アップデートの必要はありません

「てゆーか、夏休みの宿題写すためだけに彼女を家に呼び出さんでよね」

もう何十回と来た彼氏の部屋。

「しゃーないやん、名前しか見せてくれるのおらんもん」
「普段の行いでしょ、全く」

名前に会いたくなった!とかじゃなくて、単純に宿題目当てで呼び出されたらしい。まぁ、鳴子くんて普段からそういうの言わないからなぁ。はぁ...なんだよ、もしかしたら久し振りに!?ってちょっぴり期待して可愛い下着付けてきたのにさ〜。

解答欄の埋まっているプリントを受け取って、喜ぶ鳴子くんの隣りに腰掛ける。

「インハイに集中してもらう為だからね?全く...」
「おーきに」

鳴子くんがテーブルの上に宿題達を広げて、いそいそと書き写し始める。そこに会話はなくて、カリカリと文字を書き写す音と時計の音のみ。


はぁ、暇だなー。ちょっかい出して構って貰いたいけど怒られそうだしなー。
って、なんで宿題見せてる私が怒られなきゃならんのだ?まあ、いいや...。なんか、暇つぶし出来るものないかなー。


何十回と来てるから、もう殆どの漫画は読み尽くしたし、ゲームも私の苦手なレースゲームばかりでやる気が起きない。

と、ピロン!と鞄の中からスマホの通知音が聞こえた。出して確認すると、乙女ゲーアプリから、『構ってくれ』(スタミナが全回復したってことらしい)と通知が来ていた。
あー、はいはい...とアプリを起動すると『愛してるよ、俺のお姫様』と平面世界の向こう側で王子様が私に愛を囁いた。と、同時に、バキッと凄い勢いでシャーペンの芯が折れる音が聞こえた。

「な、なんや?」

振り向くと、鳴子くんが目を大きく見開いて私の事を凝視しているではないか。その珍獣でも見るかような目をやめなさい。

画面の向こうの王子様に、貢ぎ物をして好感度を上げる私を、鳴子くんがひょいっと覗き込んだ。

「名前、誰やの...この薄ら笑い浮かべた胡散臭い金髪のおっさん」

覗き込んで苦虫を噛み潰したような顔をした。

「こら、おっさんとはなんじゃい。癒し担当のブッシュ・ド・ノエル二世様です〜」
「何人やねん...」

鳴子くんは付き合ってられん、といった表情でまた宿題に向き合った。私は私でスタミナ消費...王子とのスキンシップをはかるのに一生懸命で、さっきまで構って欲しかったけど今は構う側になったから特に気にせず続行。

『姫しか見えないよ』
「そういう事言う男に限って浮気とかすんねん」

『俺には姫がいないと生きていけない』
「かーっ、女々しい男やなぁ」

『この微笑みは姫だけのものだよ』
「それが胡散臭いっちゅーねん」


静かな部屋に響く愛の囁きに、性分なのか鳴子くんが耐えきれず口を挟んでくる。

「もー、鳴子くんたら...ツッコミ大喜利じゃないんだよ〜?」
「あーもー同じ男として嫌やわー」

鳴子くんがそう言い続けている間も、私に対して「愛してる」「可愛い」「死ぬほど好き」と囁き続けているアプリの王子様。

「んー、そう?女の子としてはこうやって愛情向けられんのって嬉しいけどな?」

しかもイケメンだよ?と鳴子に画面の中で微笑みを浮かべ続ける金髪イケメンを見せつけた。

「いや、だからこの薄ら笑いやめーや」
「えー?この微笑が良いじゃん!王子もこの笑顔を売りにしてるよ?」
「こんなん現実にいてみ?キショいで!」
「も〜、そんなこと言う〜。仏頂面より良いでしょ?」

鳴子くんの眉間の皺をつついた後、好感度を上げるために、話しながらもぽちぽちと王子の頬を指でタッチする。人の温もりはないけど、私が触れたら笑うし、愛を呟いてくれる。

「それにな、こんなぽんぽん好きとか愛してるとか言うのがまずあかん」

鳴子くんが少しイライラした様子でシャーペンをコツコツ鳴らし始めた。

「なんで?女の子はいつだって愛の言葉を貰いたいもんだよ?」
「言葉の価値安なるわ」
「良いじゃん、愛のバーゲンセール」
「何がバーゲンセールじゃい」

面白くなさそうに頬杖をついて、鳴子くんが唇を尖らせる。


あれ?

なんか、もしかして...妬いてくれてる?


そう思うと急に画面の向こう側の王子なんてどうでもよくなって、現実世界の私の王子様が愛おしくなってきた。
まだスタミナは残ってるけど、もうどうでもいいや。

「鳴子くんっ」

未だ面白くなさそうにしている鳴子くんにぎゅっと抱き着くと、仏頂面が一転して口をぱくぱくさせた金魚みたいになった。

「いきなりなんやねん!」
「んー、やっぱ前言撤回です。仏頂面で照れ屋な現実世界の王子様が妬いてる方が可愛いなぁって思ってさ〜」

抱き着いたまま、上目遣いにそう言うと、図星だったらしく鳴子くんがなにも言えずに固まった。

「私はイケメン優男よりも、鳴子くんみたいな照れ屋で可愛い人の方が好きだな」
「か、可愛いとか男に言うなっ!」
「じゃあ、女の子の私に言ってよぅ」

うっ...と言葉に詰まる鳴子くん。うふふ、別に本当に言われたいわけじゃないんだぁ。ただ、その照れたり困ったりする顔がみたいだけ。そこに愛の言葉なんて必要ないよ。

「ねえねえ、王子様〜?ちょっと息抜きしませんか?」

一度離れて、ぴらぴらと誘うようにスカートの中身をチラ見せすると、ずっと声を出せずにいる鳴子くんが咄嗟に自分の下半身を抑えた。

「ンな可愛いパンツ見せられたら、我慢出来んくなるわい!」

...童貞か!我慢しなくてもいいのに〜。
...でも、そんな所が大好きよ?

あわあわする鳴子くんに近付いて、両手でその顔を固定した後、その唇に自分の唇をくっつけた。



「どうぞ、お好きにしてくださいな?私の王子様」


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