イギリスの片田舎にある小さな街。


「ナマエー?ちょっといいー?」
「はいはーい」
「これからカーネルじいさんのとこにパン届けてきてくれる?」


「じいさんに昨日頼まれたんだよ」と苦笑いしてるおばさん、もとい私の母さんに「いいよ」と頷いて色んな種類の焼きたてのパンが入ったかごを掴んでお店を出る。

片田舎の街にあるちょっと古ぼけたパン屋、名前は『優しいパン屋さん』。唯一この街の中に存在してるパン屋だ。

時刻は夕方。お肉屋さん、八百屋さん、酒屋さん。ほとんどのお店が店じまいの準備を始めてるみたい。
それを通り過ぎて行けば「ナマエちゃんお使いかい?」なんて聞かれたりして。だから「うん!カーネルじいさんのとこ行ってくる!」と返す。

街を抜ければすぐに住宅街に着く。その中で一番ボロボロの家のドアを叩く。


「カーネルじいさーん?ナマエだよー?入っていいー?」


ドアの向こうから「あぁ」と小さい声が聞こえてきた。「お邪魔しまーす」と入れば白髪頭の厳ついお爺ちゃんが写真を見ていた。


「パン持ってきたよ」
「ありがとうナマエ」


見ていた写真をコトンと置いて渡したパンの入ったかごを受け取るじいさん。
テーブルの上に置かれた写真をなんとなく見てみるとじいさんと同じくらい白髪頭のお婆ちゃんが映っている。


「はっは。妻がいなくなってからまともに食べてなくてなぁ。ロゼに言ったら怒られたよ」


「だからパンを夕飯にするから届けてくれって頼んだんだ」と言って苦笑いしながら頭をかく。
ロゼと言うのは私の母さんの名前だ。


「焼きたて持ってきたから、すぐに食べてね」
「あぁ。――いや、ナマエ。一緒に食べていかないかい?」


パンの入ったかごを持ち上げてそう言ったカーネルじいさん。せっかくのお誘いで嬉しいけども、母さんに何も言ってないしまだまだ店じまいの片づけも終わってない。


「ありがと。でも片づけの手伝いしなきゃいけないから」
「そうか、一人は寂しいんだがな……」


まさかじいさんからそんな言葉が出てくると思わなくて「あ、その、ごめんなさい」と誤れば、「いいんだ。ナマエがロゼに怒られるのも申し訳ないからな」と困ったように笑う。


「あのね、もし良かったら明日もパン届けに来るよ!」
「はっはっは。そりゃ嬉しいな。頼むよナマエ」
「うん!あ、でもお金は払ってね?


タダ食いはいくらカーネルじいさんでも母さんが許さないだろうし。

なんとかカーネルじいさんに元気を出してもらってから「じゃぁ帰るね」と手を振って家を出る。

家を出て住宅街を後にしてまた街に戻ってきた。
店じまいしたお店がほとんどで、活気がなくなった街でポツンと夕日を見ながら突っ立ってる人がいた。何だか絵を描いてるように見えたから少しずつ近づいてみる。


「(見たことない人だなぁ)」


何描いてるんだろ?と手元を見ようとしたら、「おや」


「私が描いてる絵が気になるのかな?」
「え、あ、えっと、はい」


「見ようとしてたのバレた!」とドキドキしながら返事をすると、その人はニッコリ笑って手元の絵を見せてくれた。
白黒だけど、それは夕日に照らされているこの街の絵だった。


「わぁ……、キレイ」
「君は東洋人だね」
「え、」
「この辺じゃ東洋人は見かけないからね」


まるで「なんでこんなところに?」と言われてる気がして、返す言葉が出て来なかった。
しかしすぐに「君は絵が好きかい?」と聞かれたから「は、はい」と慌てて答える。
嘘を答えたから慌てたわけじゃない。まさか話を逸らしてくれると思わなかったから慌てただけだ。絵が好きなのは本当。
するとその人は嬉しそうに「絵はとても素晴らしいよ」と言いながらまた絵を描く手を動かし始めた。


「この街に住んでるのかな?」
「あ、はい。すぐそこのパン屋に」
「そうか。じゃぁまた会えるね」
「?はい。おじさんは、絵描きさんなんですか?」


私の中で絵描きさんの印象は油絵具の匂いがして、ちょっと汚い服を着てるイメージだったんだけど、この人は真っ黒い服に金色の装飾がついた服を着てる。


「うーん。絵を描くのは好きだけど絵描きではないよ」
「そ、なんですか」


そこでふと思い出す。そういえば私お使いの最中だった。


「あ、私もう帰らなきゃ」
「あぁ、引き留めてすまないね。お礼に、」
「?」


「はい」と渡されたのは夕日に照らされたこの街の絵。つまり今描いていたものだった。


「え、でもこれおじさんの、」
「いいんだよ。もうこの景色は目にちゃんと焼き付けてあるからね」


「もう暗くなるから早くお帰り」と背中を押されて「じゃぁ、」と頭を下げて早足で家に向かう。もらった絵を大事に抱えながら。


「……これは。まさかあんな子が、」


おじさんがそう呟いてたのを知らずに。


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