眺めるからの脱却


私が働いているレンタルショップには、週末にホラーDVDを借りて行くお客様がいる。
毎回同じようなものを借りて行くので、飽きないのかと思うが、まあ種類は豊富にあるし、現に飽きていないから何度も借りにきているのだろう。
そして返却期限ギリギリに返しに来るのだが、それは本人ではなく別の男性。それも毎回の事。
そんな少し目立つ行動をしている彼ら2人は高身長でなかなかのイケメン。
そうなれば、店員同士での噂や話題にのぼることがある。
あだ名はホラーの人と返却の人。
本名はホラーの人は大谷吉継さんで、返却の人はわからない。
会員カードはホラーの人しか使わないから。

ホラーの人が借りに来るかもしれない毎週末に私はわざわざシフトに入れてもらっている。

何故なら私はそのホラーの人に恋をしてしまったから。




「いらっしゃいませー」

最近新しく入った、大学生のアルバイト男子のあまり気合いのこもっていない挨拶に反応し、棚を整理する手を止めて入り口の自動ドアへと目を向けた。
何がそんなに楽しいのか、高校生くらいのカップルが腕を絡めて笑いながら入店してきた。
そんな彼らにさほど興味は無く、私もアルバイト男子と変わらないトーンで同じような挨拶を繰り返した。


今日はホラーの人は来ないのだろうか。

毎週必ず来るわけではない。
2週間に1度の時もある。
5週間来なかった時など、私はなんの為にわざわざ毎週末働いているのかわからなくなった程だ。

今日は来るのだろうか。そろそろいつも来る時間帯も終わってしまう。

この入り口を見据えることの出来る棚を整理してどれくらい経つだろう。
もうとっくにやる事は無くなってしまっていた。

今週も空振りかと溜め息を吐きながら別の棚へと移動しようとした時、アルバイト男子のやる気の無い挨拶が聞こえてきた。
それに合わせて声を出そうと入り口を見た私は、内心ガッツポーズを決めた。

ホラーの人が来店した!

仕事帰りなのか、いつもと同じくキチッと着こなされた格好良いスーツ姿で、迷いなくホラーコーナーへと向かって行く。

今日も素敵とニヤける口元を引き締めながら、レジにいるアルバイト男子に仕事の交代を申し出た。
棚の上の方が届きにくいからとか何とか適当な理由を言い、ちゃっかりと彼のレジ担当が自分になるようにした。

さぁ、いつでも来い!

毎回自分がレジをしているのだから、そろそろ彼も覚えてくれただろうか?
そう考えて、いやいやと否定する。
もし、自分が彼の立場だったとして、週に1度通うレンタルショップの店員の顔など覚えていないだろう。
そうなると、やはり1度は会話をしたい。そうすれば少しは印象に残るだろう。
そう考えて何ヶ月経つか。
意識をすればなかなかに出来ることではなかった。
返却時に「これ、面白かったですか?」と聞ければ話も出来るのではと考えたが、返却時は返却の人が来てしまう。
会計の時にレンタルするDVDの話なんか取っ掛りがいいのではないかと思い付いたまではよかったが、彼が借りるのは全てホラー。対して私は大のこわがり。ホラーなんて大っ嫌い。

おそらく今日も話が出来ずに帰ってしまうのだろう。
しかし、それでもいい。今週は彼に会えたのだから。

そう自分を元気付けていると、いつも通り彼がホラーコーナーからまっすぐとこちらにやってくる。


「いらっしゃいませ!」


今日一番の元気な声を出して、いつも通り彼からDVDを受け取った。
1つ1つレジに通していった時、ふと気が付いた。

「あれ?これ前に借りた事ありますよね?」

印象的なタイトルのそれは、ホラー嫌いの私の記憶にも残っていて、思わず口に出してしまい、しまったと思った。
しかし、ホラーの人はさほど訝しむ様子もなかった。

「よく覚えておるな。いやなに、前に借りた時は途中で寝てしまったゆえな」

引かれるという最悪の事態を回避できた私は胸を撫で下ろし、想像していたよりも低音な彼の声に聞き惚れたが。

「しかし、よく覚えておったな」

そう言われて、ギクリとした。

「私、ホラー好きなんです!」

「ほう」

思わず出た適当な言い訳に、ホラーの人は思いの外食いついてしまった。

「ならば、次はぬしのオススメでも借りるとしよ。来週までに考えておれ」

にっこりと笑うその笑顔にドキドキと胸が高鳴った。

「はい!任せてください!」

来週も、また会える!しかも話も出来る!
会計を済ませ、袋を渡しながら最高の笑顔で最高の返事を返した。
その時、私は完全に浮かれていた。
おかげで彼から言われた事を理解していなかったのだ。


ホラー大っ嫌いの私がホラー好きの彼にホラーDVDのオススメなんて出来るはずがない。
でも、このチャンスは逃せない。



私の恋愛はホラー克服から始まったのだ。







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