聳え立つ光る強敵

それはとても平和な、ある昼下がり。




「あ、もうお茶ないや。下に取りに行ってくるね」
「あぁ」


彼女が冷蔵庫にあるお茶を取りに下へ降りていったのを見送って、柔らかいラグの上にごろんと横になった。...英語はやっぱり苦手だ。息抜きしたい。せっかく苗字の部屋で二人きりなのに。
部活も久しぶりの休みだと言うのに、英語の宿題が憎らしい。...やっぱり苦手だ。


英語への恨みを抱えながら、何気なく反対方向へ寝返りをうった。


...なんだ、あれ。


綺麗に掃除されているベッドの下の奥側に、四角い箱がポツンと見える。何の気なしにそれに手を伸ばして、こちらへ引き寄せて、戦慄した。


.....!!!
これ...所謂...女の人が使う...あれか...!?


オレだって、多少の知識はある。一応そういう年頃だし、何より彼女とそういう事をしている仲でもあるわけだし。
実際に目の当たりにすると何とも言えない複雑な感情がぐるぐると駆け巡る。
苗字がこれを...!?嘘だ、そんな!いや、でも事実、目の前にはアレがあるから嘘じゃない!


何ともえげつない形、逞しい大きさ、ついでに暗闇で光るオプション付き。どれをとっても自分のとは全然違う。...オレのはどう頑張ったって暗闇では光らない!
見つけなきゃよかった、知らない方がよかった。ああ...時間を戻すことが出来るなら、数十分前まで時間を戻して欲しい。


部活ばかりで寂しい思いをさせ過ぎてしまったのだろうか。それとも、オレのじゃ満足出来ないのだろうか。教えてくれ、苗字...!!助けてくれ...純太!!



***


「え、それでショック受けて具合悪いって帰ってきたの?」


翌日、この件を早速純太に相談した。オレはちょっと引き摺っていて、いつにも増して無口。朝、苗字からの「おはよう、青八木君...大丈夫?」に対してもただ頷くことしか出来なかった。すまん、苗字。気持ちの整理がつかなかったんだ。


「オレ、満足させてやれてないのか」


口に出すと情けなくて更に凹む。いつもならペロリと食べられる菓子パンも、一つ目で止まってる。喉を通らない。
けど、そんなオレの様子とは逆に、純太はニヤニヤと悪い顔をしていた。...真面目に相談しているのに。


「なに、青八木はショックなの?」
「...当たり前だ」
「えー、オレは逆かな。興奮するけど」
「...!?...興奮!?」


純太は一体何を言ってるんだ!?何で自分以外ので満足してる彼女に興奮するんだ!?そ、そういう性癖...なのか?
オレには理解できん、という顔をしていたのが純太には勿論バレバレ。肩を竦めるお得意のポーズでやれやれと首振った。


「だって普通に考えてみろよ。純粋で可愛いと思ってた自分の彼女がさ、そんなの使ってるってなんか少しクるじゃん?」


考えてみた。夜な夜な(いや夜とは限らないが...)オレじゃなくてアレに満たされている彼女を。

.....。
.....。
.....!!


駄目だ、全然駄目だ。自分の想像なのに、自分以外が苗字を乱してるのを想像したら凹むを通り越してアレに怒りすら沸いてくる。


「...こない。苗字を満たせるのはオレだけでいい」


キッパリと言い放つ。


「まじかよ。オレだったら、お仕置き〜ってそれ使って楽しんじゃうけどな〜」
「純太が柔軟なだけだ」
「えー。青八木が嫉妬深いんだって。まあ、それだけ彼女が好きってことなんだろうけどさ」


嫉妬...。そうか、オレはアレに嫉妬したのか。モヤモヤの霧が晴れた。やっぱり純太に相談して正解だったな。


「...ありがとう、純太!」
「へ?オレ何にもしてねーけど...」


そうだ、嫉妬とわかったら話は早い。
次の日曜日、部活は昼までだった筈だ。苗字の予定を聞いて、大丈夫なら直接対決だ...!!



***


そして、迎えた日曜日。部活の調子も絶好調だったし、オレの心もどっしりと安定している。


「青八木君、もう体調万全な感じだね」


はい、とオレの目の前にオレンジジュースが出された。それを一気に飲み干して、同じくジュースを飲む苗字に向き直る。


「苗字」
「へ?なーに?」
「ベッドの下、隠し事してないか?」


ベッドの下、の時点で苗字の顔色が変わったのがわかった。オレから視線を外して「さぁ?」とあからさまに誤魔化した。やっぱりそう来るか。
苗字が隠す前に、オレは素早く立ち上がってベッドの下に手を突っ込んで、四角いそいつを引っ張り出した。森久保はというと真っ赤になって絶句している。


「これについてはどう説明するんだ」


苗字の目の前にそれを突き出すと、森久保がその赤い顔を両手で覆った。


「違う、違うの!これは違う!」
「どう違うんだ?」


違う違うと連呼する苗字。何がどう違うのか。開封されてるし、誤魔化しようはない。明らかに使ってるだろ、その態度。


「寂しい思いをさせ過ぎてしまったのか?オレだけじゃ満足出来ないか?」
「さ、寂しいのはそりゃまあ...。けど、いや、そ、それとは別...というか」


もごもご煮え切らない苗字。


「オレのと全然違う。こういうのがいいのか?」
「や、そ、そんなわけないでしょ!貰い物です!誕生日に友達から貰ったの!ほら、箱に名前へって書いてあるでしょ!?」


苗字が箱の後ろに貼ってあるプレゼントフォーユー名前、と書かれたシールを指差した。...確かに、苗字自ら買ったわけではなさそうだ。


「でも、明らかに使用感がある」
「...!!も、も貰ったから、ちょっと、だけ」
「いや、何回も開けたあとがあるが。あとこの前見た時と位置が変わってた」
「何!?名探偵なの!?青八木少年の事件簿なの!?もうやめて!!」


苗字がわけのわからないことを言い出した。返して!と手を伸ばすけど、苗字が届かないように箱を高く掲げる。


「単刀直入に言う。オレと、これ...どっちが好きなんだ?」
「青八木君が好きに決まってるでしょ!ていうか、それ返して!」
「だめだ、返さない」
「ほんとやめて!ほんと、もう!」


顔から火が出そうなほど、彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっている。けど、返すもんか。まだ、オレは納得してない。


「聞き方が悪かった。名前、オレとこれ...どっちの方が気持ちいいんだ?」
「こ、こんな時に名前...!!も、もうわかったから!いらないから...!」
「ちゃんと言うまでだめだ。名前、ちゃんと聞かせて」
「ぅ、断然青八木君の方が気持ちいいです...!今日から青八木君専用です!玩具はいりません!寂しくても我慢します!」


青八木君、専用...!?
今のは...正直かなりムラムラきた。そんなつもりで言ってたんじゃないのに。
散々自転車に乗ってきた筈だったんだけど。毎度思うがこういうのを別腹と言うのだろうか。


「わかった。オレも、名前専用になる。我慢なんてするな。寂しくなったらいつでも遠慮なく言ってくれ」


じり、と詰め寄ると名前が「あの、大丈夫です」と呟いたのが聞こえたけれど、聞こえなかったことにしておいた。


寂しさを感じさせたなら、寂しくさせた分いっぱい満足させるから。
満足出来なかったら、満足いくまで何度でも付き合うから。
流石に光ることは出来ないけれど、名前へ愛を注げるのはオレにしか出来ないものだ。




床に転がるそいつに、お前はもう用済みだと心の中で吐き捨てる。


真っ赤になった彼女をベッドに押し倒して、そっとカーテンを閉めた。



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