この関係に策など要らぬ

無口でクール、草食系に見えて実は肉食系のロールキャベツ男子な私の彼氏、青八木くん。


彼のお友達の手嶋くんみたく、くるくると表情が変わるタイプじゃないし、お喋りな方でもない。


そんな青八木くんのちょっとした表情の変化や、ぽつりと話す言葉の一つ一つに、いつも簡単にドキドキさせられる。


私だって、たまには青八木くんのことドキドキさせたいし、余裕のない顔させてみたい。でも、自分からぐいぐい行くような性格じゃない。それはまだちょっと恥ずかしい。


私からイチャイチャ出来るような良い案がないもんかねぇ。


ゴロン、とベッドの上で寝返りをうつ。ふ、と視界に入ったのは豆撒きしているイラストが描かれているカレンダー。24日のハートマークは大好きな青八木くんの誕生日。


うーん…誕生日、かぁ。


誕生日という事を口実にして、どうにか青八木くんをドキドキさせられないものか。


ぐるぐる思考を巡らせていると


「姉ちゃん、いる?」


ガチャ、とノックもなしに入ってきたのは一つ下の弟。


「こら!ノックしろって何度も言ってるでしょ!」


怒っている私の事なんてお構い無し。勝手にずげずげと部屋に入って来て、テレビの前にしゃがみ込むとDVDを観るためのセッティングをし始めた。なんて勝手な奴だ。くそ、頼まれてたプリン買ってきてやったけど絶対あげない…!そう思っていると弟がくるっと振り向いた。


「これ結構面白いらしいから一緒に見ようと思って。姉ちゃん好きだろ?バナナウーマンラッシュアワー」


私の好きなお笑い芸人覚えていてくれたらしい。我が弟…自分勝手な奴だけど、そこに悪気はないから素直に憎めない。まぁ、一緒に見ようと思ってたんなら許してやらんでもないか。


何の気なしに弟が乱雑に置いたDVDケースを手に取ってタイトルを見てみた。


ドキドキ☆若手芸人、キス…我慢、ゲーム…?


そういう企画のバラエティ番組らしい。深夜帯の番組は寝てしまうから、どうにも疎い。
顔を上げると、若手の芸人達がセクシーな女優に迫られている映像が流れ始めていた。どうやら制限時間内に色々な方法で相手を誘惑して、キスさせる事が出来たら勝ちという単純なゲーム企画のようだ。


ふーん。セクシーなお姉さん達の誘惑に負けないようにキスを我慢するゲーム、か。男の子はこういうの好きだなー…。


…………ん!?


誘惑、キス、我慢、ゲーム…!?


その時、私に電流走る…!


これだ!!これなら私でも青八木くんの余裕なさそうな顔とか見られるかも知れない。そんでもって優位に立ってアレコレできるのでは…!?いつもは恥ずかしいけど、ゲームと称してなら大手を振って私からイチャつけるチャンスなんじゃないのかしら!


小悪魔的策略…!
圧倒的名案…!


って、何か顎と鼻の尖った借金まみれのお兄ちゃんが言いそうだな。まぁいいや!グッジョブ弟!たまには役に立つじゃないの!


「あんたに姉ちゃんの分のプリンもあげるね!」
「…は?あげるね!じゃねーから。勝手に俺のプリン食ったの買い直したやつだろ、それ。ふざけんな!」


よーし、そうと決まれば早速作戦を練るとしよう!!ファイッ、オー!


「おい、聞いてんのか」


うふふ、待っててね!青八木くんっ!




***


「キス我慢ゲーム?」
「そう、キス我慢ゲーム!」


そして当日…。日曜日だけどお互いに部活があった私たちは、両親が旅行に行って居ないという青八木くんの家でささやかにお誕生日会を開いていた。自転車競技部の皆さんも青八木くんの両親も、私と彼が恋人同士になってから初めて迎える誕生日だからと先日に繰り上げて彼の誕生日を祝ってくれたらしい。圧倒的感謝…!って、しつこいわ。


「芸人さんたちがやってるやつなんだけど…知らない?」
「…?」


その存在を知らなかったらしい青八木くんへ簡単なルール説明をしてみた。けれど、特段大きなリアクションはなし。無言で頷くのみ。至って普通。平常運転。まぁ、予想してましたけど。想定内です。


「ゲームと言うからには、何か景品があるのか?」


青八木くんがショートケーキに手を伸ばしながら私に尋ねた。この質問、待ってました…!


「んっふっふ、景品は私です!勝ったら青八木くんの好きなようにしていいですよ!」


ドヤッとピースしたその一瞬、ショートケーキを頬張るのと同時に、青八木くんの目が大きく見開かれたのを私は見逃さなかった。


ひ、ひぇ!
あれは、肉食獣スタイルの時の眼光だ!


カチッとロックオンした幻聴まで聞こえた。どどどどうしよう。予定と全然違う!本来ここで青八木くんが照れたり驚いたりする筈だったんだけど…。何がダメだった?色気?色気がなかったの?無理だよそんなの持ち合わせてないよ…!やばい少しだけ自信なくなってきちゃった。いやいや、大丈夫!負けない自信ある!今日は……絶対に私が主導権を握るんだ!


ぐっと拳を握りしめて青八木くんへと向き直ると、青八木くんが考える人みたいなポーズで私の方を見ていた。


「それは、俺の番もあるのか?」


あ、自転車乗ってる時の真剣な顔だ。


「へぁ…う、うん」


その真剣な表情に気圧されて、間抜けな声で返事をすると、青八木くんは何を言うわけでもなくコクリと頷いた。なんか、不穏な空気が漂ってる気がするのは気の所為かなぁ。




***


「えーと、お互いに制限時間は10分間ね」


スマホでタイマーをセットしていると…


「オレの時は10分もいらない。5分で充分だ」


と、青八木くんが申し出た。
なんと!?5分と来たもんだ…!!


な、なんか自信満々なんですけど。それって、たった5分間でキスしたくなるような事されちゃうってことだよね?一体全体どんなことするつもりでいるんだろう…。


私がドキドキさせる立場になるつもりでいるのに、逆に今からドキドキさせられてる。
いかんいかん…!


「自信あるみたいだけど、私が先に仕掛ける方だからね?青八木くんの番なんて来なくしちゃうんだからね?」
「……お先にどうぞ」


自分に言い聞かせるようにそう告げると、青八木くんは涼し気な顔して煽るように続けた。ぐ、ぐぬぬ…!!何その余裕…!!


「キスしたくなっちゃう事ならなんでもありだから!」
「あぁ、わかった」


手強い…手強いよ、青八木くん!
ちょっと心折れそうだよ、青八木くん!


「それじゃあ、私から…」


青八木くんめ、その余裕なくしてやるんだから!


……と、息巻いたのはいいけれど、いざこの時が来ると中々に恥ずかしい。普段は羞恥心が勝って出来ないことも、ゲームのせいにしてしまえば平気!そう思ってたのに…。


ひぇ…、凄く見られている!


本来なら「う、うわ〜!い、一体何されるんだ〜!」(実際の反応とは異なります)って、なってる青八木くんを言葉巧みに煽りながら服を脱いで迫っていく予定なんだけど…。


「名前、早く」


逆に急かされる始末。


「準備するから、後ろ向いて!」


急かす青八木くんを壁際に向けてから、カーテンを引いて部屋を薄暗くする。ほ、ほら!明るいと恥ずかしいでしょ?


青八木くんが後ろを向いているのを確認してから、ブレザーを脱いで、着ているワイシャツのボタンを全部開けて、思い切ってスカートを脱ぎ捨てた。この寒い時期に前全開のワイシャツとパンツのみって…ちょっと思い切りすぎたかな。いやいや、これも青八木くんのレア顔の為だ。前に手嶋くんと青八木くんが、こういう格好は男のロマンとか話してるのをたまたま聞いちゃったんだよね。だから、多分、間違いない…はず(一方的に手嶋くんが話してたのを青八木くんが頷いてるだけだった様にも見えたけど)


よし…苗字名前、いきます!


深く深呼吸して準備が整った所で、意を決して後ろ向きの青八木くんにそっと近づいく。そのままギュッと抱き着いてみると、ビクッと青八木くんの身体に力が入った。ちゃんと男の子してる、少し華奢だけどがっしりとしている背中。ワイシャツ越しにお互いの体温が交わった瞬間、心臓がドクドクと早鐘を打ち始めた。


「あ、青八木くん、これっ…から、誘惑するので…キス、がが我慢…してくださいっ」
「…!!」


思いのほか…恥ずかしい!噛みまくったし!そもそも、こういうのって宣言するもんなのかな?わざわざ言わなくても良いの?
うぅ…全然わ、わかんないよう。


動揺を悟られたくなくて、抱き着いている身体をより密着させてみる。こんなにくっついたら絶対心臓の音分かっちゃうよね…。
何気なく、青八木くんの背中で押し潰された胸に視線をやると、それは潰れた二つの丸餅みたいになっていた。お互いにブレザーを脱いでいるワイシャツのみの私たち。体温、鼓動だけじゃなく、その感触まで…きっと、ダイレクトに彼に伝わっている…だろう。


な、の、に…。


「………」


いつにも増して青八木くんは無口。呼吸さえ聞こえてこない程に無口。嘘でしょ、青八木くん…。こんなに密着してるのに何の興奮もしないの?
動揺する素振りもなく、まるで大仏のようにどっしりと構えて青八木くんは動きもしない。


え、なんか…パンツ一丁で私…一人で馬鹿みたいじゃない!?だめ、やっぱり恥ずかしくなってきた!!


そう思った途端、急激な羞恥心が大波のように寄せてきて抱き着いた青八木くんからパッと離れた。が、その直後に青八木くんがゆっくりこちらを振り返った。


「………名前」


その視線は頭の上からつま先までをゆっくり往復している。


ひいい…!み、み、見られてる…!やっぱりいつもと全然変わらない表情、のような気がする…!!あぁ、手嶋くんのエスパーが私にも備わっていれば…!!


こんな私の恥ずかしい格好を見ても、青八木くんの表情が普段と何一つ変わってない事で、更に羞恥心のビッグウェーブが押し寄せた。


「や、…あんまり、見ないで!」


もう誘惑とかそんなの私の頭の中からは消え失せていて、残ったのは半端ない羞恥心のみ。兎に角、この2月にそぐわない格好を見られまいと二本の腕で必死に身体を隠す。けれど、青八木くんによってあっさり二本の腕は掴まれて身体ごと引き寄せられた。


「駄目、名前が最初に言い出したゲームだ。ちゃんと10分間きっちりオレを誘惑して」
「…ええっ!?」


何かおかしな事になってないですかね。


「キスしたくなるような事、してくれるんだろう?」


絶対おかしな事になってるね?


青八木くんの熱い吐息が耳元から首筋に伝わってゾクゾクする。酸欠の金魚状態で青八木くんの方を見ると、その目は完全に餌を目の前にした肉食獣のそれだった。照れ顔は!?困り顔は!?


「ほら、名前」


青八木くんが私を抱き寄せたままベッドに腰掛ける。と、自然と向かい合わせで彼の膝の上に乗る形になった。少し厭らしい体勢のせいか、激しい羞恥心の中に浮かび上がる欲情の二文字。私っていつからこんな変態になったのかな…。


「青八木くん…っ、これは…流石に、恥ずかしい、よ」


蝕むピンク色に足掻くように身をよじってみたけど、がっちりと背中に手を回されて抜け出せず。


「逃げないで。それとも…誘惑してるのか?」
「あっ…」


射抜くような瞳。そして、ほんの少しだけ口角だけあげた意地悪な顔。背中に回されていた手は、背中から腰にかけてを往復し始めた。完全なる肉食獣スタイル。


「名前」


微弱に与えられる太腿や耳、鎖骨への刺激にピンク色の感情が徐々に羞恥心をどこかへ押しやっていく。


もっと、して欲しい。


…やばい。私の方がキスしたくなってきちゃった、かも。そう思っているとタイマーが10分たったことを告げる電子音を部屋に響かせた。


「名前、時間切れ」


その言葉を合図に、微弱にあちこちを刺激していた手が、直接的に胸やお尻やらに強弱を付けて刺激し始めた。


「やっ、ぁ…青八木くんっ…それ、反則っ…!」


刺激に歯を食いしばって抗議する。が…


「…キスしなければ何をしても良いって言ったのは名前だ」


やめるどころか、その動きは激しさを増した。柔らかさを確かめるように優しく揉んだり、下からすくい上げて刺激したり。


「物足りない?」


はい、物足りないです。いつもはこうやって胸を触られながらキスをするから。条件付けされた脳みそは、胸に触れられたその瞬間から青八木君の唇を求め始めている。


キスしたい、キスしたい。


頭の中は青八木くんの唇のことでいっぱいだし、さっきからお尻を優しく撫でる手が、濡れ始めたそこも一緒に刺激するからもう色々と耐えられなくなりそうだ。5分間がこんなに長いと感じたことは、カップ麺を作る時以外にあっただろうか。


「…まだ、頑張る?…名前のここ、限界みたいだ」


青八木くんの長い指が、私のぐずぐずのそこを遠慮なしに掻き回した。


「…んひゃっ…ぁ、あっ…!」


突然の直接的な刺激に思わず青八木くんの肩にしがみつく。


「も、もう…降参するっ…!する、からっ…」


降服を申し立てると、青八木くんの唇が私の唇を直ぐに塞いだ。入り込んできた舌先に夢中になって応えていると、テーブルの上でセットしたタイマーの電子音が虚しくなり続けていた。あぁ、青八木くん…宣言通り、5分も要らなかったですね。


まぁ、もう…そんなの、どうでもいいんですけど。


作戦は見事に失敗に終わった。


全然誘惑出来てないし、青八木君の焦るレア顔も見れなかったし、全然優位にも立てなかった。


あぁ、それなのに…その心はとても幸せで満ちているではないですか。




***


ベッドの上で青八木くんの胸板に頭をこつんと預けて、スリスリと甘えるように身動ぐ。行為が終われば、素直にこんな事も出来るのに。普段は恥ずかしくてこんな風に出来ない…。優位に立てなくてもいいから、私がくっつきたくなったら…青八木くんにくっついてイチャイチャしたいな。


「…いつも、そうやって甘えて欲しい」
「えっ!?」


私、声に出てた?いや、出てない。あぁ、そっか。青八木くんも、手嶋君と同じエスパーさんだったね。うわわ、てことは…もしかして今回の大作戦(笑)も色々透視されてたってこと?恥ずかしい…!!


私は正直に事のあらましを話すことにした。逆に話した方が恥ずかしさがマシになる気がしたからだ。青八木くんは話してる最中、特に言葉を発することなく、ただ頷いて優しく私の髪をさらさらと撫でてくれていた。


「作戦なんて、もう必要ない」


一通り話終えると、青八木くんがポツリとそう言った。その顔はやっぱりいつもと変わり映えはない。けれど、手の動きや言葉尻に、愛しいと思ってくれている感情が表れていて安心感を覚えた。そういう所、ほんと好き。


じっと見つめているのに気が付いた青八木くんが、ほんの少しだけ微笑んだ。ほんの少しの笑顔で簡単に鷲掴みにされてしまう私の心臓。末期だ。


「あーあ、私もたまには青八木くんの焦ったり照れたりする顔がみたいな」


ドキドキを誤魔化すようにそう言うと


「名前と離れる予定はない。いつかは見られる」


ちゅどーんッと爆撃を食らった。青八木くんのことだから、深い意味は絶対ないと思う。だからこその威力。ずるいよ、青八木くん。


青八木くんめ、今に見てろよっ。


来年の誕生日も、その次の年の誕生日も、毎年作戦立てていつか私が主導権握って、見たことない顔沢山させてやるんだから。




覚悟しててよね!

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