私の英雄

※設定や過去などの捏造過多、夢主特殊設定
※書きたかった所だけ





 昔々のその昔、村には本当に『魔女』という奴が居たらしい。森の深くに住み、人の心臓を喰らい、長い永い年月を生きる。年を取らない様に見える為、『不老不死』と言われる事もあったという。

 御伽噺ならば悪役として出るであろうその不老不死の魔女が、敵側についたとしたらその絶望は如何程か。

「怪しい魔法を使うんだそうだ……皆焼き殺されてしまう!」
「地面から無数の枯れ木を生やして、人間を串刺しにするそうだ!」
「いきなり空に移されて、そこから落とされるんだ……」

 下らない。

 魔女の力―――抑々力という物なのかは知る由もない―――は『不老不死』のみ、然もそれも普通の人間より遥かに寿命が長いだけの見掛け倒しだ。殺せば死ぬ。それだけの話。
 敵の親玉は『魔女』の知名度のみを利用したのだろう。こちらの戦意が削がれることが狙い―――言わばお飾りにもならない、虎の威を借りるではなく被った人形である。この場合虎と言って良い物か怪しいのだが。

 ―――― 一体全体どういうカラクリで生き延びてんだか。

 恨みがある訳では無いが、『敵に居る』というだけで殺す理由には充分。何より味方の士気が危うい。一人で戦うとはいえ協力者の存在は必要だ。例え一時的なものに過ぎないとしても。

 『魔女』が少数の護衛を共に、森の近くの小道を行くとの情報が入る。戦争とは言い難いが紛争の最中だというのに呆れたもんだと胸中で呟いた。神妙に隠れて進む心算だろうが、それは格好の暗殺場所に他ならない。

 周りの護衛は矢で倒す。ニ、三人の護衛は直ぐに死んだ。後はただか弱い女の胸に剣を突き刺すか、ナイフで首を掻っ切れば良かった。

「何だ。弓矢が尽きたのか」

 相手は素人の女だからと、油断していたのが悪かったのかもしれない。近付く自分をひらりと避けて、魔女は笑った。

 笑うだけだった。抵抗するまでもなく、姿を現してしまったこちらを興味深そうに眺めていた。

「殺されるなら、弓矢が良いと思ってたんだがなあ」
「……は?」
「だから君にしたのに。ねえ、『ロビンフッド』。ただの青年よ」

 残念そうな声音が何処か癇に障り、そのままその喉元を薙いだ。魔女は呆気なく死んだ。

 最後の言葉をまだ思い出す。あいつは俺に殺されたかったのかと、今でもふと思い出す。




「……あのさぁ」
「はいはい」
「『はいはい』じゃなくてさ、うん。何ですアンタ?何者?何でこんなところにいんの?」
「私に訊かないでくれるかな緑。君こそ何だそのフード。外しなさい」
「やめろ!」

 ぐいぐいと被ったフードを脱がそうとする女に必死に抵抗する。可笑しい、『彼女』は生身の人間の筈だ。少なくとも―――

「ほう、これは如何なることか。『アーチャー』よ、彼女は君の知り合いなのかね」

 『マスター』が問いかける。そんなんオレだってどういう事か知りたいわ!―――と言いたいのは周りが読み取ってくれたらしい。

 こほん、と戯れていた女が―――いや、女というより今は『少女』と呼ぶに相応しい形である―――説明しよう!とばかりに一つの咳ばらいを落とす。あ、これ『魔女』の頃もやってそう、と脳が現実逃避をした。

「えーと、私は所謂『魔女』とか『不老不死』って呼ばれたと思うのだが」
「ああ、まあ、そうだな」
「あれ、半分くらい事実でね」
「うん……うん?」
「君さ、『生まれ変わり』って知ってる?」
「……はぁ。まあ」
「それ」
「はぁ?」
「それなんだよ。私は何度も生まれ変わっていたのさ!」
「…………」
「だから、君が認識していたであろう『不老不死』とちょっと違うっていうか―――」

 説明を求めて静かに己のマスター、そして今はこの娘の共闘者でもある男を見た。彼は「ほうほう、あんなに嬉しそうなのは初めて見た。良い物だね」と頷いている。駄目だアレ。

「えーっと、つまり…………あー面倒くせえな、オタクはあの時のアイツで、正確に言うと生まれ変わりで、今オレと再会したと。それでオーケー?」
「おーけー。いやあ嬉しいね『ロビンフッド』」
「こら、誰が聞いているか分からない。これは戦争だ。気軽に真名を口にするんじゃない」
「はいはいごめんなさい。そうだよ抑々そちらの英霊だったよ」

 何が何だかわかりはしないが、こちらに逢った瞬間の気の抜ける様な彼女の笑顔を思い出し、まぁいいかと肩を竦める。

 離れた彼女の方を見遣ると、彼女のサーヴァントが訝し気にマスターに問い掛けていた。笑った少女は首を横に振る。
 意識を切り替えよう。如何であろうと彼女もまた、敵。一時的な協力者。共通の敵を倒し、この協力が終われば敵には違いないのだ。

 その時は、また自分が殺すのだろうか。

 ―――――そう、思っていた。

「君が、倒して」
 彼女の使い魔が血を吐き、静かに消えていく。
「アンタ、なんで、」
 傍では、己のマスターが倒れている―――無傷のまま。
「コイツを、庇った」
「『コイツ』って酷くない?君のマスターだよ」
「バカか、アンタ、マスターになったってことは何か、」
「ああ……でも、君は勝てないかな。二組掛かりでも倒せないとかどんな化けもんだよって感じだよね、あれ。流石狂戦士(バーサーカー)?」
「…………っ、もう喋んな!傷が……」
「アーチャー。彼の英霊で、私の英雄よ」
 女が笑う。あの時とはまた違った悲しい笑みを浮かべる。
「生前の君が私を憶えているから、きっといつかまた逢うよ。私がいつまで記憶を持ってるか分からないし、君もサーヴァントである以上、この瞬間の記憶は無いかもしれないけど」
 血が止まらない。己の手が濡れて行き、初めて自分が彼女を抱き締めている事に気が付いた。

「だから、それまでさようなら」

 狂戦士の咆哮が響く。死が見える。この時の邂逅はこれで終わるのだと悟った。



「で、この時代のアンタは何?」
「えっ?はっ?覚えてるの君?」
「何が?――――――ん?抑々オレ今何を聞いたんだ?」
「あ――――うんそうだよね。良かったー焦ったー心の準備って奴がさー」
「つーか何?アンタ何で生きてんの。その様子だと他人の空似じゃねえな」
「だから『生まれ変わり』だって」
「信じられるか!」


「仏の顔も三度まで……なんか違うなあ」
「なんか懐かしい顔だな」
「三度目の正直!」
「何だよさっきから!」
「しかぁし!私と君は残念ながら4度目の邂逅なのだ!」
「何言ってんのさっきから!?」


「…………」
「私の顔に何か付いてる?」
「…………オレ、アンタと逢った事ある?」
「だからあの時の『魔女』だよ」
「そうじゃなくって――――ああ、うんまあいいわ。アンタがそれで良いなら」
「よしよしいい子だ。人に年を聞くなんて失礼だからね!」
「んんん?そういう話になんの?ひょっとしてものすごっく婆さん?」
「そこになおれ緑」
「すんません。―――――んで、『今回は』、何と戦うんですかねえ?」


「なあ、あのさ」
「はいはい、何だい」
「オタク、何で俺を『英雄』って呼ぶワケ?」
「え?だって英雄じゃん」
「いやそうじゃなくて。大体俺は」
「あーあー聞こえませーん」
「あっおいっ!?待てこら!」


 人を守った。村を守った。街を守った。組織を守った。国を守った。

 結果として守った物は様々だが、結局その全てにおいて、呼ばれたのは『聖杯戦争』という戦いだった。ただ、その戦いの結果として、何かを守ったのだ。
 サーヴァントというものは英雄そのものではない。しかし『座』に戻った瞬間、その記憶はまるで本を読む様に保持される。例外は、ある。


 どうも自分は『彼女を憶えていてはいけない』らしい。


 感情や理性なんかとは別のところでそれを理解しながら、懐かしさを抑えることは出来なかった。
 なぜか自分が呼ばれたところにあの女は敵のマスターとして、あるいはただの協力者として、あるいはただの隣人として、あるいは、あるいは、あるいは―――――そうして生きていて、そして死んでいった。沢山戦った。沢山守った。沢山救った。


「なあ、今回は何をすればいいんだ?」
「従順とか君の柄じゃないんじゃない?」
「まま、そう言いなさんなって。やっとアンタの使い魔に為れた訳だし」
「『使い魔』って言うなよ君……その呼び方好きじゃない、私の英雄よ」

 幸せだったよ、それなりに。ああ、柄じゃねえって分かってますよ。でもいいじゃねえか、ずっと望んでたような気がするんだよ、アンタの隣で戦うのを。アンタを守るのを。


 それなのに。それなのにだ。



「…………バカ」
「何だ、女々しいなあ」
「バカだよ、アンタは」
「そうだねぇ。あっ、私が死にかけてるから君も危ない。単独行動が出来る間に次のマスターを探すんだ」

 また、彼女は血まみれだった。マスターが前に出るなんて死ぬとしか思えない愚行だ。状況だけ見れば、自分が死んで終わりだった。
 元々の逸話通り、自分に正面からの戦闘は不向き。敵の目前―――しかも剣の英霊に隠れ場所を薙ぎ払われ、もう為す術もない―――に炙り出された時点でもう結論は見えている。

 だから、マスターがサーヴァントを庇って倒れたところで、何も変わらない。

「バカだな本当に」
「何回私はバカと言われるのか」
「俺は、凄ぇ英霊でも何でもねえけどよ。アンタの英雄なんだぜ」
「…………!」

 彼女は笑った。ああ、今度こそ、『嬉しそうに笑ってくれたな』と―――

「なんか、あの時と同じ光景だね」
「いやいやそうでもねえ。見ろよ」

 赤い剣士が近付く。一言も発しない騎士は、静かに剣を構えた。光が満ちていく。

「ああ……綺麗だなあ。でもやっぱり、君の矢に当たって死にたかったなあ」
「それ言ってましたねえ……ご期待に添えず申し訳アリマセン?」
「まあ本当にやったら次逢った時ぶっ殺すけどね」
「どうしろと……」
「あーうんごめん、ま、アレだ。言いたい事は」

 二人で笑っていた。死ぬことなんて、二人とも何でも無かったのだ。

「『次』も、私を守ってくれ、アーチャー」

 ああ。『ありがとう』なんて、言われなくて良かった。それよりも聞きたかった言葉をさらりと言いやがって。



 いくつもの戦争が過ぎる。戦いが過ぎていくにつれ、やがて自分にとって『きっと大切なものである記録』も増えた。月での戦いも、その裏での戦いも過ぎていく。
 座に時間の概念は無いから、過ぎていくというより、溜まっていくに等しいかもしれない。

 しかしいつからか、彼女の影すら無くなってしまった。


『ねえ、ロビンフッド』
『何だよマスター』
『多分ね、私、君に殺されたから、「これ」が続いてる気がするんだ』
『……うーん……オレにはさっぱりなんで……』
『知ってる。まあ聞きなよ。君はしょっちゅう自虐を挿むがね、私にとっては、』

 『悪い魔女』だった私を殺してくれた君は、確かに『英雄』だったよ、と。
 その笑顔を、記録に刻み付けて。


   ―― ※ ―― ※ ―― ※ ――


 大きな力が、あった。

 そうとしか表現できない。ちゃんと認識しようとすると、ちっぽけな意識は消えてしまうかもしれない。
 最初は、普通の『魔女』だったのだ。いや、魔女である時点で普通も何も無いのだが。
 死にたくなかった魔女は様々な魔法を使い、様々な薬を飲んで、不老の存在となった。しかし不死にはなれずに、人間たちに討伐されて死んだ。

 大きな力に願った。死にたくないと。どんな事でもしようと。


 『私』という存在は繰り返されるようになった。それから出逢ったのが、生前のとある青年――後に英霊『ロビンフッド』となる存在―――である。

 あの頃、ロビンフッドの生前に彼に出逢った私は、まだその『魔女』のままだったのだ。あの時代に囚われている限り、ずっとその時代に生まれ変わり続ける魔女。
 意識も何も摩耗して、もう自分が魔女本人なのかすら危うい、そんな未完成な『生まれ変わり』。

 しかし、『ロビンフッド』に出逢った事で縁が結ばれた。だから、私はあの時代から抜け出した。その代わりに、彼に出逢い続ける事になった訳だけど。


「思うにね、一人の英雄に成りきれない可哀想な奴を、英霊にしてやるのが君の役目だったのではないかな。最初は自分を殺させることで。次は自分を守らせる事で」
「ほうほう」
「君はさ、『守護者』になれる程には覚悟も力も無かったものだから、小さい出来事をちょろちょろっと修正する存在に為ったんじゃないかと思うんだよね」
「ふむふむ」
「『聖杯戦争の結果』ってさ、結構重要なものだろう?あの『ロビンフッド』って存在がちゃんとした英霊にならないと、変わってしまう未来が有ったんじゃないかな」
「へえー」
「期間限定のお助け?穴埋め?兎に角その男を支えてやる感じ?そんな役割を与えられていたんだと思う。
 勝敗にも関わるから、彼の記憶・記録からは君の存在は消されていたんだろうね。まあでも、絆の前にはそんなもの無力!いいね!青春だ!」
「…………」
「名前ちゃーん?聞いてるー?」
「ダヴィンチちゃんが法螺話するの珍しいなと……」
「えっ?至って真面目な話のつもりだったんだけど。どうにも曖昧な結論しか出せないがね。まあでもつまり―――」
「つまり?」
「人の縁は時代を超える!」
「なるほど」
「大丈夫。また繋がるさ。何せ――――今、最高のピンチなんだから」

 様々な戦いが有った。『英雄』となった彼はもう、『魔女』なんぞ必要としていない。だからもう、彼との絆は無くなってしまった。と、思う。
 これが最後だという意識が有った。もう私の役目は終わった。次に死んだ時が、正真正銘『私』の終わりだ。
この人生はきっと短い。それでも、また逢えるだろうか。




 魔法陣からバチバチと光が奔り、長身が降り立つのが見える。緑衣が舞った。
 ーーーーーああ、やっぱり君は弓使いだよね、と声には出さずに微笑んだ。

「呼ばれたからにはそれなりに働きますよ………………、と……」
 隠れていても分かる驚いた表情。口の端を吊り上げて言ってやった。

「何だそのフードは。外しなさい」
「……あーはいはい。お久しぶりで。今回は何を守りゃあいいんです?」
「端的に言えば『人類』だよ、ロビンフッド」
「うわとうとうそこまで来たかよ……」
「私もまだ実感が湧かないんだ。だからさ、

 頼むよ、『私の英雄』」

 いつものセリフを吐くと、彼もフードを少し持ち上げて、いつもの笑みを浮かべた。



 これは、魔女を殺した青年が、少女を守る英雄になる話。

(2018.02.21)
ALICE+