわたしはこうやって練習してるんですから」
「…もしかしてお前は、」
「さーて休憩おわりーっ!」

先輩の言葉を渡って立ち上がると、先輩がこちらを睨んでいるのが見えた。おおう、美形に睨まれると威力が半端ないな。

「ナマエ」
「先輩、飲み終わったらカップ置いといてくださいね」
「ナマエ!」

珍しく声を荒らげた先輩は、勢いよく立ち上がった。灰色の瞳がわたしを睨みつけている。怒ってるかな? まあ怒ってるよね。
先輩、すごく優しいし。

「僕の身代わりになるつもりなら、僕は第三の課題に出ない」
「…」

ぎゅうっと手を握りしめて言う先輩。うん、知ってた。だけどわたしだって、先輩を助けるために自分の命を無駄にするつもりはないし、先輩を犠牲にするつもりはもっと無い。

「わたしだってまだ死んでやるつもりなんかないですよ、安心してください」





「ナマエ、ナマエ!」
「ミスミョウジ、何故彼女がここにいるんだ!」
「おい、この娘…死んでいるぞ!」
「なんだって!? おい、誰か来てくれ!生徒が──死んでる!」
「ナマエ、ナマエ!」
「ハリー、落ち着くんだ。あー、先生方。ミョウジは死んでません、まだ生きています」