いつからなまえを好きだったかなんて、そんなことはもう覚えていない。

もしかしたら高専に通っていた頃にはもう好きだったのかもしれないが、はっきりと自覚したのは卒業してしばらくしてからだった。

高専時代は特別親しいわけではなかった。なまえが必要以上に僕に話しかけてこなかったこともあるだろう。
彼女は明らかに僕が苦手そうだった。


そんな関係に少し変化があったのは、あるバレンタインの日からだった。

彼女にしたら、いらないチョコを渡しただけだったのだろう。
でも単純な男子高校生だった僕には、意識するきっかけになるには十分な出来事だった。彼女との会話もそれ以降少し増えた。
だからと言って、何か進展があったわけではなく、呼び方が名前になったくらいだった。




そしてそれから色んなことがあって、卒業の日になった。














「なまえ」

教室で片付けをしていたなまえに声をかけると、その手を止めてゆっくりと振り返った。


「あれ、もう帰ったのかと思った」

そう言って、特にこちらを気にすることなく淡々と片付けを進めていく彼女に、よく分からない苛立ちを感じながら、気になっていたことを聞いた。




「呪術師辞めんの?」

すると彼女は目線だけこちらにやって、うん、とだけ答えた。


「なんで?」
「なんでって、悟が一番よく分かってるんじゃないの?呪術も体術も中途半端。私は呪術師に向いてない。ずっと前から分かってたことよ」

確かに、彼女は特別強いわけではなかった。ただ、判断力が良く、効率よく任務を進めていて、頭が良いと感じることが多かった。
正直、少しもったいないとも思う。


「これからどうすんの?」
「補助監督としてここに置いてもらうつもり」
「ふーん」

確かに、彼女の頭の良さは、補助監督には適任かもしれない。
それよりも、卒業後もなまえと関われることに、どこかホッとしている自分がいた。


「まぁでも、一旦高専出て、普通に生活してみようと思ってるんだけど。短大ももう決まってるし。許可も貰ってる」
「は?」

思わぬ言葉に、驚くくらい不機嫌な声が出た。


「んなことして何の意味があんだよ」

聞くと彼女は、真っ直ぐにこちらを見た。





「見てみたいのよ、この目で。私たちが救うべき人たちが、どういう世界で生きて、何を考えているのか。同じ目線で」



その目はこれまで見た彼女の中で一番強い目をしていたと思う。
思わず息を飲んでしまうような、そんな目だった。

そうだ。なまえは決して強くはなかったが、同期の中で誰より一般人に寄り添える存在だった。
単に優しいのとは違う。助けるべき対象が、何を見て何を感じ、何を必要としているのか。自分にすべき最善のことは何か。
そんなことを常に考えている印象だった。


そんなことを思い出して、すっと彼女の言葉が腑に落ちた。
なんともなまえらしい選択だ。






「戻ってくるんだよな」
「もちろん。アンタや硝子を置いていなくなったりしないわよ。帰ったらアンタたちが全力で戦えるようにサポートするから」
「へー。じゃあそのときは吐くくらい働いてもらうからな」
「うっわ、今からブラック宣言とかなんなの?」


そう言って笑うと、またね、と教室を後にした。


そうして別れてから3年間なまえとは一度も会うことはなかった。































「そういや知ってるか?今日、なまえ戻ってくるって」





あれから3年が経った春、硝子からそう聞いて、僕は校門前にいた。


しばらくすると、バイクの音が聞こえてきた。

それに乗っていたのは間違いなくなまえで、タイトな服装にヘルメットを被っていた。

バイクが目の前に止まり、ヘルメットを取ると、髪を1つに束ね、すこし大人びた様子の彼女がこちらを見て驚いたように目を開いた。




「え、なに、お出迎え?」

久しぶりに聞く彼女の声に、急に耳がクリアになる。


久しぶり、とか、なんでバイク?とか、色々と聞きたいことはあったけど。





「おかえり、なまえ」

そう言うと、なまえは目をぱちぱちとさせ、そして、




「ただいま、悟」

笑った。









ああ、僕はなまえが好きだ。







桜の花びらが吹雪く中で見た彼女の笑顔は、言葉にできないほどに綺麗だった。