コツコツと靴の音を響かせながら静かな船内を歩いてゆく。
服はボロボロで強い血の匂いに混じって埃っぽさも感じる。
さっさと自室に戻ろうと角を曲がったところで、遠くから少し高めの女の足音が近付いてきた。
「おかえり、阿伏兎」
ぱたぱたと子犬のように走りよってきた彼女の足が立ち止まり、驚きの声を上げた。
「ボロボロじゃない!大丈夫!?」
「んー…まあ、いつもより少し疲れたかもなぁ」
「少し疲れたって…珍しく怪我して……」
そう言って近付いてきた彼女に、思わず左腕を隠すように後ろに下がってしまった。
その態度に引っかかった彼女が逃げる俺の腕を掴もうとして、マントだけを掴んだ。
一瞬、きょとんとした彼女だが、慌てたようにマントの中身を確認する。
そして、無くなってしまったそこを確認して、絶句していた。
きっと彼女の事だ。手傷を負って帰ってきた事を茶化してくるのだろうと、彼女の言葉を受ける覚悟をする。
しかし、それらは聞こえてこない。
不思議に思い、彼女を見下ろしてギョッとした。
大きな瞳をめいっぱい開き、そこからずっと止まることなく涙がぽろぽろと流れていっている。
唇をきゅっと結んで、眉根を寄せて。
勝気でわがままでいつも笑っている彼女の初めて見るその表情に思わず動揺してしまう。
「おいおい、どうした。珍しく、しおらしいじゃねぇか」
そうおどけた調子で聞くが、彼女は返事もせずに変わらず俺のマントを握りしめて、目から床へと涙を落としていく。
その様子に溜息を一つつき、彼女の小さな頭に右手を乗せてやる。
初めて触れたそれは、思っていた以上に小さく、自身の手の中にすっぽりと収まってしまう。
「阿伏兎、もう戦わないでよ」
「んなこと…」
「阿伏兎、弱いんだから」
「おいおい、誰に向かって弱いなんて言ってんだ?」
「だってこんな大怪我してるんだもん。弱いんじゃん」
この手に少し力を込めるだけで死んでしまうような小娘に弱いと言われるとは。
表情を伺おうにも、俯いたままなのと自身が乗せた手が邪魔で知ることは出来ない。
「これは戦闘でじゃなくて、団長達を止めるために…」
「でも無傷では止められなかったんでしょ。弱いから」
言い返す言葉が出てこない。
「次は死んじゃうかもしれない。弱いから」
「はいはい、弱いですよ、俺は。はっ……お前さんは俺を責めるのがうまいねぇ。腕よりプライドの方が重症になっちまうよ」
「重症になったらいいよ。立ち直れないくらいボロボロになって。それでずっと船から降りなければいい」
「そうなれば、春雨は用済みになった俺を宇宙に捨てるだろうがな」
そうからかってやったら、再び黙り込んでしまった。
またあの大きな瞳にいっぱい涙を溜め始めた事を想像して、無いはずの良心が痛む。
頭に乗せていた手に優しく力を入れて引き寄せると、なんの抵抗もなく、小さな頭ごと彼女は俺の胸に身を預けた。
「すまねぇ。言い過ぎた」
謝って、そのまま柔らかい髪をなでてやると、わぁと声を上げて泣き出してしまった。
子供をあやす様に自分の何周りも小さな背中をさすってやる。
そうしても、泣き声は収まるどころか、こんな小さな身体で、動けなくなるほど強く、縋り付くように必死に腕を回してくる。
合わせるように自身の腕を彼女の背中にしっかりと回し、抱きしめる。なんて弱くて小さい。
「もっと、もっと強くなって、阿伏兎」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、真っ直ぐ目を見て訴えてくる。
「そうだな、オジサンも死ぬのが惜しくなっちまった」
そう笑って、彼女の涙を拭いてやろうと腕を伸ばしかけて止まった。
片腕くらいかまわねぇと思っていたが、腕がちと足りねぇじゃねぇか。クソッタレ。
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