君との生を願った

(『私の英雄』夢主)





「普通の『聖杯戦争』って、どんな感じだったんですか?」

 私の事を『先輩』と呼ぶ後輩の、純粋な疑問である。首を傾げながらのその言葉に、私も首を傾けながら答えた。

「えっと、つまりどういう事かな」
「知識では知っているのですが、あくまで知識だけです。実際に経験した方の知見はやはり違うのかと」
「ふむふむ。そうか……どんな感じか……」

 『百聞は一見に如かず』ではないが、知識と経験は違うということをまざまざと知らされているであろうマシュには、『普通の聖杯戦争』が気になるところなのだろう。それはわかった。分かった、が。

「特に違う部分が有るかな。いやまあ、システムは完全に違うよ」

 それはマシュだって知っているだろうから態々話すまでもない。

「でもね、命がけの戦いである事には何も―――あれ……そうか」
「どうしたんですか?」

 ぶつぶつと呟いていた私が突然「思い出した!」とばかりに声をあげたものだから、後輩が心配そうに聞いてくる。

「いやね、分かったんだよ、『違い』」
「そうなんですか?それは一体?」
「『願い』だ」

 マシュが反芻するのを聞きながら、きっとそうなのだろうと確信した。少なくとも、自分の中ではそうなのだと。

 例え願望機としての聖杯がただのプロパガンダだったとしても、嘘ではない。目的や、願いが有って私達は戦った。しかし、今度の戦いは、『願い』を叶えるための物では無い。

 それに、前者がそうだったとして―――私が何かを願ったことがあっただろうか。彼に逢うために生きていた、私が。



「へー。そう」
「式さん……もう少し興味ってものがないんですかい……」
「それ、誰の真似?似てないぞ」
「誰の真似か分からないのに似てないのか……」
「ぎこちないから下手くそ」

 適当に返事しているように見えてこの着物姿の少女―――両儀式は鋭い。自分でも似ていないんだろうなと思っていたのを感じ取ったに違いない。挙句、
「それに、どうせアレだろ。緑の」
と言われ撃沈した。

 自販機の前に並ぶ椅子に腰かけ、脚を揺らす私の隣で、彼女は退屈そうな声音を出す。表情もきっと同様に違いない。

「…………クオリティの低いモノマネを披露した事は謝るから、『アレ』呼ばわりは止めてあげてくれ……」
「いや、別に……ああ、わかったわかった。ほんとに過保護な、お前」

 式が呆れたように言う。過保護とは何だと思ったが、今までの自分の言動を思い出し、言われても仕方ないのだろうかと肩をすくめる。

 私と、『緑の』ことロビンフッドが、長い付き合い―――文字通り時空を超えた、と言うとただのSFものだが―――なのを知っているのは限りなく一部の人間である。先程の会話をしたマシュですら、私が『他の聖杯戦争に参加したことがある』ことを知っているだけだ。

 直ぐ隣の式ですらそんな事は知らない。知らないはずなのだが、偶に発言にどきりとさせられる事は有る。

「うーん。恐ろしい」
「何が」
「恐ろしいけど、こうして偶に話聞いてもらっているしありがたい。あとでアイスあげるね」
「あのな、オレは別にアイス好きじゃないからな?」
「へ、そうなの」
「ああ」

 それは悪い事をした。てっきり好物なのかと思って、彼女への礼にはハーゲンダッツと決めていたのだが改める必要がありそうだ。渡す度に顔を顰めていたのは好きではなかったからだったのか。しかし受け取ってくれていたあたり彼女も人が善いというべきか。

「君もそういうタイプなの?嫌なら嫌と言ってくれていいのに」
「言うぜ、オレは。緑のと一緒にするな」
「彼だって言う時は言うんだけどね、偶に不安になるんだよ」
「まあ、言わないと分からないのに言ってくれないって、嫌だよな。分かる」
「それはどっちの?言ってくれない方?言われない方?」
「どっちも」

 式の人間関係は分かりやすいんだろうなと思う。悪い意味でも皮肉でもない。羨ましい、単純に。

「緑のが特別ならそう言った方が良いんじゃないかって思うけどな、オレは」
「げっほ、ごほ」
「あ、悪い」

 図星だから咽たという事を把握して謝ってきた。揶揄ったり茶化すといった事をあまりしない代わりに言いにくい事を普通に言ってきたりする。

「いやー、別に特別とか」
「隠そうとしてるのは分かるけどさ。お前なりのケジメってやつだろ」
「…………仰る通りで」

 取り繕うのを忘れて思わず拍手しそうになった。エスパーのようだ。

「……重くないかなって思うんだよ」
「何が」
「例えばだよ、一度死んだっていうのにまた逢いに来る女、如何思う?」
「たたっ斬るかな」
「……うーん、死にたくないなあ」
「なんだお前、死んでるのか?」
「まだ死んでないよ」

 「サッパリだよ」、と呆れた口調で言われた。中途半端に本当の事を言うからややこしい事になっている。話を聞いてもらいたいだけなので、退屈かもしれないが聞き流してもらう事にした。

「一度死んだよ、そしてまた生きた。それはきっと彼に逢うためなんだろうけど、それが『私の願いじゃなかった』って言い切れるだろうか。
私はひょっとして、役割を与えられて繰り返していたんじゃない、ただただ彼を追いかけて追いかけて、浅ましく縋ってただけなんじゃないかって、偶に思うんだよ」
「……よく分からないけど、それ、何か悪いの?」
「悪いよ。何がって、質が悪い。時も場所も超えて付き纏うって最高に気持ち悪くない?」
「良いんじゃない。アイツお前の事大好きだと思うけど」
「嘘だぁ……」
「鈍感だな」
 どんかん、と強調して、クスクスと式は笑う。

「オレだったら女々しい事するなって追い出すけど、アイツはそんなタマじゃないよ、寧ろ喜んでるぜ絶対」
「式が言うと怖いね」
「どっちが?追い出すって方?喜んでるって方?」
「どっちも」

 顔を見合わせて一層笑う。楽しい、と思う。ただの雑談になっていたが、マシュ以外の女子とこうして気安く話すことも無かった気がする。

 だからかもしれない。一頻りどうでもいい言葉を交わした後、ぽつり、とこぼしたのは。今まで誰にも話した事のない胸の内。

「……私ね、死ぬの怖くないんだ」
「…………お前」
「また生まれるとか、そんなんじゃない。また逢えるからとかそんな軽い事じゃない。私は」
「――――――――馬鹿だな」

 私の言葉を遮って、式が断言した。私は顔を上げ、式の目を見る。
 彼女の目には、青い光が浮かんでいる。

「――――――死は、怖いよ」

 そっと手を伸ばしてくる、そこにはきっと『死』がある。触れただけでもきっと、私を終わらせる死が。

「お前が怖くないって言うなら、それは…………」

 そこまで言って、式は首を横に振った。

「……式」
「…………なぁ、名前。オレはさ、きっと独りで死んでいくんだけど」

 目を閉じて、目を開いた彼女は、いつも通りの式だ。

「そう、させてくれない奴が居るんだ」
「……そっか」
「お前も、そういう奴が居ただけだよ」
「…………そ、か」
「だからね、そいつの為にも、死ぬのが怖くないなんて言わないでやってくれ」

 何と答えていいか分からなかった。だから頷いた。首を縦に振ると、「そんなに必死に同意しなくてもいいよ」と式は笑った。

「………一つ、聞いても良い」
「なに」
「それって、式の好きな人?」

 ちょっと揶揄い気味に言ってやると、式は少し目を丸くして、直ぐに細めた。弧を描いた口に、人差し指が当てられる。
 女性的な『彼女』とは似て異なり、彼女は悪戯っ子のように笑っていた。

(2018.03.15)
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