「お嬢なら熱出して寝込んでるよ」
用事でもない用事を無理矢理作り、お嬢がいつも働いている春雨のメインコンピュータだかなんだかの部署に行けば、何故か居た団長にそう言われた。
「何でそんな事俺に言うんですかね、団長さんは」
「知りたいかと思って。阿伏兎、看病に行ってあげたら?」
いつもの食えない笑顔で団長は答えた。
看病なんて柄でもない自分にそんな事を言うなんて。からかっているのか、面白がっているのか。
「熱程度。わざわざ行かなくても…」
「そっか。地球人って弱いから、すぐ死んじゃうかと思ったんだけど」
そう言われて、思わず団長を観る。
「地球人の治療法なんてうちに無いからさ、とりあえず適当な薬飲ませたらしいんだよね」
「お嬢、大丈夫かなぁ」なんて表情も変えずに全然心がこもっていない声で言うと、団長は部屋を出て行った。
***
団長の言葉に踊らされているようで癪だ。
そう思いながらも、足はお嬢の自室へと向かい、手はお嬢の部屋の扉をノックしていた。
少し待っても返事は無かった。寝ているならそりゃそうかと思い、少し悩んでドアノブに手をかけてみると、扉はすんなり開いて阿伏兎を迎え入れた。
初めて入る部屋に周囲を見渡す。
ベッドと机程度が置いてあるだけの狭く簡素な部屋だ。目当てのお嬢はその小さなベッドで寝ているらしく、小さく布団が盛り上がっていた。
そこに声をかける。
普段から怯えた態度をとっているお嬢だ。突然自分が現れれば更にぶっ倒れちまうかもしれねぇな。
そんな事を考えながら、そっと近付いていった。
ベッドの脇に立ち、寝ている顔を覗き込む。
お嬢の白い肌は紅く染まり、荒い呼吸を繰り返していた。どう見ても辛そうだ。
そうしていると、阿伏兎の気配を感じたのかお嬢が薄く目を開いた。
「よう、お嬢」
「あぶ…と…さん……?」
熱で潤んだ瞳を阿伏兎に向け、舌っ足らずのような声で名前を呼んだ。
「大丈夫か?熱は?何か食うか?」
「…んーん……いらない……」
瞼が重いながらも、阿伏兎の方をじぃっと見上げて答えたお嬢に、阿伏兎は静かに驚いていた。
お嬢はいつも、目を合わさない、返事も聞こえるか聞こえないかの声量、何よりとって食われるんじゃないかと思っているのか緊張と怯えが強い態度しか見た事が無かったのだ。
これは寝起きだからか、熱のせいか、団長が言っていた薬のせいか。
まあ、阿伏兎にとってはどれでもいい。
「何か欲しいもんあるか?」
「んー…」
「俺はあんたら地球人のやり方は知らねぇ。こんな時はどうするのがいいんだ?」
変わらず重たそうな瞼を持ち上げながらも、阿伏兎を見上げてくる。
お嬢の顔をこんなにまじまじと見るのは初めてで、もう既に様子を見に来た甲斐があったと思った。
少し間をおいて、お嬢が被っていた掛け布団をばさりと捲った。
当たり前だが、中には無防備なお嬢のパジャマ姿があり、阿伏兎は突然の出来事に面食らってしまった。
「熱…の時は…人肌であったかくなるのが…いい……」
「……お前さん、本気か?」
いつもの彼女から想像も出来ないような提案に狼狽える。が、それは一瞬だった。
そっちが誘ってくるならこれ幸いと、羽織っていたマントを机に無造作に脱ぎ捨て、靴を脱いで素直に布団へと招かれる。
お嬢に丁度いいサイズのベッドだ。大きな阿伏兎には小さすぎる。そこに無理矢理入った為にお嬢との距離は数センチばかりだ。
「これでいいか?」
普段あれだけ内気なお嬢がどう自分を誘ってくれるのか。
そんな事を考えながら隣に寝転がり、にやりと笑ってお嬢を見下ろしてやる。
すると、お嬢が腕をのばして阿伏兎との距離をゼロにした。
「んー…あんまり…あったかくない…服が……邪魔…」
文句を言いながら、すりすりと阿伏兎の胸へ頭を擦り寄せる。
吐く息や触れてくる手、薄いパジャマから彼女の熱の高さがよく伝わってくる。
仕方ないか、とぼやいて阿伏兎はお嬢のぬくい頭を撫でてやることにした。
せっかくの状況だが、病人相手に盛るほど飢えちゃいねぇ。またゆっくり落としてやることにするかと一人笑った。
しばらく経っても眠りにつけないのか、お嬢は顔を押し付けたり、背中をなでたりとゴソゴソと落ち着きなく動いていた。
「なにか…お話して…」
「何かって…俺はおしゃべりは上手くねぇんだ」
「ん……知ってる…」
その返答に、コイツ、わざと言ってるのか?と小さく顔をしかめる。
「なぁ…お前さんは、春雨に乗って後悔してんじゃねぇか?」
半ば強制的に連れて来られたような境遇だ。
お嬢の性格的に拒否も出来なかっただろう。逃げ出す事も出来ないだろう。俺たちに出会わなければと後悔しながら日々を過ごしているのだろう。
彼女はどうであれ、自分としては目をつけていた女が船に乗り、いつでも口説き落とす事ができる状況になったのはラッキーだったと思っているのだが。
そう、今まで面と向かっては聞けなかった事を聞いてみたのだ。
「こわい…けどぉ………阿伏兎さんがいるから」
お嬢の口から自身の名前が出てきた事に驚いて髪をすいていた手を止める。
「俺……?」
「そうー」
楽しそうな声が返ってくる
「かっこいいから」
表情を読み取ろうとも自分の胸元に埋められていて窺い知ることは出来ない。
「……お前さん、俺の事が好きなのか?」
そう聞けば、んへへっと初めて聞くお嬢の笑い声が聞こえてきた。
「阿伏兎さんはぁ…私の事…好きなの?」
声が発せられるたび、彼女のぬくい息が吐き出されている。
自分の胸が温いのはきっと彼女の顔が押し付けられているから。
「そうだな…好きだ」
自分の感情を言葉にするのは幾つになっても気恥しくなるようだ。
「じゃあ…お揃いねー」
なんて間延びした声が返ってくる。
「お揃いならどうする?俺の女にでもなるか?」
余裕そうに振る舞ってみるが、胸に響くこの大きな心臓の音が、ピッタリとくっつかれた耳に聞こえているのではないかと思う。
どんな返事がくるのか。彼女の言葉を待つが、お嬢は、んー…と声を漏らしただけで、再び熱い息を吐きながら寝息をたててしまった。
おいおい、おじさんが虚勢はって言った告白をそのまま放置すんのかよ。この娘は。
阿伏兎はため息をひとつつく。
ぎゅうと抱きついてくるその態度が、今もらえる返事だと受け取っておいてやることにした。
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