▼2025/06/20:無題
みっともなく、生き延びていた。大切な、大切な、大切なひとが死んだとき、俺だって粉々になれるものだろうと信じて、いたので。なので、これは余命がずうっと続いている、ようなもので。そんなんでもう、二十年だ。
「次の研修生さんは十六歳の女の子だって」
政府から来た通達を堀川が読み上げる。二週間ないし四週間、学生なんかやってていいくらいの歳の人間が送り込まれてくる。たまには二十歳を超えたり、もっと歳を重ねた人間もやってくる。誰もが皆、たった数週間である程度の思い入れを抱きながら、出て行って、自分の刀を持つ。
「え、また? 最近多いよね、また低年齢層狙ってんのかなー」
「若手育成ってヤツだな」
「……若すぎる」
「こないだのは途中で泣いて大変だったからなあ、今度はなんとかやれるといいが」
「十六、そうか、主の就いた頃と同じ年だなあ」
そうだね、そうですね、そうだな、と、うまく笑えているか全員が確かめ合う。俺たちの主はあの人だけ、大好きな彼女だけ、それはずっと変わらないこと。
山姥切さんがそのまま静かに「庭の手入れに行く」と戸口の方に向かっていく。「待って兄弟! 僕もいくから!」その後ろを堀川が追った。三日月さんはほんのすこし眉を下げていたが、薬研が「俺たちは書類だぜ」と回収していった。残された鶴丸さんに「俺は出迎えなんだけど」と伝えると「じゃ、俺は自由だな?」とあっけらかんと言い出す。なわけあるかーい。
「山姥切さんも出迎えいかなきゃだから交代してきてくださーい」
「はいはい。近侍様の仰せのままに」
近侍というのも必要ないんだけど、なんとなく六振りで回すのを一つの祈りみたいに続けてしまっていた。
昨日隣の加州さんに聞いたところによれば、隣にも同時期に研修生がやってくるらしい。今回は大規模な採用なのだろう、他の本丸でもちらほらと受け入れの話が出ていた。
ここらの本丸の半分以上は、研修生の受け入れを担っている。理由は単純で、ここらの審神者が一時に死んで、主たる人間の席がごっそり空っぽになったからだ。俺たちも含め練度も比較的高く、使い物になる刀が多かった。政府側からしたら厄介でもあり資産でもあったというところだろうか。
隣の本丸が特にそう推されていたようだけれど、解体して政府づきの刀にしたり他所の審神者に引き継いだりという話もあった。俺たちは、俺たちの本丸の霊力じゃないとあんまり調子が出なくって、というのは建前でとてつもない抵抗の末に、今の形に落ち着いた。ついでに隣の本丸も解体を免れた。
「うちもさー。今日から十八の男の子だって。ねー、笑っちゃうんだけど」
「ギリギリ不謹慎だよ清光」
「べっつにー? あの人が怒って出てきてくれりゃそのほうが……」
本丸の門の前で受け入れる研修生を待つのも慣れたものだった。門同士は遠いけど敷地はしっかりと隣なので、こういうときは敷地の境目辺りで話したりする。いつまでもあの人≠ノとらわれている加州さんを見るのは、よくないとは思いながらも、安心した。隣にいる向こうの大和守さんも、なんとなくそれを分かったように笑った。
「別に、迎えは俺じゃなくてもいいだろう」
「だめだめ! 初期刀は固定なんだから」
「変な風習だけどねー」
「それはそう」
そろそろ時間だろうなと、ゲートのある方に目を凝らす。ちょうどだった。ふたり、人影が歩いてくる。髪の長い少女と、あまり上背のない青年の影だ。青年はスーツケースを引いているようだけれど、少女のほうは泊まり込むのに必要なものが入っているとは思えないカバンだけを持っている。
「…………………あ、れ?」
視界にはっきりと影の輪郭が映って、固まった。加州さんが「あ、」と、まるで絶命の瞬間のように小さく、とどめを刺された猫のような声を漏らす。雨の匂いと、花の匂いがした。時間の全部が、止まったみたいだった。どうせ二十年前から動いちゃいなかったんだ、どうでもいい。
「主、」
そう、隣にいた男が口からこぼし、そのまま固まっている俺の横をすり抜け、少女にそんなに真っ直ぐに走ったことなどないだろう速度で、駆け寄り、抱きとめた。その身体を折らんばかりの力で。カバンを取り落とした彼女の表情は見えない。
俺がふと視線をやれば、加州さんは加州さんで大和守さんを放り出して青年の手を握ったまま頽れている。泣きながら主、と、呼びかけられた青年は酷く困ったような顔をしながら彼のことを見つめていた。そうだ。困ったような、まるで、なにも知らないような。
似姿だ。そんな、はずは、ないのだ。ない、ないのに、ないんだよ。だからそんなことは、しちゃいけないのに。そんな理性的な馬鹿みたいな理論なんか消し飛んでしまうくらい、この刀は。この、はじまりの刀は。
花の匂いがした。ぶわ、と、本丸の内側が華やぐのが匂い立つ。もうずっと、咲かなかった花たちが、まるで、誰かが帰ってきでもしたように。