これも健全な愛の形

「純太くん、まだ〜?早く、構ってよ〜」
「んー、もうちょい待ってなー」
「それ、30分前も聞いたんですけど」
「延長お願いします」


愛しの純太くんはただいま部活ノート?とやらを真剣に書いている。まあね、キャプテンさんだからね。理解しなきゃいけないんだけどね。
邪魔しないように、純太君の向かいでカリカリと走るペン先を眺める。それから、視線は上へ。


あれれ、唇、ちょっと突き出してる。何か考えてる時の純太くんの可愛い癖。本人は全然気が付いてないんだよね、ふふふ…指摘しないで暫く眺めてようかな。


だんだんと刻まれていく眉間の皺すら愛おしく思えるなんて…私も末期だなあ。人知れず居残り練習してる時の真剣な顔も、眠気に勝てなくて、うとうとしている授業中の眠そうな顔も、どんな顔も、全部全部愛おしい 。


「どした?まだ構ってちゃんなのか?」
「んー、どんな顔も大好きだなって思ってた所ですよー。ちなみにEveryday構ってちゃんですからね」
「あ…そう」


からん、と純太くんが持っていたペンを机に放り投げた。


「もー…、せっかく集中してたのにさー。名前、ずるい」


わ…その照れた顔、卑怯なくらい可愛い。そっちの方がずるいんですけど。我慢してたのに。
普段のキャプテンしてる純太くんとも、オフな時の男子高校生な純太くんとも違う。私だけしか見られない、照れた純太くん。大事なノートを書いてる途中で、邪魔しちゃダメなのは重々承知なんだけど…正面の彼のその顔や仕草、態度に打ちのめされた。
つつつ、と机に突っ伏す純太くんに近付いて、横からぎゅっと抱き着く。


「純太くん…我慢できなくなっちゃった」
「こらこら!まだ昼間だっつーの!」
「昼も夜も関係なくない?誰も居ないし、ね?」


ぷちぷちとボタンを外しながら迫ると、純太君はボタンを外す私の手を優しく握りしめて、ふいっと視線を胸元から露骨に外した。
けど、そんなのも全部引っ括めて愛しくて、欲しくて、止まらなくて。


「純太くんのは、やる気みたいだけどな?」
「ちょ、名前!?どこ触ってんの!?」


何回もシてるのに、この童貞っぽい態度がほんとに堪んない。意地悪したくなる。


「こんな私は、嫌?」
「好きだから困ってんの!この前シたばっかだし!」
「この前はこの前だし。好きなら、良くない?」
「あ、こら、名前…っん!」


何か言いたそうな唇を塞いで、純太くんのやる気な所を指先で上下に刺激すると、焦れったいと言わんばかりに腰が跳ねて、塞いだ口の端から小さな呻き声が漏れ出てくる。


「ねえ、やめとく?」
「よろしくお願いします…」




***


こんな調子で、私はすぐ純太くんに手を出してしまう。お付き合いして1年も経てば、女の子の方だって人間だもの。欲情だの、発情だのするだろうさ。けれど、世間一般はそれじゃいけないって謎の風潮がある。女の子は慎ましくあれ、がっつくな、そういうのは男から仕掛けるもんだ、etc.....。更に更に、どんな雑誌にもネットの匿名掲示板にも書いてあるではないですか。


それでも私は、他所は他所!うちはうち!的なオカンのハウスルールで今までやってきた。純太くんだって嫌がってないみたいだし、円満だ。問題ない。と思ってた。


でも、純太くんが「はい、そうですね。その通りです。同じ気持ちです」なんて言った訳では無くて、単なる私の勝手な自己判断。純太くんが嫌がってないってだけの、ほんとにそれだけのものだった。一体どこからそんな自信が生まれてたのやら。




***


「最近彼女さんと、どないな感じなんすか?」


別に、盗み聞きするつもりなんて毛頭なかった。たまたま純太くんを迎えに行く。それだけの筈だった。


「どーもこーも、普通にラブラブだけど?」


後輩の赤い髪の…鳴子くんとの何気ない会話の一部。部室の扉の前で、ぴたりと動きが止まる。


「ワイ、『そっち』の話しとるんですけど〜」


鳴子くんがニヤニヤしながら言った「そっち」に、どう答えるんだろうって、盗み聞きしてはいけないとは分かっていても好奇心に勝てず、そのまま部室の外から聞き耳をたてた。


「どーもこーも、普通に健全にシてるわ」


見た目は少しチャラそうなのに、こういう話題にちょっと弱い純太くん。やっぱり照れるんだってキュンとしたのも束の間で、その後に続く言葉はまるで石化の呪文のようだった。


「まあ、最近ちょっと多いから控えるつもり」


!?!?


「うわ、なんやのそれ、贅沢っ」
「ははは、彼女いない奴に言う事じゃなかったな」
「でた、悪手嶋さん!」


なんだかんだで純太くんも慎ましい女の子の方が好きなのね。まあ、だよね…普通は男の子がグイグイいきたいよね。てか、普通に考えたら一部のマニアくらいだもんね、攻められたいなんて。女の子に攻められてハアハアしちゃう純太くんなんてイメージと違うもんね。


向けられた現実はやっぱりそんなもんだった。オカンのハウスルールとか言いつつも、何だかんだ惚れたもん負けだ。結局は好きな人の趣向に合わせたお付き合いの仕方を選ばざるを得なくなる。


「純太くん、私とするの、今まで断れなかったんだね」


帰り道、ぽつりと彼にそう零すと、あからさまにヤバいって顔した純太くんがそこにいた。


「名前、さっきの聞いてたのか?あれは…」
「別に怒ってるとかそういうのじゃないから安心して」
「お、おう。そっか」
「うん。だから、私…今日から純太くんへのスキンシップ減らします!」
「へ…あ…?」
「減らすの!触るとシたくなるから!」
「あっ、はい…」




***


とは言っても中々変えられないのが人間である。


いつもしてきた事を我慢しろ、って言うのはかなりのストレスだ。最初の数日間は余裕だった。ナチュラルに振る舞えたし、小テストが控えてたから二人きりになれるシーンもなかったし。


けれど、試練はその後の何気ない二人きりでいる時間に襲ってきた。


「名前、ストロー美味しい?」
「へ!?」


久しぶりの純太くんの部屋は最早精神的暴力だった。
至る所から彼の匂いがする。机も椅子も、ベッドも何もかも。


本人にくっついてスーハーしたい。抱き着いてキスしてあちこちに指を這わせたい。ぐぬぬ、と堪えては握り拳を作って耐える。まるで禁断症状だ。


そんな事考えてるうちに、出されたジュースのストローをこれでもかと言うほどに噛んでいた。吸口は吸口の意味をなさないくらいにペタンコになっていて、意味をなさないストローはただ単に私に噛まれるだけ噛まれて、私の手によってコップの外に放り出された。


「ははっ、超欲求不満じゃん」


からかうように彼の口から零れたそのワードに顔をあげると、むにっと頬が優しく引っ張られた。


「まだ、頑張る?」


少し煽るような口振りで、ニヤっと口の端をあげる純太くん。私の中のキュンキュンときめきメーターが一瞬で振り切りそうになった。が、下唇を噛み締めて胸元をぎゅっと掴んで耐え抜いた!ヒットポイント(いや、メンタルポイントか?)は、もう赤いランプが点滅している状態。回復のターンが欲しいのに、純太くんは容赦なく追撃してくる。優しく私の髪の束を指に絡めた後、そのまま熱くなり始めている頬にそっと唇を押し当てた。どこでそんなテク覚えてきたの。


「平気だし。まだあと1ヶ月くらいは」


本当は本能の赴くままに抱き着いたりキスしたりあれやこれやしたい。
でも、純太くんは…暫くスキンシップを控えたいんだ。ベタベタする女の子より、慎ましくて純情な女の子の方が良いんだ。


「いつもなら1時間も持たねーじゃん」
「2時間は我慢できますー」
「同じようなもんじゃん」


くす、と笑って純太くんが顔を近付ける。戸惑う私の顔が、彼の瞳の中に映ってるのがわかる距離。


「純太くん、意地悪しないでよ…せっかく我慢してるのにっ…!」


ぐいっと純太くんの唇から逃れるように、お互いの顔と顔の間に手で壁を作る。


「あ、なんかこういうのも悪くねーな。うん、名前の気持ち、少しわかったかも」
「な、何言ってんの?てゆーか、こういうの嫌なんじゃないの?」
「嫌なんて一言も言ってねーし。そもそも彼女とイチャイチャすんの嫌いな男なんていないって」
「だって…この前、鳴子くんと話してたじゃん」


私が体を捩りながらそう言うと、純太くんが「あぁ、あれか」と呟いた。


「だってさ、考えてみろよ。彼女に会う度搾り取られんの堪んねー!って正直に言ったら、オレめちゃくちゃ変態くさいだろ?それに、シまくってるって思われたら、名前だって恥ずかしいだろ?」
「う、確かに…それはやだ」


納得すると、純太くんの腕が私の体に絡みついた。


だからさ、ぶっちゃけもう名前が我慢する必要ないわけ。


逃げようとする私なんて簡単に抱き寄せて、耳元でそんな事言われたら、もう逃げる意味なんてないじゃないですか。てか、こういう純太くんも悪くないですね。


「でもさ、いつも私からいくと…待って!とか、だめ!とか拒むでしょ?」
「何回シても、恥ずかしいとこ気持ちよくされんのって少し照れるし慣れないからな。でも…」


そんなん上回るくらい、誘惑してくるえっちな名前ちゃんが堪んねーから焦らしてんの。


なんて計算高い。なんて悪どい笑顔。やっぱ、策士なだけあるってゆーか…


「純太くん、攻められて興奮するの?…超変態じゃん」
「いや、性癖歪めたのは名前だろ?オレは至ってノーマルな凡人思考だったのに。超変態なのは名前の間違い」
「あ、なにそれムカつく!」


ムカつく、ムカつくんだけど…、そんな純太くんが堪らなく好きなんだから末期だ。


どんな純太くんも好き、大好き、大好きよりも好き、もっと、もっと好き。


言葉って便利だけど時たま不便だ。だから、言葉で表せない気持ちは、これからベッドの上で吐き出すことにしよう。



目次top