「あの女は──あのレギュラス・ブラックのこどもなんだぞ!」
「……はい?」
いきなり何を言い出すんだこの人は。
「先輩って子供がいたんですか?」
「馬鹿なことを言うな」
念のため本人に小声で聞いてみたけど即答された。ですよね。
「でもナマエ、確かにシリウスと似てるところがりあるよね。黒髪だし…」
「日本人はほとんど黒髪だよ!」
何言い出すんだロニー坊やは!
ギロりと睨みつけると、慌てて目をそらされた。
「それにわたしの目は黒色だし、肌は……白くない」
「母親が東洋人なんだ、母親に似たんだろう」
母親だけじゃなくて父親も東洋人なんですけど! この髪も目も肌も一般的な日本人の色なんですけど! っていうか、わたしの見た目は東洋人の要素しかないんですけど!
「そもそもレギュラスはわたしが生まれた時には死んでたでしょ」
「でもレギュラスが死んだ年とあなたが生まれた年は同じだもの、矛盾はないわ」
えっちょっとハーマイオニーまで何を言い出すの?
そこでふと思った。レギュラスが死んだときに、レグルス先輩はもう生まれてるんじゃないか? だとしたら彼は本当にレギュラスの生まれ変わりなんだろうか?
ちらり、と先輩を見ると涼しい顔をしていた。うーん、考えすぎなのかなあ。
とにかくわたしを『レギュラス・ブラックの娘』に仕立てあげたいらしいこの男は必死に口を動かしている。聞いてて笑っちゃうようなくだらない話なのに、なぜか皆は神妙に頷いている。ちょっと、まさかみんな信じてないよね?
「まだあるぞ。そこの男!」
「…僕が、何か?」
コラ、人を指さしちゃダメでしょう。少し不機嫌そうな先輩は壁に背を預けて腕を組んだ。……なんか今ので絶対機嫌悪くなったと思うんだよね。そっと距離を置く。
「彼があのハウンド家の人間だっていうのは知ってるだろう。ハウンド家の人間が忠誠を誓うのはブラック家の人間だけだ。ハウンド家のご子息で唯一の生き残りである彼が常にそばにいるのは、その女がブラック家である何よりの証拠だ!」
男は先輩に指を向けたまま自信満々に言い切った。だから人を指さしちゃだめだって、先輩意外と礼儀に厳しいからやめた方がいいよ。ほら、隣から黒いオーラ感じるもん。わたしはもう少し距離を置いた。
「……で?」
口を開いた先輩の声は、まあ、とてつもなく不機嫌なものだった。
「言いたい事はそれだけか?」
「そ、そうだ」
先輩の迫力に気圧されたのか、男はそっと指を下ろす。うんうん偉いよ、でももう少し早くそうするべきだったってわたしは思うけどね。
「くだらなすぎて欠伸が出るな。確かに僕はブラック家の番犬、猟犬とも言われるハウンド家の生き残りだ。ハウンド家がブラック家に忠誠を誓うのも正しい。だが彼女はブラック家の人間じゃないし、僕が彼女のそばに居るのは彼女に忠誠を誓ったからじゃない。彼女が僕の飼い犬だからだ。主従関係を見誤るな、上は、僕だ」
ぞわり。思わず鳥肌の立った腕をさする。怖いよ〜〜〜。
ていうかわたしいつから先輩の飼い犬になったんだ? そりゃ金魚の糞って言われるよりは犬って言われた方がマシ…あれ、マシだよね?
男はなおも「しかし!」とか言ってるけど、後に続く言葉は思い浮かばなかったらしい。ただそれでも納得はしていないようだった。
そこで今までだんまりを決め込んでいたシリウスが口を開く。
「良かったよ、ナマエ。君があの愚弟の娘じゃなくて本当に良かった」
「……愚弟」
「ああ。あの情けない男だ、君の父親じゃないようで安心した」
……あ、だめだ。
「シリウス、わたしね、シリウスの事はとても好きだよ。でも、ごめんなさい」
ガシャン、と音を立てて棚の食器が宙に浮いた。ダメだって、抑えなきゃ。
「ごめんね、本当にごめん。でも、何も知らない人がレギュラスを──馬鹿に、するな!」
ナイフやフォークはその先端を一点に向けてわたしの周りを浮いている。必死に感情を抑えようとするけど上手くいかない。おかしいな、わたし、学校で何を学んでたんだろう。こういう時に魔法が暴走しないように学校で学ぶんでしょ?
「な、何を……」
「レギュラスの事を臆病者だとか巫山戯たこと言って、馬鹿にしないで。それだけは許さない、ぜったいに」
シリウスはショックを受けた顔をしている。そりゃそうだ、彼は何故自分の弟のことでわたしが怒っているのか皆目検討もつかないはずである。それは、この場にいる全員に言えることだった。……ただ1人、当事者を除いて。
「ナマエ、辞めろ」
「でも!」
「聞こえなかったのか? 僕は理解力の無い無能を連れ歩く趣味はない」
「……すみません」
先輩に窘められたわたしは深呼吸をした。周りに浮いていた食器は本来あるべき位置に戻っていく。肩の力を抜いて、シリウスに向き直った。
「ごめんなさい」
「あ、ああ……」
「ねえナマエ。あなたはレギュラスについて何を知っているの?」
ハーマイオニーがじっとこちらを見る。わたしがレギュラスについて知っている事。
「彼がどうして死んだのかを知ってる」
「あいつが死んだ理由なんかみんな知ってる。死喰い人になったのはいいが、例のあの人に恐れをなして逃げようとしたが殺されたんだ」
「違う!」
大声を出したわたしをみんなが見た。違う、そうじゃない。事実は違うんだ、お願いだからどうかみんなわかって欲しい。開かれたわたしの口を塞いだのは、やっぱり先輩だった。
「ミョウジ。くだらない事を言うつもりなら黙れ」
「くだらなくなんか…っ!」
「すみません、彼女は今疲れているらしい。休ませます」
「え? ああ……そうだな、頼む」
「では、失礼します」
先輩はわたしの右手を掴むと歩き出した。ぎゅっと握って─いたたた、痛い、めっちゃ痛い! 骨、骨が潰れる!
涙目になりながら先輩に連れられて、わたしは寝室にやって来た。先輩は手を離して、わたしの方に向き直る。
「僕はレギュラスが死んだ理由を知られたいとは思っていない」
「……ごめんなさい」
右手をさすりながら謝る。目を逸らしたのはつまらない意地だ。それ位は許して欲しい。だって納得いかないんだ、レギュラスが死んだのはあの人に恐れをなしたからじゃない。それなのにみんながそうだと決めつけて、彼が臆病者で大馬鹿者だなんて言うのがどうしても許せなかった。
──でも、確かによく考えればそれはわたしがどうこう言えることじゃない。わたしは彼にとっても、このお話にとっても部外者なのだ。わたしは唇を噛んだ。
「レギュラス・ブラックはもう死んだ。それだけは事実だ」
「……そう、ですね」
先輩の言葉に、また胸の中に生まれた疑問をわたしは必死に知らんぷりをした。