恋愛ショートケーキ理論

薄暗い部屋。ベッドの上で、青八木くんが私を抱き寄せて、頭を優しく撫でてくれている。


「はぁ…幸せ…」
「名前、可愛かった」


さっきの余韻と、二人きりの時にだけ見せてくれる甘い青八木くんの笑顔と態度に、どろどろのチョコレートみたいに思考が溶かされてしまう。


「青八木くん〜...好き、大好きっ」


ちゅっちゅっ、と抱き寄せられている胸板にキスすると、同じように私の額に青八木くんもキスをする。同じくらい好きって返されてる気がして、胸の奥がじんわり熱くなってくる。ううう...やばい、やばいです。さっきシたばっかなのにな。


下腹部がうずうずしてきて太腿を擦り合わせていると、察した青八木くんが少しニヤリと笑って私の耳元に唇を寄せた。


「もう一回...する?」


はひっ!!?はい死んだ、今死にましたよ、お兄さん。青八木くんの一撃必殺が私の脳天を綺麗に撃ち抜いた。


そ、そんなの狡いよう!するに決まってるじゃん!


こくこく頷くと、青八木くんの唇が私の唇を塞いだのを合図に、もう一度組み敷かれた。
何これ永遠に無限ループしちゃうんじゃないの?いや、体力持たないけど!し、幸せ...大好き、青八木くん!


幸せ第二ラウンドを終えた頃には、とっくに陽は沈んでいて、青八木くんが帰る時間になっていた。どうしてこういう時間はすぐに過ぎてしまうんだろう。
身支度を終えた青八木くんに、帰って欲しくない気持ちをぶつけるように抱き着くと、私の背中に優しい手の温もり。


「また明日」


抱き着く私を安心させてくれる青八木くんのその言葉。あぁ、もう...大好き。



***


「あー、はいはい。ご馳走様〜」


テスト明け、久しぶりのケーキバイキングでの恋バナ。つい先日の青八木くんとのイチャイチャをオブラートに包んで話したけれど、友人達はまた始まったよ...と、ちょっと呆れ気味。なんでよ!


「あんたら二年生の頃から付き合ってるよね?倦怠期とか来ないわけ?」


隣りでモンブランとガトーショコラをいっぺんにつつく友人が苦笑いしている。


「しないよ!私と青八木くんはね、言うならばこのショートケーキみたいな関係なんだから!」


ぶすり、と上に乗った生クリーム付きの苺にフォークを突き刺して息巻く。が、友人達は相変わらずの呆れ顔。なんでよ!!


「ちょっと意味わかんないですね」
「わかるでしょ!いつ食べても甘くてふわふわで幸せな気持ちになるの!」


無言になってる友人を横目に、苺を頬張ってから、今度はショートケーキに手を伸ばす。


「つーか、名前ってショートケーキ好きだよね〜」
「ね!いつも思ってた!飽きないの?」


ちょっと引き気味の友人達。いつもの事なので軽くスルーして、口の端のクリームを拭ってからコクリと大きく頷く。


「そりゃ好きなんだもん、飽きるわけないじゃん!だから言ってるでしょ?恋愛とショートケーキは一緒だよ!」


「それは名前にとっては、ね?普通の人はショートケーキいくつも食べたら胸焼け起こして飽きちゃうって」
「いくら好きでも、毎日美味しい美味しいって食べたら価値なくなるじゃん?」
「う…」


一気に言われて思わず口篭る。


「そ、そんなことないし!」


自分に言い聞かせるようにして、またショートケーキを口いっぱいに頬張った。


「実際久しぶりショートケーキはどうですか?名前さん...」


口の中に広がる酸味と甘味のハーモニー。蕩けるような生クリームの食感。瑞々しく甘酸っぱい苺。


「むちゃくちゃのめちゃくちゃに美味しいです」


あぁ、なんてことだ。悔しいことにいつもより断然美味しいじゃないか。


「でしょ?青八木くんもそう思ってるかもだよ?」
「ぐぬぬ...!!」


確かに。ちょっと我慢した方が大好きなショートケーキはいつも以上に美味しかった。ショートケーキ理論でいったら青八木くんとの関係も...。




***


「ってことで、青八木くん!私、しばらく青八木くんとイチャイチャするの我慢する!」


家に遊びに行って早々、そんな訳の分からない話をされた青八木くんは目をぱちくりさせていた。けど、面食らった顔はほんの数秒で、ちょっと悪い顔して


「名前、我慢出来るのか?」


と、ベッドに腰掛ける私の横に座って顔を近付けてきた。いつからそんな顔するようになったの...!?そういう青八木くんも全然ありです。
ありがとうございます!ありがとうございます!


「が、頑張る」


早くも折れそうですけど。


「そうか」


青八木くんはいつもの涼し気な顔をして、借りてきたDVDを再生した。流れ始めたそれは、ちょっと前に流行った恋愛もの。あー、失敗したかも。こんなの借りたらくっつきたくなるじゃん。
そう思ってる矢先に濃厚なキスシーン、からのベッドシーン。本来ならこれを見終わった私と青八木くんも、画面の中の主人公達と同じ様な事をする予定だったのになぁ…はぁ。


「つまらないか?」


こっそり溜め息をついたのが青八木くんにバレていて、ひょいと顔を覗き込まれた。ふわ、と香る青八木君の匂いに、きゅうっと胸が締め付けられるような感覚が襲う。


「なんでもない」
「ほんとか?」


コクコクと頷く。


「…そうか」


青八木くんの声にまでキュンときてしまって、まともに会話も続けられない私。なんか、制約つけた方がいつもよりも愛しさ増し増しなんですが。て、言うか本当に倦怠期知らずな私に自分でも引くわー。
あーもう、今すぐ抱き着きたい。触れたいよう、青八木くん。


映画を見ている横顔、ちょっと動くとサラリと零れる綺麗な髪、華奢かと思いきや意外と筋肉質な身体。


駄目だ、やっぱ、めっちゃ好き。


下唇を軽く噛んで、俯いて耐える。やっぱり私には我慢とか無理だ。我慢するのも有りかも〜!とか考えてたけど、やっぱ、無理。好きな物は好きなだけ食べたい。青八木くんは私にとってショートケーキだ。いくらでも食べ続けることが出来る。胸焼けさえも愛おしい。
けれど、友達にも言われたけど、それは私だけかもしれない。いくらショートケーキが好きでも、毎度甘ったるいショートケーキが食べられるなんて余程の好き者しか居ない。
気が付けば映画はとっくにエンドロール。内容は、何も頭に入ってない。


ずっと、ずっと、青八木くんの事しか見てなかった。ずっと、ずっと、頭の中は隣りの青八木くんの事しか考えてなかった。


あぁ、なんてことだ。映画一本分も我慢できないのか、私は。


「名前」


下を向いていたげけれど、愛しい彼の方を振り向けば、有無を言わさず抱き締められた。


「あ、青八木くんっ!?」


欲しかった青八木くんの温もりに、じんわり心が満たされていく。けれど、私は今、絶賛お預け中な訳だ。


「あ、あの、私、イチャイチャ我慢してるん、ですが」


心と真逆の気持ちを口にするのが辛い。ずっとこうしてもらいたい。長くされてたらされた分、もっともっとって欲張りになる。それなのに…


「すまん、どうやらオレの方が我慢出来ないみたいだ」


熱っぽい青八木くんの声が耳の中に滑り込む。それから、彼の口から衝撃的な言葉が飛び出した。


「オレも名前と同じで、好きな物は毎日でも食べたい主義なんだ」


まさかの同じ価値観に、驚きと喜びで言葉が詰まって出て来ない。


「…でも、我慢する名前が可愛くて、黙ってた」


すまん、と青八木くんが私の首筋に顔を埋める。彼の吐息、体温、匂いに包まれながらそんな事を言われたら、身体は簡単に青八木くんを求め始める。


「じゃあ、もう我慢なんてしない」


耐えきれず、ぽつりとそう零した私の唇を青八木くんが軽く塞いだ。そして、唇が離れる。


「満足するまで、どうぞ」


と、青八木くんの上に覆いかぶさるような形でベッドに引き込まれた。そうね、それじゃあ…遠慮なく…。



***


お言葉通り、満足いくまで青八木くんを堪能させてもらった後のベッドの中。
シーツの中で甘えるようにくっついていると、私の気持ちを見透かしたように、額に彼の唇が何度も触れる。なんて幸福感…。
余韻に浸っていると、青八木くんが至極真面目な顔をしていたから、どうしたの?と思わず声をかけると


「いや…名前にとってのオレはショートケーキだったのかと思って」


なんて返ってきた。


「そうだよー!甘くて食べると幸せな気持ちになるでしょ?ほら、見た目も可愛いし?」
「可愛くはないだろ」


冗談のつもりだったけど、真顔でツッこまれた。うんうん、そういう所も好きよ、青八木くん。


「ねえ、青八木くんにとっての私は?」


ごろんとうつ伏せになりながらそう聞くと


「ラーメン、野菜炒め、ツナマヨおにぎり、まだまだある…」


可愛くないラインナップにがくりと肩を落とした。でも、落ち込む私を見て青八木くんが


「だから、飽きない。毎日食べたい」


なんて言うから、そんなのどうでも良くなった。



「だから、今度は…オレの番」



あれだけしたのにまだ出来る彼にも驚きだけど、それに喜ぶ私も大概。やっぱり似たもの同士な私たち。
こんな私と青八木くんのお付き合いに、周りが呆れるのは間違いない。
けれど、別にそんなのどうでも良いのだ。
私にとっての青八木くんはショートケーキで、青八木くんにとっての私は彼の好物で、ちゃんと噛み合ってるのだから。


だから、誰がなんと言おうと……。




「満足するまで、どうぞ味わってください」

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