それが私の居ない未来でも

(死ネタ、苦手な人は注意)





 私が乱歩に告白したのは、春の事だった。

 「この桜の木の下で告白すると、二人は永遠に―――」なんて、何ともロマンチックな伝説。でも少し、それが私に勇気を与えた。

『…………好きです』

 顔を上げて告白なんて出来なかった。俯いた侭乱歩に告げる。

『……ほらね!思った通りだ!』

 響いた声に不意打ちを食らい、思わず顔を上げると得意げな顔。

『我慢なんて出来る筈もないと思ってたよ、君に』
『は!?待って我慢って』

 思ってもみなかった言葉に目を剥くと、得意気だった顔が真剣な顔になった。

『君、自分が体弱いから、告白出来なかったんでしょ』

 その通りだったものだから、言葉を失ってしまった。本当に名探偵だ、上手に上手に隠してた心算だったのに。
 
 生まれつき病気がちだった私は、探偵社に就職した今も、病気で入退院を繰り返していた。気にしなくて良いと云う周りの優しさに甘えながらも、恋に関しては一歩、踏み出すのが怖くて、直前で踏みとどまっていた。

 背を押してくれたのは、小さな小さな云い伝え。「永遠」なんて云う処がまた安っぽいけれど、何時まで生きられるか判らない私には、それはとても大きな光となった。

『莫迦だよね。そんな事気にするなんてさあ、莫迦名前』
『莫迦莫迦云い過ぎじゃない!?』
『……今まで待っててあげたんだから、感謝してよね』

 そう云ってぷいっと背けられた顔が真っ赤だった事を、後で散々揶揄ったものだ。

 付き合い始めてからは、色んな処に行った。私が行っても問題ない場所は限られていて、それでも二人で過ごす時間は楽しかったし、暖かかった。



 ―――――今、私は長い入院の最中だ。これまでの人生で、一番長い入院。

 私が入院している間は、私が、病院でも使える携帯電話から、何度も何度も乱歩に電話していた。彼はその度に一寸迷惑そうな声で電話を受けた。自分だって同じくらいかけて来るくせに。掛ける度、直ぐに出てくれるくせに。

 お見舞いにも来てくれたし、電話で色んな話をしたけど、それでも全然足りなかった。病院をこっそり抜け出そうと、何度思った事か判らない。
 多分、私は気付いていたのかもしれない。おそらく彼も。


 おそらく、これが、私の、最後の。




「―――――――名前っ!」

 声が聞こえた。大切な人の声。
 
 目を向けると、その人は息を切らして病室に駆け込んでくる処だった。私の近くにいた与謝野が何かを云う。然しその声が聞こえてないかの様に、此方に走り寄ってくる。

「名前!」

 ―――――乱歩。

 掠れた息だけが口から漏れた。その事実に自嘲しそうになる。今まで自分が病気を持っていようと、その病気がどれだけ重いものであろうと、苦痛になど感じた事は無かった。

 それが今、愛しい人の名前を呼べないだけで、呪いにも等しい恨みを抱く。

 駆け寄ってきた乱歩が、私の手を握った。ああ、暖かい。何時も暖かった。この手も。この声も。

「乱歩さん……」

 敦が声をかけるが、彼は気付かないのか、返事をしない。国木田が敦の肩に手を置いて、静かに首を振った。其の侭、みんな病室を出ていく。二人だけが残される。

 何かを云わなくては、と思って彼を見た。彼も私をじっと見ていた。その頬がいつの間にか濡れていて、思わず、握られていない方の手で、彼の涙に触れた。声が出ない口を動かす。

 ――――――ごめん、ね。
「……何が。僕を置いていく事?」
 ――――――いっぱい迷惑、かけたから。
「……本当だよ。何時も何時も僕の事引っ掻き回して」

 乱歩が僅かに、怒った様な表情に変わる。握る手に力が籠った。

「だからもっと……もっと返してもらわないと困るよ。此の侭なんて許さないからな!」

 相変わらず餓鬼っぽい事云って。何時もだったらそう返すだろう。思わず笑ってしまう。その笑みは其の侭、空気へと溶けて行った。

 ――――――まあ、そんな事、云わずに、さ。

 そろそろ、息を吐くのもきつくなってきた。

 嗚呼、厭だな。しにたくない。初めてそう思った。

 ――――――ねえ、泣かないでよ、乱歩。

「…………名前?」

 呆然と、彼が訊き返す。聡い彼は気付いたのかもしれない。私がそう云った意味に。


「厭だ……何考えてるの?名前、お願いだから、」

 ――――――貴方は、もう、判っているでしょう。もう知っているでしょう。

「……判らない。判らないよ」

 ――――――前に、進んで、私の、分まで。

 必死に言葉にならない言葉を紡ぐ。

 嗚呼、出来る事なら、此処で時が止まればいいのに。巻き戻ればいいのに。でもそれじゃあ、貴方が前に進めないから。

 ――――――大丈夫、貴方なら私の事、きっと忘れないから。

 貴方のおかげで、疲れやすい私はもう十分、前に進めた。だから、先に休んでるね。

 ――――乱歩、私は、貴方を、

 貴方の事を、何時までも―――――。


「……名前?」
 静かな問い掛けは、静かに落ちていき、誰にも届く事は無かった。握られる手から、力が抜ける。それが何を意味するのかを判りたくなどなかった。
「……名前」
 名前を呼んでも、名前を呼び返してはくれない。
「…………ほんと、莫迦」



『莫迦って云うな!莫迦乱歩!』
『乱歩!早く!こっちこっち!』
『ねえ、今日はさ……』
『あのね、乱歩――――』



 後には静かな嗚咽と、ただ心の中にだけ響く、彼女の声だけが残されていた。

(2016.12.08)
クロ様リクエスト「乱歩・死ネタで病気持ちの彼女との切甘の話」
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