勇者は目の前が真っ暗になった

「おい、名前!また部屋に引き篭もってゲームか?たまには外で体を動かせ」


音もなく乙女の部屋に入ってきたのは...見た目だけは完璧な私の彼氏。


「彼女に向かって開口一番がそれ〜?うざー」


コントローラーをぽいっと放り投げて、東堂の方を向けばお得意の「ウザくはないな!」が返ってきた。いや、ウザいです。


「よし、ゲームの電源を今すぐ切って外に散歩に行こうじゃないか」
「えー、この前も東堂の我儘に付き合ったじゃん〜」
「わ、我儘!?名前の為を思ってだな!」
「たまには一緒にゲームしよー」


ごちゃごちゃ言ってる東堂の手を無理やり引っぱって、隣に座らせる。そして有無を言わさず東堂の手にコントローラーを握らせた。


「な...!やらんぞ!」
「やろうよ〜、ねえねえ」
「だめだ!名前は放っておいたらずっと篭もりきりだからな!最後に体を動かしたのはいつだ?」
「先週かなあ?ほら、東堂とセッ」
「言わんでいい!」
「またまた〜、ノリノリだったじゃないですか〜」
「だから!言わんでいい!」


うわー、顔赤〜い。ピュアだよねー。からかいがいあるよねー。イケメンの癖にこういう話するとこれだもん。ファンクラブのみなさーん!東堂って実はすんごいむっつりなんですよー!って...言いふらしたくなる。ファンクラブの皆さんが知ったらどう思うかね、うぷぷ。まあ、私だけが知ってれば良いから言わないんですけど〜。


「そんじゃ、ここ座らせてよ。イチャイチャしながら一緒にゲームしよ?」


胡座をかく東堂の膝の上をちょんちょん、とつついてみる。案の定、顔を真っ赤にしつつ...コホンとひとつ咳払いして「今日だけだからな」と東堂名物甘やかしモードに突入した。よっしゃ。内心ガッツポーズしながら失礼します、とそこへ座る。


「ねえ、兄ちゃんの部屋から面白いもの持ってきたんだ〜」
「ちゃんと借りますって言ってから持ってきたんだろうな?」
「あーはいはい次から気をつけます」


お説教モードに切り替わった東堂のぶつくさを右から左にさよならして、よいしょと借りたゲームをセット。オープニングが流れ始めたのに、未だに喧しい東堂の頬をむにっと摘んで黙らせて、二人でそれを眺める。複数の女の子達が一通りキャッキャウフフし終わったら、タイトルがデカデカと表示された。


「どきどきメモリアル...ってなんだ?」
「ほら、東堂モテモテだからさあ?恋愛ゲームとか得意かなって」


煽ててみせると、頭の上の東堂がニヤニヤし始めたのが空気でわかる。なんてチョロい男なのでしょう。


「名前は彼氏のことをよくわかってるな!現実でも仮想世界でも、どんな女子も俺の虜にしてやろうではないか!」


ワーッハハハといつもの高笑い。間近で聞くとこんなに喧しいものはない。けど、機嫌を損ねると面倒だからそのまま放置。


「名前を入力?なんだこの山田太郎というデフォルトの中のデフォルトな名前は!ここは、山神東堂だな」
「ちょ、山田太郎に謝って。てか、え...それだと苗字が山神で名前が東堂になるけど」
「構わん!」
「あー、うん、お好きにどうぞ」


.....ほんと、東堂って見た目と自転車に全振りしちゃった残念な男だわー。いやまあ、そこが好きっちゃ好きなんですけどね。


ゲームを進めていると現れる個性豊かな女の子達。現実世界と違って、コミュ障にも優しい選択肢というシステムがある。ある程度女の子達の性格を理解できれば答えは簡単...の筈なのに。それなのに、この男ときたら...


『私、自意識過剰な人って無理なの』
『付き合ってもいないのに馴れ馴れしいのよ』
『ウザイ、消えて』


「なんでだ!!」


尽くだめだめな選択肢ばかりを選んでいく。わざとか?彼女を笑わせようとしてるのか?いいや、違う。この男はいつも本気だ。


「ねえ、殆どの女の子達に振られてるじゃん。ウケるし」
「...全くウケない!」


ぐぬぬ、と奴の負けず嫌いが発動する。電源をオフにしてまた最初からやり直してるけど、結果は同じ。もう何周しただろうか。明るかった外はすっかり暗くなり始めていた。


「ねー、東堂。そこまでやって結果同じなんだから、その世界で誰かと添い遂げるのは無理だ。諦めなさい」
「もー我慢ならん!この女子達はオレの走りを見ていないからこんな態度が取れるんだ!」
「いや、走りとか関係なくない?東堂の選択肢がそれ以前の問題でしょ。なんで最後の最後に毎度同じ選択すんの、馬鹿なの?」
「...ぐ!そもそも、こんな複数人に手を出そうとしている山田太郎が男として最低な奴だ!」
「いや、名前見て?山神東堂って書いてますけど」
「ぬわー!」


ぽいっとコントローラーを投げ捨てたかと思ったら、今度は私をそのままの体制で抱き締めた。い、いだだだ!


「あんな世界、オレには必要ない!こんな可愛い彼女が現実世界にいるじゃないか!恋愛ゲームなんて時間の無駄だ!実在しない女子達に好かれて喜んでる男の気が知れん!」
「さり気なく兄ちゃんに喧嘩売るのはやめなさい」
「それに現実世界なら、何をしても黄色い声援があちこちから飛んでくるしな!」
「それは恵まれた顔面のお陰だよ」


悔しくない、悔しくない!山田太郎がダサいだけだ!現実の山神東堂は輝いている!と自分に言い聞かせるように私の首筋で気持ちの悪い呪文を唱えている東堂。いい加減やめろ。


ナルシストな上に自信家でちょっと残念な東堂。別に、東堂の顔面が良かったから私は惹かれたわけではない。顔の好みでいったら福富くんの方が断然好みだ。言ったら東堂が面倒くさいから内緒だけど。
残念な東堂だからこそ、山登ってる所は文句無しにかっこよく見えるし、惚れ直しもする。そんなギャップに、不覚ながらキュンとときめいてしまう自分がいるから驚きだ。そんな私もかなり残念な女なんだろう。
私がこんな風に思ってる間も、うだうだと落ち込んでいる東堂の頭を優しく撫でてみた。カチューシャをしていない前髪がさらさら首筋にあたって擽ったい。残念だなぁ、東堂は。ああ、残念で可愛い人だ。


「ちなみにクリアしたら、彼女になった女の子とキスができる御褒美があったんだよん」
「...いらん!」


そして噛み付くように返ってくる。その様子、余程悔しかったんだね。


「まあまあ。よく聞いてよ。山神東堂さんや、私のことを見事口説いてみせたら熱いキスの一つ二つオマケにオプションサービスが着いてくるんですが...如何なさいますか?」


コンティニューしますか?と訪ねたら、そんなものは必要ない!と唇を塞がれた。なんて男なんざましょ。自信満々で嬉しそうな顔をするイケメンで目の前がいっぱいになって...その言葉や態度とは全く違う優しい感触に、私は静かに瞳を閉じた。


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