赤ずきんと狩人の話:前編

※英霊夢主、今回は名前変換無し、何でも許せる人向け
※マスター(男)氏名は藤丸立香で固定
※途中の説明の諸々は自己解釈というか、捏造に近いので悪しからず



 木々が揺れる度に強い風を意識した。がさりと音を立てる茂みに獣を警戒するも、何も通らず、また先を行く英霊が無視して歩く姿にどこか安心を覚えて進む。
『あー、テステス。立香くーん、聞こえるー?』
「聞こえますよー。ついでにダ・ヴィンチちゃんの美しいお姿も見えまーす」
『通信は良好ですね、先輩』
「あ、マシュ」
『深い森だというので、通信の断絶も心配したのですが……』
 特異点の感知と共にこの地に来たばかりの時はまだ明るかったが、何時の間にか頭上の太陽は雲に隠れている。鬱蒼と暗く並ぶ幹の数に恐怖を覚えたのは昔の話だ。藤丸立香はゆっくりと息を吐いた。恐怖を覚えなくても、森の中が安全じゃない事くらいは分かる。
 野営できる場所までは止まらずに進むべきと判断し只管歩いている。
「マスター、はぐれんでくださいよ」
 隣に立つロビンフッドに声を掛けられ、立香は静かに頷いた。ロビンフッド、彼から離れることは命取りであり、同時に離れなければこれ程頼もしい味方も居ない。

『――――――――――ああ、ここは』

 何故ならば、この森の事ならば、彼が一番よく知っている。例え異変が起きて、危険と隣り合わせの恐ろしい森となっていたとしても。


 13世紀、イギリス・ノッティンガムシャー。シャーウッドの森。


 ――― ※ ――― ※ ―――


 夏も真っ盛りの頃、カルデアの廊下に三つの足音が響く。
「先輩が召喚するサーヴァントの中には、以前召喚した同じ英霊が呼び出される事が有ります。座に記録された本人を『原稿』とするならば、今カルデアに呼び出されて居る英霊の宝具は『薄いコピー』のような物。重ねることでよりインクが濃く、文字がはっきりと見え本来の表現力に近付いて行きます。重ねることで強くなるのです」
「どうして無理矢理その例えにしたんだマシュ」
「すみません、同人誌作りが忘れられなくて」
「わかる、わかるよマシュ。わかるけどね」
「まぁまぁマシュ嬢を責めんのはやめましょうや」
 三つの人影はわいわいと騒いでいる。通り過ぎる職員は会釈をしてすれ違いながらふふっと微笑んだ。
 召喚専用に設けられた一室に向かいながら何故マシュがそんな説明しているのかと言えば、立香が発した疑問からであった。
『そういえば、ロビンって、数いる「ロビンフッド」の内の一人って言ってたけど、それって皆が複数召喚されるのとはまた別って事だよね?』

 ―――――英霊ロビンフッド。
 数ある長い歴史の中で、人々の願いを背負った英雄、彼らは「ロビンフッド」の名を掲げ戦った。今立香の隣を歩く、緑のマントがよく似合う彼も、それらの内の一人に過ぎない、というのは彼自身も説明しているので立香も知っている。

「『ロビンフッド』という存在自体はモデルになった人物や存在が複数います。それらが混合されて生まれた英雄であり、人々の祈りや願いをもって『ロビンフッド』像が完成しました。彼らは、えっと、ロビンさんたちは」
「別に気ぃ使わなくてイイぜー」
「はい……ロビンさんたちは、その『ロビンフッド』という名前、ひいては英雄像を襲名したのです」
「そんな大層なモンじゃねえですけどねー」
 マシュの解説の合間に挟まれるロビンフッドの欠伸交じりの言葉にもうんうんと相槌を打ちながら、立香は自分なりに解釈して話を進める。

「じゃあもしかすると、ロビンが呼ばれたのには何か意味があるんだね」
「…………さあ。ねえんじゃないの」
「そう?いっぱい居る中からさ、ロビンみたいな奴が来てくれて俺は嬉しいけどな〜。気安いしナンパ仲間だしカードゲーム強いしアニキだし」
「途中から褒められてる気がしないんすけど」

 呆れたように笑うロビンフッドはまぁ、満更でもないのだろう。マシュも二人の様子を見て微笑ましい気持ちになった。
 立香がマスターに就任してから、ロビンフッドはほぼ最初に召喚されたサーヴァントだ。付き合いは長く兄弟にも近い絆を育んでいる。こうして雑談を交えてだが、ロビンフッドが未だに召喚に付いて行くのも、興味本位以外の理由があるのだろう。
 結ばれている男同士の友情に、マシュは寂しさと嬉しさを交えた笑みを浮かべた。


 ――― ※ ――― ※ ―――


「マスター」
 鋭い呼びかけに、立香は我に返る。何故今更、あの一時を思い出していたのだろう。前を歩いていた加藤段蔵が無感情の目に強い警戒心を乗せてこちらを見ている。ロビンフッドは既に弓矢に手を添えていた。
 足音がする。ぱきりぱきりと、小枝を踏み折りながら。人数は一人。体重は軽い、女子供か。だが、英霊ならば。
『誰か近付いてきます――――この、反応は…………?』
 サーヴァントだ。その場に居る全員がマシュの口調から察する。この地に来てから初めての―――敵か、味方か。立香はマシュの英霊に対してだけではなさそうな戸惑った口調も気になった。
 ぱきり。ぱきり。ぱきん。


 ―――――――――――赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃん、籠を携えて何処へ行くの。


 そんな文言が聞こえてきそうな格好だった。道なき道の先から現れた少女は、まさに『赤ずきん』と呼ばれる様な格好だった。
 赤いフードが頭を覆い、ちらりと覗く目はきらりと光ってこちらを見つめる。ブーツがまた枝を踏んで音を立てれば、立香は彼女の『得物』に気付いた。

 ナイフだ。果物用というには無理があるジャックナイフが、少女が手に持つ籠から覗いている。

「よ、お嬢さん」

 ロビンフッドが少女に声を掛ける。段蔵が目だけで彼を見た。段蔵の小さな光の浮かぶ目の感情を見る。あの少女にまだ敵意は感じられない、と判断して良いだろう。

「こんな森の中お散歩かい。案内してくれりゃあ嬉しいんだが」

 しかし、ロビンフッドの声は何処か固い。警戒は当然、自分も声を掛けようと、立香はその少女に向き直って。
「ねえ。君、ここの人―――」
 がしりと、その腕を掴まれた。

 驚いて腕を掴んだ隣の弓兵を見る。目を見開くロビンフッドも何故そんな事をしてしまったのか分からないのだろう。
 何か、その何かを、訊いてはいけないとでも言う様に。

「私は」
 途切れた問いに応えるべく、少女は口を開く。
「『ロビンフッド』」

「――――――え?」

 予想すらしていなかったのかもしれない。立香にとって『ロビンフッド』とは彼の事だったから。
 『数いる『ロビンフッド』の内の一人』―――――その情報が示す一つの可能性が、翻る赤いマントと共に顕現する。
 緑と対になるかのように赤々と、燃えるように、夕焼けのように、童話の少女のように。

「サーヴァント・アサシン―――――ロビンフッドとお呼び下さい」

 金色の髪から覗く赤い瞳が、獅子のように、緑の狩人を貫いた。


 ――― ※ ――― ※ ―――


「悪いね!ご飯まで用意してもらって」
「いえ、亡くなった祖母の家です。元々私一人では手に余っていたもの。自由にお使いください」

 赤い頭巾に祖母の家、山小屋、まるで本当に『赤ずきん』のようだ、と立香は独り言ちる。マシュが『赤ずきんとは?』と訊いて来たので、記憶の中にあるお話を引っ張り出した。
 お使いに出てお婆さんの家へと向かう赤ずきんは、途中で一匹の狼に出逢う。彼女に先回りしてお婆さんの家へと忍び込んだ狼はお婆さんになりすまし、赤ずきんを食べてしまうが、猟師に二人共助けられる―――と、大まかならばこんな話だった筈だ。

『食べられてしまったのに生きているんですか?狼の口は大きかったのでしょうか』
「丸のみだからね〜そうなんじゃないかな〜」
 寝室に荷を下ろし、通信を続けていた立香は、真面目に考えるマシュに微笑ましく思って応える。そもそも童話とはそんなものだろう。

 何かの比喩だとか、赤ずきんが赤い帽子だったりだとか、そもそも猟師が登場しなかったりと、書いた人物によってはやはり分岐めいたものがあるらしい。レッドキャップとは何だかしっくりこない所である。

「そういえば、『猟師』かぁ……」
 ロビンフッド―――森の狩人。赤ずきんがそれを名乗っていても可笑しいとは思わないが、不思議な印象は受ける。

 そんな事を考えていれば、後ろでカタカタと音がする。
「マスター、『夕餉が出来た』、と赤ずきん殿が」
 段蔵が呼びに来た様だ。振り返れば戸を少し開け、黄色い瞳を瞬かせながら段蔵の頭が覗き込んでいる。長い髪がさらりと揺れた。
「ん、今行く」
『それでは、一旦オフにします』
「おう」

 『赤ずきん殿』と段蔵が呼んだのは、二人も同じ名前だとややこしいという彼女の提案に本人たちが頷いたからである。クー・フーリンなどクラスで呼び分ける場合もあるが、こちらは見た目の印象に任せた結果だろう。

 ―――――それにしても……。

 あの二人に思ったよりギクシャクとした雰囲気が無い事が、今の処立香にとっては救いなのかも知れなかった。


「手伝う事あります?」
「じゃあ、お水を運んで……ください」
「はいよ」
 家の中でも頭巾をかぶった侭の少女は、しかし顔を隠そうという意図ではないのだろう、申し出たロビンフッドにもそのきょと、とした表情はよく見えた。愛らしいといえるのだろう顔立ちで見た目だけならば年の頃は十五と言ったところだろうか。あまり人と話した事は無いそうで―――生前の記憶が無いという事か?それとも―――どうにも言葉を出そうとするときに間が空く。
「そんな畏まんなくていいですよー。マスターも言ってたっしょ?」
 カチャカチャと食器を出す音に紛れない様に、少し大き目な声を出した。少女は首を傾げ、逆に声を小さくする。
「畏まって……ないです。私は嘘の英霊。貴方はホントの英霊」
 ぴたりと手が止まる。如何いう事だと問おうと見れば、少女の目はこちらを真っ直ぐと捉えていた。
「私は嘘の物語。貴方はホントの物語。それが羨ましいだけ……です。それが、敬って……見えるのなら、そうなのでしょう」
 何を言っているのか分からず、はぁと頷くだけに留めた。夕食時にここの状況を教えてくれるらしいのでそっちの方が重要だろう。



 ―――――端的に言えば。その説明を受ける前に、災厄は向こうからやってきた。

 その姿を見た時、体が強張るのを感じる。後ろのマスターが息を呑むのが聞こえた。通信機からマシュの叫びにも近い現状報告が聞こえる。

『――――この霊基は―――――違う―――――サーヴァント、じゃない―――』

 木の上からこちらを見下ろす金色の瞳が不気味に光る。ふわりと舞うマントはどす黒く毒々しい緑色。マントから光る刃が覗く。小さなナイフが矢に括りつけられ、通常の矢よりも禍々しく害意を表しているかのようだ。言葉を発する気配は、ない。

「ああ、ハンサムが台無しだな」

 そこにいたのは、自分。

「あれは―――――ロビンフッド……?」
「“狼”です。我々はそう呼んでいます」
 後から合流したデオンが発した疑問に、冷静な声で赤ずきんの少女が応える。

「■■■■・■■■■■・■■■■■■■。あれは、『ロビンフッド』にならなかった青年です」

 嘗て生みの親に付けられた、己の名を、こんな、ところで。

「アレは――――」
『ごめんこれ以上の説明は後!後にして!』

 少女の言葉を遮ってダ・ヴィンチが声を張り上げた。その瞬間凶悪な矢が鋭く飛び――――ナイフで弾き落とされる。

「何の因果か知らねえが――――赤ずきんの世界で、狩人が『狼』なんか名乗るなんざ―――悪趣味以外の何モンでもねえなぁっ!!」

 緑の狩人が吠える。その後ろに佇む赤い頭巾の少女は、ただ悲しそうな瞳でナイフを静かに構えた。

(2018.08.20)
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