アーサー・ペンドラゴンとビッチ




▽2018/09/04(Tue)
アーサーくんと雨(アーサーとビッチ)


英国では傘をさす習慣があまりないみたいですね。
思いっきり傘を強請るアーサーを書いてしまった…。
というわけで考えました↓



『アーサーくんと雨』
※Fateやアーサー王伝説における年齢設定、血縁関係全く考慮してません。ビジュアルから勝手に年を当てはめています。
※夢小説ではない、と思う。
※勢いで書いて見直してない。



 指の隙間からこぼれていく砂粒のきらめきに影がさす。極上の糸で編まれた、馴染み良い服が冷たい風を機敏に察する。どこからか腹の底を唸らせたような重低音がとどろいいて、来襲の報せをアーサーのうなじにポツンと一つ落とした。
 眠気覚ましのような一滴は、もう少しで砂の城が完成する、幼いながらも鬼迫せまる形相を見せていたアーサーの、繊細な集中の糸をプツリ、切ってしまう。あどけない顔がゆっくり天を仰ぎ、齢十にも満たないでありながら、既に完成された美貌を持つ子の元にぽたぽたと水を打つ。

 冷たい、けれど気持ちい。

 この国は一日の天候がうつろいやすい。うだるような日照りがいきなり土砂降りの雨に変わり、かと思えばいきなり止んで、数分おきに同じことを繰り返す。濡れるのは当たり前のことなのだと、アーサーが知ったのはつい最近のこと。弟に教えてもらったのだ。内緒だぞ、と得意げに耳打つ真実は彼のこれまでの常識を簡単に覆す。彼の言葉を思い返しながら両手を伸ばせば、小さなお椀にどうぞと言わんばかりのわずかな池が張った。濡れることに馴染みのない体が、好奇心の鐘を鳴らしてそっと、香りもない未知の液体へ口元を寄せる。雨水を飲む。なんてことはない、誰しも子供の頃一度は経験しただろう。

「おやめください」

水溜りが桶を失い、砂の地面にペシャリと跳ねた。アーサーの城にはかからなかったが危ないところだ。残念、もう少しで味が知れたのに。薄砂を濃い色で染めていく雨の残骸を見送りながら、彼はハッとする。自身の周りだけ水に染まっていない。知らぬ間に横に立っていた全身を黒のダブルスーツに包んだ男がお世辞にも上機嫌と評せぬ顔でアーサーの上に大きな傘を指しているからだ。そのせいで、アーサーはさっきからちっとも体が濡れていないことに気づいた。

「御身が汚れてしまいます」
「……、」

いらない。こんなので汚れない、とは言えなかった。言ってしまおうとも思ったがそれを口にしたところで男は態度を変えないのも、懇願は謙虚ではなく我儘として捉えられてしまうのも聡い彼は知っている。なのでアーサーにできるのは膝を立て、傘をさされたまま大人しく公園の脇に停車中の車に乗り込むことだけだ。スモークに塗られた車体の奥へ足を運びたくないと思うのはまだまだ遊び足りない子供心がそうさせるのか。

 立ち上がったまま動こうとしないアーサーへ、男が怪訝に眉をしかめかけた時、彼の背後から泥水を器用に避けて現れた人物がいた。

「数時間は降るそうです。ここらが引き上げ時でしょう」

仕立ての良いスリーピースのスーツを着こなし、手元の腕時計を確認する男は心なし元気のなさそうなアーサーを見て、おや、と目を瞬かせる。

「我が主よ、いかがされたのです?」

大事な御方が落ち込んでいると踏んで、同調するように男の麗しい顔が痛ましく歪む。なるべく腰を屈め、相手の視線と合わせて話そうとする様にアーサーはおずおずと口を割った。

「お城が、」
「はい」
「もう少しなんだ…」

城ですか、復唱しながら意味を飲み込む。ちらりと視線を下げた先、拙くも立派な砂の城が雨に降られつつある中でどっしりそびえていた。男の目から見てほぼ完成と言っていい作品はアーサーからするとまだ心残りがあるらしい。雨は勢いを増すばかりで、幼子の健康的で柔らかそうな頬をいくばかりの露が伝っていった。
 普段から聞き分けがよく、自分の意見こそ主張すれど我儘を口にすることはない少年のもどかしそうな瞳は、男の胸を強く打つ。縋るような視線に、主君と付き人へ車に戻るよう声をかけにきた目的をうっかり忘れそうになる。忘れてしまえた方が良かったのかもしれない。しかし、現実に男はそのような些事なミスを犯せるほど出来の悪い頭はしておらず、また然るべきところで融通の利かない程度の天然さを兼ね備えていた。

「城であれば立派な出来栄えのものが、…えぇ、私の目にしかと焼きついております。流石でございますね」
「…、うん。ありがとう」

そうではないのだ、とは言えない。言えば目の前の彼は眩いばかりの笑顔を困ったように変化させてしまうから。迷惑をかけるのはいけないこと。頭の中では分かってはいても、容易に実行できるものではない。しかし、アーサーには出来てしまうのだ。彼は他の人間とは違う。それまでずっと黙っていたアーサーの横に立つ男の「行きましょう」という無機質な声に押されて、彼は今度こそ歩きだす。開けられたドアに乗り込む寸前肩越しに振り返った公園の奥で、未完成の城が徐々に崩壊を始めていた。



質の良い皮の生地にお尻をつけてしまえばアーサーのできることは限りなく狭まってしまう。ゲームは欲しいなら買ってあげると言われたが、断った。スマートフォンはもっと大きくなったらガチガチの通信制限つきでくれるそうだ。買ったばかりの本を読むのがいいかもしれないが、どうにも今はそんな気分になれなかった。隣に座る、アーサーを言葉で気遣ってくれたスリーピースの彼は手先や膝小僧に引っ掛けてきた砂をタオルで払い、「屋敷に戻るまではどうかごゆるりお過ごしください」と落ち込む主君の気をくんでくれたようだ。
 そんなことを言われても、ごゆるりするための手段が浮かばない。何をする気にもなれなくてアーサーの視線は自然と車窓の向こう、止まることなく流れる景色へ引き寄せられていた。

 中産階級の住まいが多いと聞いていたためか、あまり見慣れない建物の形を目で追おうといつしか窓の景色にのめり込んでいた。屋根の色、窓の形、通りを歩く人々、全てを目に収めようとしてあっちにもこっちにも視線が行く。休まる瞬間といえば赤信号で車がとまったている時間だけ。何度目かになる停車にアーサーがこれ幸いと街並み観察を再会した、その時だった。

 泥水が跳ねる。
真っ白なTシャツを汚して頭からすっかり土色だ。

 通りに沿った小さな公園で、この豪雨の中、楽しそうに遊んでいる子供達がいる。年は自分と同じくらいだろうか、木々が邪魔してはっきりと視認できないが、名前も知らない誰かが身体中をどろどろに染めて園内を駆け回っている。すっかり土色を帯びた洋服も髪も顔も気にしていないのか、窓ガラス越しにも聞こえてくる楽しそうな掛け声が耳について離れない。
 ああいう風に遊ぶのは、はしたないのだと教えてもらった。事実、アーサーの周りにいるような子供達は公園で泥を被るほど遊び回ったりはしない。

「ガウェイン。ねえ、ガウェイン」
「はい。ここに」

隣のシートに腰掛け端末片手に何かを思案する素振りを見せている、従者の裾を引く。渋い顔つきを一変させて穏やかな微笑みを浮かべた男は、主の呼び掛けにそれはもう大きく尻尾を振った。

「彼らは何をしているの?」
「どれ…。ーーー追いかけっこ、いや泥の掛け合い…。じゃれ合っているのに変わりはないでしょうが、大変な格好になっていますね」
「楽しいのかな」
「雨も気にならぬほど夢中になっているようなので、間違いないかと」

そっか、アーサーは独り言のような応えを返したっきり、ずっと窓にへばりついていた。やがて信号の色が青緑に染まり、車が動き出す。枠の隅から消えてなくなるまで興味は泥だらけの子供達へ一直線に向かっていた。不思議な問いかけもあるものだと、ガウェインは横目に主君の様子を伺う。表情こそ見えないがどことなく一連の子供達の有様に心惹かれているのが感じ取れた。

「アーサー様」

天候とあいまってか、モノクロフィルムをかけたような車内に黄金の髪が浮あがる。首を向け、ガウェインを真正面から見据える瞳はとうに人の上に立つ者としての気風をまとっている。穏やかなエメラルドグリーンの波の向こうに王者としての資質を持って。この目に射抜かれたが最後、恥ずかしくも背筋に鳥肌が立つのをおさえきれない。まるで恋に花咲く少女のようだと己を揶揄しながら、否定もできず、時が過ぎアーサーが成長していく度に男の忠義はますます燃え上がる。

「雨の外で、遊ばれますか」
「ガウェイン卿、」
「貴公は運転に集中なさい」

前方からの言い分を切って、ガウェインは戸惑う主君へ慈愛の眼差しを向けるばかり。試されているのだとアーサーは直感した。

「やめておくよ」
「…よろしいのですか?」
「うん。珍しいものをみたからつい気になったんだ。泥をかぶったら服が汚れてしまうしね」

アーサーは自分に言い聞かせるようにして呟く。車は地区を渡り歩き、やがてロンドンの一等地へと足を踏み入れていく。外の景色が見慣れたものへ移り変わっていくにつれて男児の興味も少しずつ削がれていく。目的地の近くまでやってくると自身の身だしなみを確認し始めた。服に砂でもついていたら怒られてしまうだろうから、悪い子と思われないように気をつけなければならない。

「パーティーまではまだ時間があります。一先ず洋服は着替えて、それからオルタ様と合流いたしましょう」
「っえ、服は汚れてないよ」

ほら、と両手を拡げる。少し時間があるから、そう聞いて思わず目についた公園に行きたいと強請ったのは、良くなかったのかもしれない。アーサーの胸に小さな後悔が浮かんだ。だが、わざわざ服を取り替える程のことではない。平気だ、大丈夫だと言葉にしてもガウェインはそうですね、とずっと笑ってばかりだった。

「ですが、念の為ということもあります。アグラヴェイン、」
「承知している。替えのものを用意するよう使用人へ伝えておく」

アーサーをよそに勝手に進む会話。彼の意見はあっさり跳ね返された。



豪勢な門を潜り、広い敷地の一角へ車が停る。まず最初に大人の二人が座席を降りて、それからアーサーの扉が開かれる。雨はまだ降っている。しかし続く道の先は一変たりとも濡れぬまま屋敷の入口へと続いている。降車口に差し出された傘が、アーサーを誘い、膝の上で固く握りしめていた拳からふっと力が抜ける。美しい石畳に足をつけて導かれるがままに道を進み、見慣れた宮殿の扉を潜る。

もう二度と砂場で遊びたいとは口にしない、多くの使用人が出迎える中、アーサーが考えたのはそんなことだった。





前へ次へ

TOP