君との死を夢見た

(『私の英雄』夢主)
※アーチャー・インフェルノの真名が出てきます。





 何かを求めた訳ではなかった。誰かを慕った訳でもなかった。
「わあ、食べ物が……!」
「私達の……作物が……戻ってきた?」
 その人々の嬉しそうな顔が、気に入っていただけだったのかもしれない。

 一人で戦って来た。『仲間』など居ない。協力者は居た時期もあった、それのみ。仲間という言葉が『ずっと隣で共に戦う者』という意味ならば、そんなもの存在しなかった。

「そ、その男は森に住む盗賊です―――俺たちは何も」
「お父さん!あの人はぼくたちを助けて……」
「シッ!お前も捕まりたいのか……!?」

 あの村人は誰だろう。その笑顔を見た記憶が有るが、何処だったか。
『ああ、ありがとう、名も知らない人よ―――』
もう知らないし関係など無い、今の問題はそこじゃない。

 逃げることになってもやる事は変わらなかった。自分は英雄ではない。大群の前に姿をさらして戦うなど正気の沙汰じゃない。
 しかし隠れ、撃ち、落として殺したそんな日々も、漸く終わる様だ。

「――――ハッ。子供の頃憧れた騎士サマみたいには、いかねえモンだな……」
 自嘲気味に吊り上がった口から、ごほりと赤い血を吐きだす。きっと自分はこれで終わり。
『ありがとう』
 その、言葉を言ったのは誰だったか。皆だったか。誰でもなかったか。


 シャーウッドの森の英雄。
 ――――――ああ、これが、君の最後だったのか――――――。



 電子音で目が覚めた。ゆっくりと体を起こすと、寝ぼけ眼に白い部屋が映る。もう大分明るい様だ。寝坊だろうか……と一瞬焦るが、今日は特に予定も無い事を思い出す。一つ伸びをして、着替えるためにベッドから出た。

 現代の服を着る行為で、『ああ、自分はここに居るのだなあ』、と感じる事がある。それは単純に自分を再確認しているのかもしれないし、色んな時代に飛ばされた自我の確立なのかもしれなかった。今、ここ、このカルデアに、『わたしはいきている』。

「なぁんてね。さて行きますか」

 盛大に独り言を溢して、部屋を後にした。



 食堂に向かって歩いていると、サーヴァントたちの話し声が聞こえてくる。その中で良く知る弓兵たちの声が聞こえた為、ふとそちらに顔を向けた。
 ロビーに並ぶ椅子と机のひとつ、そこに座る二人の英霊。何時もその身を隠す緑の外套は彼自身の横に携えられている。甲冑を身に纏う女性はいつもの凛々しい表情ではなく、その顔は純粋な探求心に輝いている。

「ここが我らが居るかるであですか」
「そ。んでオタクの故郷がここ」
「こうして見ると……小さいものですね」
「国の中でも別れてるんだろ?……マスターの、」
「私の故郷もそのご近所だよ、大きい目で見れば」

 流石に近付くマスターには気付いていたのか、急に声を掛けたのにも関わらず二人は少しの驚きも無く顔を上げた。

「マスター。おはようございます」
「おはようさんマスター」
「おはよう、巴さん、ロビンフッド。地理の勉強かな?」

 机に広がる世界地図を見て問いかける。巴御前とロビンフッドは「勉強という程では」と口を揃えて言った。

「職員のかわいー子が本棚の整頓してたんでちょいと手伝ったんだが」
「おいおい職員さんにまで手を出すなよ」
「ちょっと声かけただけだって!そんで世界地図が目に入ったんで眺めてたら、貸出手続きしてもらったんすよ」
「珍しいものを見ていらっしゃるので、私もと」
「巴さんはアレでしょ?この間シミュレーションゲームやってて興味持ったんでしょ?地図出てくるもんね」
「あら?お教えしたでしょうか」
「いや、マシュに教えてもらった。一緒にやってて楽しいと」
「ほう、オレもまざろうかね」
「ロビンフッドさんはげぇむがお得意なのですか?」
「マスターよりは強いですよ」
「言うなあコイツ」

 あははは、と笑い声が響く。と同時に、可哀想な音が腹からなった。そういえば朝食がまだだったと思い出す。

 二人にそれを揶揄われた後、また後で集合しようと約束してその場を離れた。楽しい予定が出来た事で、先程よりも足取りは軽くなる。

―――私もアーチャー……ロビンフッドも、この時代を楽しんでるな。

 その事が少し、嬉しかったのかもしれない。



「マスター、部屋まで送ってきますよ」
「いやいや夜道じゃないんだから」
「ますたあああっ!勝ち逃げするのかマスター!」
「お兄さん、そんなに怒らんでくれ。私眠いんだよ」
「騎士たるものここで引く訳にはいきません!もう一勝負お願いします作家さん!」
「何故こんな連中に付き合っているのだ俺は……」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐサーヴァントたちを尻目に欠伸を漏らすと、隣に立つロビンフッドが苦笑する。

「まだ遅くもないですよ。昨日夜更かしでもしてたんで?」
「まあちょっとね。おかげで眠いよ、私はもうダウンだ。みんなお休みー」
「おやすみなさいマスター」

 皆熱中している所為か、真面な挨拶を返してくれたのは巴のみだったが、或る者は手を振ったり、或る者は生返事を返したりと各々反応を返してくれた。そのまま踵を返す。彼が付いて来るのも気配で分かった。
 二人で並んで、夜の廊下を歩きながら私の自室を目指す。

「夜遅くまで何してたんだ?」
「何でしょう、当ててみたまえロビン君」
「なんだそのキャラ。読書とかですかね」
「半分当たりかな?」
「『半分』?」
「うん」

 大分自宅の様に慣れてきたとはいえ、自室まではそこそこ距離が有る。夜とはいえ何人かの職員とすれ違う程更けては居なかったが、やはり一人じゃなくて良かったかもしれないと思った。

「偶然だけど、私も地図見てたんだよ。日本の」
「……ああ」
 今朝の会話を思い出したのか、数瞬の後に返事が来る。

「私、日本に居たのは二度目だったからね。懐かしくなって」

 知らない人が聞けば意味が判らないだろう。その言葉のあとに、少し沈黙が降りた。少し横を見ると、丁度彼がちらりとこちらを見遣るタイミングで、ばちりと目が合う。

「…………へえ」
「よく憶えてないんでしょ、しょうがないさ。召喚時に少し思い出してくれたでしょう。それだけで十分だよ」
「……アンタは、それで良いのか」
「良いも何も」

 ずっと、そうだったのだ。そこまでは言葉にせずに飲み込んだ。

 ロビンフッドは『魔女』を知っている。しかし、それは生前の話である。彼が、転生した後の私を思い出すのは、いつも決まって短い期間だけだった。それは召喚して間もない時であったり、短い夢を見たその朝であったり、何でも無い休息の日であったり、死ぬ前の数日間だったりした。全く思い出さない時も有った。
 今回は、召喚時だった訳だが。

召喚時は彼の中に確かに有った思い出たちが、やがて『いつも通り』彼から消えていったのを見て、寂しくなかったかと言えば、嘘になる。

 彼が『忘れた』時、私はまず己の事を話した。私は、君の殺した魔女の生まれ変わりだと。私は何度も転生して君と逢っていると。

 我ながら頭の可笑しい女だなあと思う。しかしこの習慣が何故続いたかと言えば、彼がいつもその話を信じるからだ。
 疑いもせず、何かを訊くでもなく、ただ、『そうか』と。


『だってしょうがないでしょ。オレも覚えてるんですよ。ああいや、別に記憶があるわけじゃないが――――』


―――多分オレという存在が、アンタを憶えてるんだ。


 いつだったか、なんだかどこかの浪漫小説でぽろっと出てきそうな台詞を言われたせいで、大笑いしてしまって彼に小突かれる羽目になったのだが。

 そんな思い出もあるが、毎回毎回同じような事を言われたら堪った物では無い。大笑いしている場合ではなかった。

「じゃあオレ、マスターの故郷に居た事あるんですね」
「今のね。あの時はガイコクジンだったからなあ」
「何だ?―――ああ、外国人な」
「翻訳されるんだった……」
「今の日本語でしょ?」
「そうだよ。私の母国語」

 するりと『私の』、と出てくるあたり、私もしっかり『日本人』が定着している。
 私は、今を生きているのだ。

「というか君、その時も自分が召喚されたと疑わない辺り」
「何だよ、オタクの話通りなら違いねえでしょーが」
「確かに?確かにそうだよ?でもちょっと疑おう?君がいつか高い壺買わされるんじゃないか心配だよ私は。幸運のブレスレットとか持ってこないでくれよ」
「何仰ってんのか分かりませんが幸せの青い鳥でも売りましょうか」
「やめてあげなさい、可愛いよその子」
 いつのまにか彼の肩に戻ってきていた鳥が羽ばたいた。怒ってる、絶対怒っているよアレ、と内心慄く。

「…………ったく、疑う訳ねえだろ。オレがどれだけ―――」
 羽の音に紛れて、小さい小さい声は消えていった。


「着いたな」
「寄ってく?寝る前のお喋りタイム」
「じゃあお邪魔しますわ」
「君遠慮なくなってきたなあ」
「損な事はしない主義でして」
「賭け事やナンパには手を出すのに?」
「ソイツ等は別格、覚えときなお嬢さん」
「はいはいはい」

 そういえば今日の自室警備員(こう名付けたのは私である。ダヴィンチちゃんにすごく笑われた)は彼だった気がする。変更して他の英霊に来てもらうのも忍びない。
 よいしょよいしょっと声を出して来客用の椅子を引きずる。いいから座ってろと取り上げられるまでがセットだ。ありがたくお願いして自分は飲み物を用意しにポットを手に取る。

 そうして一段落して二人座ると、空気が一気に静かになった。温かいカップを手に、二人で息を吐く。落ち着く時間だ。

「…………名前」
「はいはい。ん?はいはい」
「なんでちょっと戸惑った?あと『はい』は一回な」
「はい。いやね、君に呼ばれるのが久しぶりだった気がしただけで」

 そう言うときょとんとした表情が浮かぶ。「そうだったっけな」、と彼はどこか照れくさそうに目を逸らした。
 別に初めて呼ばれた訳では無いが、普段『オタク』やら『マスター』やら呼んでくるロビンフッドが急に名前を呼ぶものだから、少し驚いても仕方ないと思うのだが。

「巴御前に『マスターの名前は良い名ですね』って言われまして」
「巴さんが」
「そうでなくとも、日本人だろ。カンジ?だかヒラガナ?だかに親しみを感じたってやつじゃないですか」
「あー、そうかもしれないね。親に聞いた事あるよ、この名前の由来。結構良い名前だと思った。自慢の名前さ」
「……そうか」

 ふっと笑うものだから、少しむくれて「何だよ」と返す。

「いや、アンタはここに生きてるんだなーと思いましてね?」

 笑いが止まらないらしく、まだクスクスと肩を揺らしながら答える。その姿に、ちょっとだけ込み上げる物が有った。

 『アンタは』、と言った。

「君だって生きてるじゃないか」
 笑い声がピタリと止まる。
「君だって生きてる。英霊だからどうとか下らない事言わないでくれよ、生きてるよ、私達と一緒に」

 『名前』という名前は私のもの。私はここに生きている。それは間違いない。
 『ロビンフッド』という名前は君のもの。皆が呼んで、君は応える。私が呼んで、君が応える。それは生きてここに居るからだ、それを間違っていると言わせない。

「………別にそういう意味で言ったんじゃあないですが、そう認識してたことは認めますよ、ええ」
 お手上げ、とばかりに少し手を上げてみせる。カップの水面がちらりと揺れた。

「だがオレたちはとっくに死んでる。アンタは新しく生きてる。それは事実だからな」
 悲しい事を言う、と文句を言おうとした矢先、彼が言葉を続ける。
「羨ましいんですよ、単純に」

「……『うらやましい』」
「そ」

 ふと自分の手元を見る。冷めてきたそれに、ぼんやりと自分の顔が映っている。瞳の色も髪の色も、あの頃とは確かに違う。

「英霊は第二の生に興味ないんじゃないっけ」
「ねーっすよ」
「よくわからないなあ」
「分からなくて良いと思うんですがね」
「そんなことないさ。だって君の最後…………」
 そこまで口走った後、彼の表情を見て『しまった』と思った。

「…………見たのか」
「……カルデアに来てからではなく以前。君の過去を見て、君に聞いた事が有るんだよ」
「それを覚えてたと」
「そういうこと。だから君にあまり、後悔させたくないんだよ」
「……………………」
「ひとりは寂しい……ロビンフッド?」

 不自然な程不気味な沈黙に、思わず呼び掛ける。黙り込んだ彼は俯いて、その表情は見えない。唯一表情が見えるかもしれない口元が微かに動いて、

「……うらやましいねぇ」

 そう呟いた。

「良いですね。アンタは全て持ってるんだろ」
「…………え」
「オレは何も持ってないってのに」

 悲しそうな声に動揺し彼に手を伸ばすと、自分より大きな手にそれを捕られる。ガチャン、とカップが落ちる音がした。もう片方の手が伸びてくる。私の、首に。

「アンタはすべて見てきて、すべて覚えているっていうのに、それでも『今』を生きてる。前に進んでるんだろう。オレは…………オレの中に確かにあるのはアンタの最後の記憶だけだ」

『殺されるなら、弓矢が良いと思ってたんだがなあ』

「オレだけが取り残されてるんだ、なあ、教えてくれよ」

 首に触れていた手に力が籠る。いつのまにか彼は立ち上がってこちらを見下ろしていた。首を絞められるのに、苦しくはない。彼の方が苦しそうな顔をしている。

「こんなにお前を刻み付けた癖に、オレだけ、あの時に置いて行くのか。せめて、」

―――その死だけは、オレにくれよ。


「………………………なぁんてなっ!」
「ぐはっ!」

 べしんと強めに頭を叩かれた。「嘘だろ」とか「マジかよ」とか呻きながら頭を抱える。因みにその間ロビンフッドは腹を抱えて笑っていた。ぶん殴りたい。

「いいっすねさっきの表情!お嬢さん真面目な顔出来たんだな」
「そうか、君さてはSだな!?」
「サディストの略でしたっけ?勘弁してくださいよ、人を虐げて喜ぶ趣味は無ぇ」
「今!今!!君の目の前を見てみろ!!!」
「おっ?もう良い時間じゃないですか、はい寝た寝た」
「時計じゃなくて〜うう〜覚えておけよロビンフッドぉ!」

 何が『もう良い時間』か、そんなに経っていないのである。しかし元々眠かったのもあり、一度は引っ込みかけていた睡魔がそろりと顔を出し始めていた。
 完全に眠れるのは頭の痛みが引いてからになりそうだが。

「…………別に、アンタが気に病む事なんざ無いですよ」

 ぼそりと聞こえたその言葉に、言い掛けた文句を引っ込めてロビンフッドを見る。彼は先程落としたカップの破片を拾い上げながら、いつもの調子で続けた。

「助けたいと思っていた奴を助けて、笑顔にしたいと思った奴の笑顔が見れて、今度は、消える時は独りじゃない。随分幸せ者じゃあないですか」
「…………ロビンフッド」
「何ですか」
「さっきの、本音か」
「どれか分からねえがアンタに嘘は吐かないですよ、オレは」
「さっきの、多分、初めて向けられた感情じゃないんだろうな」
「そうでしょうねえ」
「死を貰う事がその人自身を貰う事か。なら、私は何度、君を貰ったんだろうなあ」

 考え込む様にして言うと、呆れたように笑われる。片付けが終わってベッドの横に戻ってきたロビンフッドは、

「そりゃあ逆だよ、名前」

と言って、私の頭に軽く手を置いた。

「そうか」
「そうそう」
「まあ取り敢えず、今度は弓矢を準備しといてくれよ」

 最後かもしれないんだし、と。

 そう言った私に、彼は「それよか、明日の昼飯を用意するのが先だろ」と微笑み、私も「違いない」と笑うのだった。

(2018.03.23)
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