君の声だけが僕の中に

(死亡表現有り、苦手な人は注意)





「まーた電話かけて来たの?相変わらず寂しがり屋だなあ名前は!」
『五月蠅い乱歩。しょうがないでしょ……私は入院患者なんだから、勝手に出歩けないし』

 携帯電話から聞こえてくるのは、体が弱いくせに性格だけは元気な名前の声。

 道を歩いていると、冷たい風が肌を冷やしていく。もうほんのり赤くなっているであろう耳に中てている携帯電話から聞こえる声だけが、少しの温かさを持っていた。

「そんな事云って、どうせまた抜け出そうとして失敗したんでしょ」
『……だから私の行動を中てるのはやめなさい、乱歩』
「だって君の行動判りやすいじゃないか」

 話し乍ら街中を歩くと、洋菓子店が目に這入る。名前が入院する前、二人でよく行った店だ。

「ああ、あそこの店覚えてる?」
『待ってだから判らないから。貴方の目線で話すなって云ってるでしょ』
「君がモンブランとチョコレートケーキ食べて後で『太った!』って騒いでたとこ」
『後半は余計!!ハイハイ覚えてます。貴方にショートケーキの苺を奪われた恨みとか』


『一寸乱歩!それ私の苺!』
『騒がない!また「太る」って騒ぐ事になる君への配慮だよ!』
『うっさい何時も何時も私の食べてる物横から掻っ攫って行って!』


 また少し歩いて行くと、今度は洋服店が有った。彼女の服はほとんどあそこで購入していた物だった。

「君は何時も安い服ばかり購ってたよね。『お金が無いから』って云って」
『低賃金の身ですからー』
「低い賃金を食費に割いてるからね」
『もうそのネタは良いから!』


『絶対似合うからこっちにしなよ!僕が云うんだから間違いは無いよ!』
『否、高過ぎ。駄目駄目絶対駄目。それにそんなフリフリ厭だ』
『止めなってそんなダサイの。名前は小さいから貧相に見えるよ』
『らーんーぽーさーんー!?何が小さいって!?』


 会話をしながら、一人で歩いて行く。風が五月蠅いにも関わらず、彼女の声は、電話口からはっきりと聞こえた。

「あ、本屋。君に頼まれて本を購って行ったっけ」
『どうせ国木田君にお遣いに行かせてたんでしょ』
「僕の頼みで購ったんだから僕が購ったも同然だろう!」
『あーはいそうですねー』

 此処は公園。此処は図書館。此処は映画館。此処は―――。街で目に付く様々なものに、彼女との思い出が有った。

『付き合ってから、色んな処に行ったね』
「……まだ全然行ってないよ。君と一緒に、横浜から出てもないし」
『あはは、そうだね。私が入院なんてしちゃったから』
「…………名前の所為じゃ、無いでしょ。退院すればまた、色んな場所に行けるよ」
『…………』
 
 沈黙が下りる。

 不意に、何か雑音が這入った。

『――――――乱歩さん!連絡が、有って、名前さんの容体が―――!』



『もう良いの。もう良いよ』
「……何?名前、良く聞こえない。何云ってるか判んない」
『貴方はもう判っているでしょう。もう知っているでしょう』

 名前の声が良く聞こえない。掠れていく。遠くなっていく。

『もうやめて。前に進んで。大丈夫、貴方なら私の事、きっと忘れないから』




 白い部屋。点滴。ベッド。薬の匂い。

 自分と、周りには沈痛な面持ちの探偵社員たち。彼らは悲痛な表情で此方を見て何か言葉を交わし、出ていく。二人だけが残された。自分と、名前。

 これは、誰の記憶だろう。

――――前に進んで――――私の分まで―――――

 名前の口が動く。横たわる姿に何時もの溌剌さは無い。何時も聞いていた声は出ず、ただ息だけがその言葉を紡ぐ。彼女の手が少し上がる。その手が自分の頬を撫でて、それで自分が泣いている事に気付く。彼女のもう片方の手は自分が握っていた。その手が、力が抜けて行って―――――。

――――乱歩、私は、貴方を――――




「……やめて。やめてよ。君は此処に居るじゃないか」

 その場にしゃがみ込み、首を振る。あの時の様に頬に流れる涙が、地面に模様を作った。

 握りしめた携帯電話はもう何もしゃべらない。真っ暗な闇が画面を支配していた。その中に残されている一つの番号からの電話は、もう二度とかかってくる事は無い。


「君は何時も此処に居たじゃないか。僕と……一緒に……っ!」

 その言葉に応える声は無く、この場に居るのはただ一人だった。風が冷たい。温かかった筈の携帯電話は、ただ掌に食い込んで、痛みと冷たさを与えている。

 声が聞こえた。悲し気な声が。ただ悲しそうな目で、君が、呼ぶ声。



 まだ無理だ。無理なんだ。突然すぎた其れはまだ心に刺さって、溶けて行かない。君の言葉がまだ聞こえる。君が笑っているのが聞こえる。まだ此処に君は居る。



 ただ一つの温もりを失いたくなくて、冷たい携帯電話を胸に押し抱いていた。それがもう伝える事は無い恋人の声だけが、心のみに取り残されて、何時までも響いていた。

(2016.12.08)
ゆか様リクエスト「乱歩・恋人だった夢主が死んだ事を受け入れられずずっと夢主の影を追い続けている乱歩 切甘」
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