本気の恋なんて初めてだもの

「一体如何したんだ太宰……こんな処に呼び出して」

 横浜の一角にある居酒屋は、何時もの酒場とはまた違う場所であった。何故か其処に呼び出された織田作之助は戸惑いの声を上げる。それもその筈、呼び出した張本人、太宰治は先刻の織田作の挨拶にも碌に返事をせず、カウンター席に座って己の目の前にある物を睨み付けている。

 一体何かと織田作が目を向ければ、何の事は無い小包である。可愛らしく包装され、リボンなどあしらっている其れは、何処から如何見てもプレゼントと云う奴だろう。

「何事ですかそんな険しい顔をして……」
「!……安吾。お前も呼ばれていたのか」
「織田作さん。如何したのですか太宰君は」
「判らん……俺が来た時はこうなっていて……」
「……嗚呼、二人とも来てくれたのだね」

 後から来た坂口安吾と共にひそひそと話していると、太宰が顔を上げた。その目に太宰らしからぬ疲労の色を見て取り、不審の念は心配へと変わる。

「お疲れですか?貴方らしくも無いですよ太宰君。休息は確り取っていますか?」
「何云ってるんだい、君よりはマシだよ?安吾」
「お前がこれ程までに疲れているのを見たことが無い。大丈夫か」
「それ普段私が頑張って無いみたいじゃあないか織田作」

 太宰の両隣りに座り次々と掛ける声に応える太宰は何時もの調子で、然しそうなると矢張り先程の様子が不自然である。もしやと思い、織田作は太宰に問いかけた。

「……若しかすると太宰、その包みに関係が……?」
「!!」

 その問いに太宰が固まる。その笑顔が引き攣った。

「これは……贈り物、ですか?何方から?」
「…………違うよ。私が貰ったんじゃない」

 太宰が貰ったのではないとすると、答えは一つ。太宰が誰かに渡そうと用意したと云う事だ。

「…………笑わずに聞いてくれるかい、織田作、安吾」

 正面の包みを見た侭、真剣な声で云う太宰に、二人は息を呑んだ。二人で目を合わせ頷き合う。

「何だ、云ってみろ」
「私は…………」

 ――――――……一目惚れを、してしまったんだ。

「……………………」
「そうか」
「……………………はあ」
「何だい安吾その溜め息は!?笑わなかったけど非道くない!?」
「いえ……何時もの貴方で安心しました」
「それ如何云う事!?」
「そうだな、大事じゃなくて良かった」
「私にとっては一大事なのだよ織田作!!」

 悔しそうにカウンターのテーブルをぱあんと叩く太宰はすっかりいつも通りだ。それに少しの安堵を覚えつつ、織田作は太宰に尋ねる。

「で、其れはその想い人に渡す心算なのか」
「勿論だよ!」
「成る程……で、その方は如何云った?」
「此処で働いている女性だよ。名は――――」

 目を閉じて、太宰がその名を云う。まるで、宝物の名でも呟くかの様だ。

「―――名前さん。名字名前さんだ」

「お知り合いなんですか」
「ううん。一回も話した事無い」
「……は?貴方が?珍しい」

 安吾が驚くのも無理は無い。何せ太宰と云う男はその肩書のみならず、女性遍歴も中々の物である。彼が泣かせてきた女性は数知れず。況してや一目惚れしたと云うのなら、其の場で口説き始めても可笑しくない程だ。それが、一度も話した事が無いと云う。

「今までに何回も話しかけようとしたのだよ……然し彼女はその前に爽やかな風の如く過ぎて行ってしまう……」
「……まあ、店員ならな」
「仕方有りませんね、それは」
「何故っ!!私に機会(チャンス)が巡って来ないのか!!あの低身長帽子置き場でさえ名前さんの好きな物を知っていたと云うのに……!!」

 そう呻く太宰の脳裏には、数日前の憎き相棒、中原中也との会話が再生されていた。

『ハァ?名字の好みだあ?』
『気安く名前さんの名を呼ばないでくれる?と云うか何でそんなに仲良いの』
『否、名じゃあねェし……俺ぁあそこの常連なんだよ。まあ確かに良い奴だよな』
『常連・・・・・・だからあんなに話してたの君達……ふうん……』
『オイ何だその殺気は。と云うか手前見てたのか!?』


 その後織田作と安吾同様、直ぐに名前に手を出していない事に気付かれた。何より目の前に置かれる贈り物は中原の情報に寄るものであり、アレに借りを作ってしまった事は一生の不覚に違いは無い。ニヤニヤ笑っていたあの顔を思い出す度に腸が煮えくりかえる。
 然し、そんな事は重要ではない、と太宰は思い直す。太宰にとって今はこれを渡す事が最重要課題なのだ。



「――――――あの、申し訳ございませんお客様」

 不意に、澄んだ声が三人に掛けられた。

「他のお客様のご迷惑になりますので、あの、もう少し声を……」
 余程大声で騒いでいたらしい。安吾が謝る。
「ああ、済みませ……」
「名前さん……!」

 安吾の声を遮って、太宰の声が響いた。両隣りの二人は驚きの目を向ける。太宰にではなく、名前に、である。
 三人の注目を浴びる事になった名前は戸惑いつつ、太宰の声に応える。

「ええ……あの、確かに私は名前、ですけど」
「あっ、あの……」

 太宰の声が上擦る。その顔は耳まで赤く、体は微かに震えている。今まで見た事の無い太宰の姿に、織田作と安吾は固唾を呑んで見守る。

「こ、これ……」
「えっ?これは?」
「これ……」

 太宰が震える手で名前に包みを差し出しながら云う。その姿はさながら、初めて告白する小学生の様だ。名前の目を見ることが出来ず下を向いている。

「お、」
「お?」
「お……………………落ちて、ました」

 ……………………何だ、それは。

 織田作と安吾が同時に思った。太宰さえも思った。落ちてたって。

「あ、落とし物ですか。ではお預かりしますね」

 ひょいっと其れを受け取ると、名前は何事も無かったかのように奥へ引っ込んでいく。

「……………………」
「……………………」
「何だい二人とも。何か云いたい事が有るなら云い給え」

 太宰がポートマフィア歴代最年少幹部の肩書に相応しい底冷えのする声音で云う。その両隣りに座る友人たちは静かに太宰の肩を叩いた。

「何だいその優し気な微笑みは。止めて泣くよ」
「いえ……然し少し安心しました。あれだけ見境が無かった貴方が、こんなに想う女性を見つけるとは」
「そうだな。落とし物を届ける位だからな」
「止めて」
「そうですね。完全に声が裏返ってましたが伝わって良かったですね」
「止めて抉らないで」

 その後は友人たちに慰められながら、少し会話が出来ただけでも進展だと云う太宰のポジティブシンキングが発揮され、帰る頃には太宰は何とかショックを引きずらない程度には回復した。
 そんな太宰の様子を、二人の親友は内心微笑ましく見守っていた。


 後に、包みに挟みこまれていたメッセージカード(と、友人たちの店への連絡)により無事名前本人にそのプレゼントは届けられた。名前に礼を云われ狂喜乱舞する太宰により、再度織田作と安吾が呼び出され、延々と自慢話を聞かされたのは、その数日後の事である。

(2016.12.19)
夜月様リクエスト「太宰・本命(夢主)の前ではヘタレになる太宰さん(最年少幹部)」
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