「あれ、もしかしてなまえ?」

悟との待ち合わせ場所で待機している私に声をかけてきたのは、
かなり前に別れた元カレだった。





「久しぶり、元気だった?」
「うん、そっちは?」
「俺も元気元気」


彼と別れたのは、高専で働き始める前のことだ。
ケンカしたわけでも、嫌いになったわけでも、ましてや浮気されたわけでもない。
言うなら、呪術師界へ戻るための、私なりのけじめだった。

彼には申し訳なかったけど、理解がある人で、きちんと説明したら分かってくれた。








彼は全く変わっていなかった。
優しい口調と笑顔、気を遣わせない雰囲気。
居心地が良くて、とても好きだったことを思い出す。


「仕事は?大変?」

彼が心配そうに聞いてくる。
別れるときに今の仕事については軽く話しているので、心配してくれているのだろう。


「まあね。残業多かったり、面倒な同僚がいたり、ストレス多い」
「ははっ。でも、なまえがいるから、俺たちは平和に過ごせてるんだろ?」
「うーん、直接的にかは分からないけど、間接的にはそうなのかもね」
「お疲れ様。いつもありがとう」
「どういたしまして」

そう言って笑い合う。なんだか懐かしい気持ちになった。
すると彼が、思い出したように口を開いた。



「そうそう。俺結婚するんだよね」
「え、ほんと?おめでとう」

照れながら、ありがと、という彼を見て、素直に嬉しくなった。
そっか、幸せに暮らしてるんだな。


「なまえは?」
「え?」
「そういう相手、いないの?」
「あー・・・」

いないこともないんだけどなぁ、と思いつつ、何となく口籠ってしまった。
何て答えようかと考えていると、頭に何か乗っかってきた感覚を覚えた。







「僕の彼女に何か用?」
「・・・悟」

それが悟の顎だと分かったときには、後ろから抱きすくめられる格好になっていた。


「ちょっと、人前でやめてよ」
「えーだってなまえが浮気してるからー」
「あのねぇ・・・」


人前での過剰なスキンシップに呆れて、思わずため息が出た。
剥がすに剥がせず、申し訳ないと謝ろうとすると、うわイケメンじゃん!と彼が目をキラキラさせていて、相変わらずだと少しホッとした。


「良かった、楽しそうで。幸せにやってるんだな」
「あーうん、まあ」








それから一言二言話し、じゃあな!と言い残して彼は去っていった。
さっきから悟の視線が痛い・・・。


「絵に描いたような爽やかくんだねぇ」
「まぁアンタよりはね」
「ひどっ」

そう言って私を抱きしめていた腕を放す。
彼が去っていった方を見つめながら、悟が小さく口を開いた。


「好きだった?」
「そりゃあ、付き合ってたからね」
「ふーん」
「何、まさか妬いてるの?」
「妬くでしょ、普通」
「何年前の話だと思ってるのよ」


思わず苦笑すると、でもさー、と唇を尖らせながら悟が続ける。



「僕が知らないなまえを、アイツは知ってるわけでしょ。なんか腹立つ」



本当に面白くなさそうに言う悟が、なんだかいつもより可愛く見えたのは、ついに私がおかしくなったのか。

気が付いたら私は悟の指に、自分のそれを絡ませていた。





「え、どうしたの。なまえからそんなことするなんて珍しい」
「べっつにー。どっかの誰かさんが、なんだかしょぼくれてるから慰めてあげようかと思って」


そう言うと今度は悟が笑いながら、そういうとこだよねー、と私が絡ませていた指をぎゅっと握り返した。






「慰めてくれるなら、もっと別の方法がいいなー」
「調子に乗んな」



空いている手で悟の頬をきつめに抓って、私たちはまた大通りを歩き出した。











幸せにやってるんだな






うん、確かに私は今、幸せだ。