「好きです!結婚を前提に付き合ってください!」
たくさんの洗濯物をやっとの事で干し終わり、籠を持って振り返ると、この、私が女中として働いている、真選組の局長が右手を差し出して頭を下げていた。
その手の先は私。
「……はいはい、ありがとうございます。」
にっこりと笑顔を返し、局長さんの隣を通りながら次は何をしようかと残った仕事を指折り数えた。
「ですから、お嬢さん!俺の想いは本気なんですよ!」
ぐるりと私の前に回り込んだ局長さんは、私の顔を覗き込んだ。
その表情はキリッと真剣に見えた。
「わかってますよ、そんなにしょっちゅう言わなくても。だから、ありがとうございます。」
行く手を遮られた私は、すいと局長さんを避けて行く。
「俺は諦めませんからねー!」
局長さんの叫ぶ声を背中に受けながら、籠を戻しに部屋へと向かった。
次の仕事を済ませるべく台所へ行けば、他の女中達が昼御飯の準備をしていた。
そこに混ざり、まだ洗われていない芋をざぶざぶと洗っていく。
「さっき大丈夫だった?」
隣で芋を洗っていた、二つ先輩の女中が声をかけてきた。
さっきとはきっと先程の局長さんの事だろう。
「大丈夫ですよ。いつもの事ですから。」
「いつもねぇ……ほんとお嬢も大変ね。あんな人に追いかけ回されて…」
はぁ。と苦笑いを返し、この話を終わらせようとするが、先輩は気付いてないのか1人ペラペラとしゃべり続ける。
「あの人の女好きは有名よ。前もどこかのホステスだかに入れ込んでストーカーしてたとか」
その話何度も聞いてます。
そう言いいたいのを我慢して、愛想笑いを浮かべながら1個1個芋の泥を落としていく。
「絶対信用出来ないわよ。あんたも気をつけなさい。まあ、あんなゴリラに騙されるわけないと思うけどね」
満足したのか、先輩は洗い終わった芋を山盛り乗せた籠を持って去っていった。
愛想笑いのせいで頬の筋肉が疲れているのを感じながらざぶざぶと洗っていく。
あんな女好きのゴリラに騙されないように。
わかってる。
局長さんがあんな事言うのもきっと私だけでなくて、いろんな女性に声をかけているのだろう。
こんな田舎娘、コロッと騙されるところだったわ。
先輩に言われた事を反芻して、キッと心を締め直した。
洗った芋を運ぼうと籠を持ち上げると、その拍子に1つ上からコロコロと転がった。
あっ。と思った時、横から伸びてきた手にヒョイと芋が救われた。
「ありがとうございます」
ほっとしながらその手の主を見上げると、そこには局長さんの姿があった。
「ナイスキャッチだったでしょう!」
ニッと爽やかに笑う姿にドキリとするが、先程の言葉を反芻して落ち着かせる。
「これ、持って行くんですか?」
そう言って手にした芋を1番上に乗せると、その籠を私から奪ってしまった。
「えっ!?持っては行きますけど…私が運びますよ!」
「いいですよ、手伝います」
「でも、重いですし…」
「全然、余裕です!」
そう言う局長さんは、本当に軽々とその山盛りの籠を持っている。
彼の太くて逞しい腕につい目が行ってしまう。
「すいません、ありがとうございます…」
「うん。で、今日の飯はなんですか?芋が山盛りですね」
「カレー用の芋です」
「カレーか!いいですね!俺の好物だ」
嬉しそうに笑う彼が可愛い。
「毎日カレーでもいいなぁ」
「それじゃあ、栄養が偏っちゃいますよ。でも、毎日の献立には悩まなくて良さそうですね」
「でしょう?どうですか?毎日俺にカレーを作ってくれませんか?」
「毎日は無理ですねぇ。でも出来るだけ増やせるか給仕長に相談してみますね」
「いや、そうじゃなくて。お嬢さんに!俺だけのために!作って欲しいんです!」
驚いて局長さんを見上げれば、いつもの真剣な目と視線がぶつかった。
かあっと顔が熱くなるのを感じながら、慌てて視線を逸らした。
「また、そういうことを言う。あまりからかわないでください。他の人と違って田舎者は免疫ないんですから」
「いや、だからからかってなんかないですよ!」
「……他の方はそう言われても軽くかわせるでしょうが、私にとってはそれは難しい事なんです。だから、そういう事は私以外の方に仰ってください」
「え、何でですか?」
「だから…私はそういう冗談は苦手なので、他の女性に…」
「いや、ちょっと待ってください。何度も言ってますけど、冗談でもなんでもなくて俺は本気ですよ!それに他の女性って…俺はお嬢さん以外には言いませんよ」
「でも、ホステスさんとか…他の女性……」
「お嬢さんだけです」
そう真っ直ぐ私を見据える局長さんはいつもの真剣な表情だった。
その視線から熱が放たれたように、ぐんぐんと全身の体温が上がっていく。
「あ、え、えっと……も、もうここで大丈夫です!ありがとうございました!」
そう言って勢いよく籠を取り上げ、足早にその場を立ち去った。
その時触れてしまった彼の手の感触が消えないままずっと残っていた。
ゴトンと大きな音を立て、先程一緒に芋を洗っていた先輩の隣へと並んだ。
「どうしたの。慌てて」
「いえ、何でも…」
「あ、わかった!まぁたあの人でしょ」
見抜かれた事にドキリと心臓が跳ねた。
「ほんと、懲りないわよねぇ。ほんとしつこい人」
はあ。と先程と同じように愛想笑いを浮かべて、並んで皮を剥き始めた。
さすが先輩というべきか、彼女の手の中でリズミカルに回された芋から皮が無くなっていく。
「いくら一途っていっても、やりすぎはダメよねぇ」
「……え?」
「ストーカーよ。ストーカー。一方通行の重すぎる愛は迷惑よねぇ。」
「愛……?」
「そうよ。お嬢が何度も断ってるのに、それでも諦めないって…ねぇ。よっぽど好きなんだろうけど……一途過ぎるのもこわいのね。勉強になったわ」
「局長さんが…私を……?」
一途?
「何を今更?ずっとあんたにプロポーズしてたじゃない」
「いや、あれは冗談じゃ……」
「ただの冗談であんなに真剣に毎日しつこく付きまとわないでしょ」
「でも、女好きって…他の女性にも同じように…」
「まあ、女好きっていうか惚れた女にゾッコンなタイプよね。てか、あんた、あの人が他の女性に求愛してるの見た事あんの?」
そう言われて、ことりと胸に何かが落ちてきた気がした。
そこからじわりじわりと身体に広がっていく熱に戸惑いながら、頭はいっぱいになっていく。
後で、局長さんに失礼な事を言ってしまっていた事を謝らないと。
……でも、どんな顔をして会えばいいのかわからない。
とりあえず、今日の夕飯は彼の好物だと言うカレーを心を込めて作ろうと思った。
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