「おっ、お嬢」
そう呼びかけながら、少し薄暗く感じる船内の廊下を前から歩いて来たのは阿伏兎だった。
先日地球から帰船した時には無くなっていたはずの腕をひらひらさせているものだから、お嬢は一瞬ぎょっとしてしまった。
「俺が腕無くしちまったのを見て、お前さんショック受けてただろ。新しい腕が出来たから見せに来たんだが」
新しい手を開いたり閉じたり、腕を動かしたり。
本当に滑らかで、そういう事に明るくない者でも技術の高さがよくわかる。
阿伏兎は義手の凄さを披露していくが、お嬢の表情はムスッとしており、不満そうにその義手を見るだけだ。
確かにソレは阿伏兎の腕で彼の手になっていて、動いている感じも見た目も違和感は無い。
しかし、お嬢としては不満だった。
「でも阿伏兎の手じゃないじゃん。ソレ」
「まあ、そうだけどよ。すげぇぞ、本物と変わりねぇ」
ほら、と面白そうにお嬢へ向けて指を自在にわきゃわきゃと動かして見せる。
「……スケベじじいみたい」
「男はみんなスケベだしジジイになんの」
この凄さを体感してみろとばかりに左手を伸ばしてくるのを、お嬢はパシンと猫のようにはたいた。
その様子に出した手を引っ込めて阿伏兎は笑う。
「…耳は治さなかったんだ」
「あ?んな所、治さんでも問題出ねぇだろ」
そう言って、視線を向けられた、欠けた耳を義手で触る。
驚異の治癒力を誇る夜兎でも、無くなったものは再生しないらしい。
腕とは違い、そこは変わらず欠けたままになっている。
「なんか…阿伏兎に残る傷つけたの…ずるい」
「なんだそりゃ」
ハッと笑う阿伏兎をお嬢はまだ不満気に見つめていた。
「だったらお前さんも俺に傷を付けてみるか?」
「つけない。阿伏兎が傷つくのはイヤ」
「わがままな嬢ちゃんだ」
「女はみんなわがままなのよ」
むんとむくれた顔も変わらず、じぃっと阿伏兎を睨みつける。
そんな彼女に怖さなど微塵もなく、年相応の幼さが残っている姿は可愛らしさしか感じない。
「そうか。そりゃ悪かったな」
くつくつと笑いながら、阿伏兎は自分の右手でお嬢の頭をぐりぐりと撫でてやった。
そうしてようやく、お嬢の機嫌が少しなおるのだった。
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