「わあ……!これ貰って良いの!?治君!」
「勿論だよ名前ちゃん。名前ちゃんの為に作ったんだから」
小さな手から、小さな手へ渡されたのは、花を編んで作ったらしき可愛らしい髪飾り。男の子がこんなに器用で良いのだろうか。私は女の子だけどこんなに上手くは作れない。
その髪飾りを、そっと私の頭に乗せてくれた幼馴染の少年は、綺麗だ、と微笑んだ。
「うう……治君にいつも貰ってばかりで、何も返せてないね……ごめんなさい……」
「何云ってるのさ!?名前ちゃん!そんな物要らないよ!私は名前ちゃんが一緒に遊んでくれるだけで、もう充分お返しして貰ってるよ!」
私が落ち込んだ様に云うと、彼は慌てた様にそう云って、真剣な顔で私の両手をぎゅっと握った。私はその言葉に嬉しくなって、にっこりと笑い返す。―――と、其の時大きな声が響いた。
「――――何してンだよ!手前ら!」
「……げ。まーた邪魔者が……」
「何が邪魔者だ!名前もそんな奴に構うんじゃねえって云っただろ!」
「中也君!」
此方に走り寄ってくる少年は、私達の処に着くや否や、私の手を奪うと其の侭引っ張って行った。後ろを振り返る。一人取り残された少年は、苦笑しながら、「またね」と手を振った。
「中也君!……中也君!痛いよ!」
「名前、良いか」
私の手を引っ張り、スタスタと歩き乍ら、その足を止めることなくもう一人の幼馴染が云う。
「彼奴には近づくな。絶対に」
「……?何で?」
「良いから云う事聞け!」
そう云うと彼は振り返り、私の髪に乗っていた花の飾りを毟り取り、地面へと投げ捨てた。
乱暴に取られたそれは少しだけ髪に残り、花弁を散らせたが、やがてそれも残らず落ちて行った。
「……名前。名前」
「…………?」
幼馴染の声で目が覚める。夢を見ていたらしい。小さい頃の夢だ。
「何仕事中に寝てんだ、給料引くぞ」
「う……それは勘弁してください、中也さん」
如何やら書類仕事の途中に寝てしまったらしい。目を擦りつつ見上げると、夢より幾分かは大きくなった中也が此方を見下ろしている。
「……おい、今何考えた」
「いやあ別に何も。あの頃よりは、少しは伸びたな……とか思ってませんよ」
「そうかそうか一寸面貸せぶん殴ってやる」
「厭だなあ髪の毛の話ですって」
「この野郎……」
呆れた様に溜め息を吐かれる。私は突っ伏していた机から体を起こし、うーんと伸びをした。さて、仕事を片付けなければ。
「――――――昨晩、何してた」
然し、その思いは振ってきた声にかき消された。体が固まる。
「……別に何も。遅くまで本を読んでたので、あまり寝ていないんです」
「本当だな?誰かと逢ってた訳じゃねえな」
手を下ろし、見上げる。私の直ぐ隣の机に片手を着き見下ろすその目は、凍った様に冷たい。
「本当です」
「その本は何の本だ。手前で選んだ本か。それとも―――」
「やめて下さい」
思わず、彼の言葉を遮ってしまった。続く言葉を察してしまったからだ。
「……確かに、自分で選んだ本じゃあありません」
「……太宰だな」
低く、呻く様な声での断定。思わず立ち上がった。真正面から中也を睨む。
「そうです。でもそれが何だって云うんですか!?私が太宰さんに何を貰おうと関係ないでしょう!?」
そう捲し立てると、中也の顔が苦しそうに歪んだ。両肩を掴まれる。指が肩に食い込んだ。
「……何故判らねえ」
「……?」
「……なんで判ってくれねえんだ。俺は……俺の方が、ずっと手前を」
その目が、とても苦しそうに細められていて―――思わず、彼の手を振り払った。其の侭仕事を放りだし、部屋を出る。
中也が追ってくる気配は無かった。
「……名前ちゃん?」
「あっ……太宰さん」
とぼとぼと廊下を歩いていると、もう一人の幼馴染と出会う。ドアから顔を出す太宰が此方を見ている。此処は幹部執務室の前だった。
あの時は「治君」と呼んで親しかった彼も、今は五大幹部の一人。逢う機会が減ったのは勿論、恐れ多くて「治君」呼びなんてもう出来なかった。それを、当の太宰は残念そうにしていたが。
「如何したんだい?非道い顔だ。這入りなよ、お茶でも淹れよう」
「……ありがとうございます」
何時もだったら遠慮するだろうお誘いだが、今は、一人では居たくない気がした。太宰の言葉に甘えて、彼の執務室へと這入る。薦められたソファに腰かけた。
先程の、中也との会話について、少しだけ話した。太宰の名が出た部分は話から除く。隣に座った太宰が、ふうんと相槌を打った。
「そんな事がねえ……。中也は君の事となると、本当に過保護だから」
「……過保護、ですか」
過保護。その言葉は妙にしっくりと来た。過保護。
私がポートマフィアの一員として任務に出始めてから、中也が傍に居なかった日は無い。他の構成員ともほとんど会話したことが無い。中也がそれを許さないからだ。
『それはねえ、やきもちだよ。嫉妬。名前ちゃんに変な虫が付いたら困るだろう?』
いつだったか、太宰がそう教えてくれた。その意味は、実はまだ善く判っていないが、中也が私の為にしてくれてるんだろう、と自分に云い聞かせていた。
「……でも、最近は特に可笑しいんです」
「……ネックレス」
「え?」
「私が贈ったネックレス、つけてないね」
言葉に詰まり、下を向いた。おそらく太宰にはその理由が判っているだろう。
「……捨てられました。中也さんに」
「矢張りねえ……もしかして、今まで贈った物、凡て?」
「………………」
沈黙。其れは肯定したも同然だった。
「……すみません」
「何故君が謝るんだい?名前ちゃんは何も悪くないよ、悪いのは中也だ」
「……中也さんは、貴方の事になると、人が変わったようになります」
二人の仲が悪いのは昔からで、其れは成長した今でも変わらなかった。―――少しだけ、変わったのは。
太宰からは様々な贈り物が、今も届く。相変わらず私は返せる物など無いから断ろうとしたけど、彼は「気にしなくて良いから」といつも笑った。
中也はそれを見つける度、悉くを処分した。他の構成員を私に近付けさせない彼は、太宰に対しては特に苛烈だった。
「『守る為』……と云われました」
「………………」
「私を、守る為だと。如何云う意味ですかね」
「………………」
「……すみません、矢っ張り云い訳ですよね。私、昔から太宰さんに色んな物を貰って、それなのに全然お返しできなくて」
何故、中也はいつも、全部奪ってしまうのだろう。おかげで、私はこの人に、何も返す事が出来ない。
「全部奪われてしまって。何も返せない。貴方にも、中也さんにも」
「…………本当に優しい子だね、君は。そんな事、気にしなくて良い。何時も云っているだろう?」
顔を上げると、太宰は優しい笑みを浮かべていた。少しだけ空いていた距離は、何時の間にか、至近まで詰められている。太宰の手が私の頬に触れた。少しひんやりとした手が、頬の上を滑る。
「……優しいのは太宰さんですよ。何時もそう云ってくれますよね。いつ、も……」
云い掛けて、何か違和感に気付く。――――何だろう、この不安は。
太宰の顔を見る。彼は微笑んで居た。幼い頃からいつも見ていた笑顔だ。可笑しい処なんて何もない。
それなのに、云い様の無い不安が襲ってくる。此処から離れた方が良い気がしたが、目の前の人から、目を逸らしてはいけないとも感じる。
「そうだよ?君は気にしなくて良い」
動けないでいる私に、不意に太宰が顔を寄せた。彼の息がかかる。彼の口の端が吊り上がるのが見える。―――この人の目は、こんなに、暗かっただろうか。
「…………だって」
其の時、大きな音と共に、戸が開いた。息を切らして駆け寄ってくる姿を、ぼんやりと見つめる。
「――――名前!……矢っ張り此処だったか」
彼は私の手を掴む。其の侭力に任せて引っ張られた。あの時の様に、太宰と引き離される。先程夢で見た記憶の様に。
部屋を出る直前に振り返る。彼は微笑んだ侭私を見つめていて、何かを呟く。その声が私に届く。
「だって、優しい名前ちゃんだもの。何時か――――」
――――戸が、音を立てて閉まった。
「……中也さん」
「云った筈だ。彼奴に近寄るな」
「…………」
「……名前。頼む」
中也が此方を振り返る。掴まれた手首が痛い。
「判ってくれ。手前を守る為なんだ―――それが手前を傷つける事になっても」
泣きそうな声で、瞳で、懇願される。いつも、私から凡てを奪っていく人とは思えない。
……奪う?私はこの人に、何を奪われたと云うのか。私は自分の思い違いに気付く。確かに、囲われては居たのかもしれない。でもそれは所謂、『遮断』だ。奪われるのとはまた違う。――――寧ろ、そうしようとしていたのは。
中也の瞳を見つめる。その目は光が無くて、あの人と重なった。与えてくれていると思っていた人。目の前の人より、もっとずっと暗い目をしていた人。
中也が縋る様に、私の肩に顔を埋めた。私はただ其れを受け止めて、呆然と、先刻の太宰の言葉を思い出していた。
あの、仄暗い目と、優しい微笑みと共に。
『――――何時か、私に、君の凡てをくれるだろう?』
(2016.12.15)
羽瑠様リクエスト「双黒・太宰さんと中也さんに重めに愛され、取り合いされる」