お嬢と付き合って半年。
キスは何度もしている。体を重ねた事は無い。
阿伏兎にしては珍しい事だ。別に遠距離恋愛だとか会う時間が少ないという事でもないし、ましてや彼女を大事にして手を出していないなどという紳士な振る舞いでの事でもない。
理由はただ一つ。彼女が拒むから。
無理矢理するのは趣味じゃねぇとお嬢の心が決まるまで待っていたが、いい加減どうしたものかと考えていた。
今も阿伏兎の部屋で二人きりで過ごすうち、大人の恋人同士だ。そういった甘い雰囲気にはなる。
二人並んでベッドに座り、キスをする。
軽いものから始まり、阿伏兎の舌でお嬢の唇を舐めれば、薄く開かれる唇から口内へと阿伏兎の舌が侵入していく。
熱い舌が口内を犯していくのを受け入れるようにお嬢の舌も応える。
絡み合い、唾液が混ざり合う音が耳までも犯していく。合間にもれる呼吸から熱が溢れるが冷めることはない。
阿伏兎がゆっくりと体重をかけてやると、お嬢はそのままベッドへと転がる。はずなのだが、その阿伏兎の身体をお嬢の細い手が押しとどめた。
「ん…はぁ…ストップ。もう終わりです」
熱い吐息を吐きながらも、阿伏兎から離れた唇で何度も聞いた言葉を紡いだ。
「聞き飽きちまってんだよ。それ」
いつもはここで身を引いてやっていた。
しかし、今日はお嬢の言葉を聞かずにそのまま更に体重をかけて押し倒していく。
「ちょっと、待ってくださいっ。ヤダ!」
いつもと違う展開に、慌てて阿伏兎の体を自分から離そうと押し返すがビクともしない。
力も体格も阿伏兎との差がありすぎるお嬢はそのままベッドへと沈められてしまった。
「阿伏兎さん!」
阿伏兎からすれば、じゃれつくようなささやかな抵抗だ。それを繰り返すお嬢の体に手を這わせる。
服の上からでも華奢な体がよくわかる。
先程までの続きと、唇を重ねて舌を押し込む。さっきは応えていた小さな舌が逃げようと動いていく。
捕まえて、絡みついて、舐め上げて。その最中もお嬢の腕は力が込められたまま、阿伏兎の体を引き離そうと押し続けている。
嫌がる唇を解放してやり、お嬢の顔を見下ろせば、瞳いっぱいに涙を溜め、溢れ零れていっていた。
俺に抱かれるのがそんなに嫌か。
お嬢の上に覆いかぶさっていた体をよけてやる。
離れてやってもお嬢は泣き止まず、瞳から涙が溢れていく。
「悪かった。もう二度としねぇよ。お前さん、もう帰りな」
そう、出来るだけ優しい声色で言うと、泣き続けるお嬢の頭を軽くひと撫でして手を離してやる。
そしてそのまま近くのソファーへと腰を下ろした。
「そんでもうここに来るな」
聞いたお嬢が勢いよく飛び起きる。
「えっ…なんで…」
「もう別れるって言ってんだ。って言っても付き合ってたのかどうかも怪しいもんだがな」
惚れた腫れたと一喜一憂したり相手を想ったりとガキみてぇに初々しい事していたわけではないしな。
後腐れなくまた自由にやればいいだけよ。
拗ねているわけではないと落ち着いて言葉を投げかけていく。
「やだ」
「はぁ?」
「別れたくないです。嫌いにならないで」
ぽろぽろと涙を零しながらわがままを言うお嬢に肘をついてため息をはく。
「お前さんが俺を嫌がってたんだろ」
「嫌じゃない」
「いや、さっきも嫌がってたじゃねぇか」
「………する」
何を言っているのか意味が分からず、思わず「あ?」と眉間にシワを寄せ、ドスの効いた声で聞き返してしまった。
「阿伏兎さんとエッチします。だからまだ別れないで」
「はぁ…お前さんは…俺がセックス出来ねえから別れると思ってんのか?」
こくんと頷くのを見て、湧き上がる苛立ちを大きなため息に混ぜて吐き出す。
「随分と見くびられたもんだな。俺はそんなに女に困っちゃあいねぇよ」
そう言われたお嬢がショックを受けたように阿伏兎の方を見てまた涙を流していく。
「何をそんなに泣くことがあんだ。別れれば怖い事も嫌な事するヤツも居なくなる。お前さんにとってそれがいいじゃねぇか」
そう言って笑ってやるが、その笑顔が寂しそうに見える事に阿伏兎自身も気が付いていない。
「良くない。ヤダ。捨てないで…」
お嬢はぐすぐすと泣き続けるばかりで、部屋を出て行く気配も立ち上がる様子も全く無い。
「俺はお前さんを解放してやるって言ってるんだがな」
「じゃあ、別れるなら最後に抱いてください」
散々拒否してきた事を今更?
真っ直ぐに見つめてくる瞳を受けて、阿伏兎は更に自身の眉間に寄せた皺が深くなるのを感じた。
「お嬢は俺に抱かれたくないんだろ?俺も嫌がるお前さんを無理矢理抱く気はねぇよ」
「嫌じゃないの!」
首を大きく左右に振ったせいで、涙がベッドへと飛び散ってしまうのではないかと思った。
それ程の反応と今までの拒否の様子に違和感しかないと、阿伏兎はベッドに座るお嬢の隣に座り直した。
「訳わかんねぇ。ちゃんと話してみろ」
「……飽きられると思ったから……」
俯いてぽつりと言った。
話を聞けば分かるかと思っていたが、聞かされた言葉の意味がわならなさ過ぎて、阿伏兎は眉根を寄せて聞き返した。
「一回抱いたら、飽きちゃうって…二回は無いって…」
思わず、はぁ!?と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だから、阿伏兎さんとちょっとでも長く付き合いたいから……しないようにって思って…」
「待て待て。なんだそれ。そんな事誰に聞いた」
「みんなが……阿伏兎さんは女を取っかえ引っ変えしてるって…一回抱いたら捨てるって……」
ガックリ項垂れて、そんな事をお嬢に吹き込んだ誰かもわからないヤツに苛立ちを募らせた。
頭が痛くなるように感じ、眉間とこめかみを指で軽く揉んでやる。
「で、お前さんはそれを信じたってわけか」
「阿伏兎さん、強くてカッコよくて色っぽくて、大人だし…私のこと、珍しいから構ってるだけで、もっと綺麗で胸も大きくてスタイルいい人の方が好きだろうし……だから、しなかったらまた会ってくれるかなって……」
そう言って沈んでいるお嬢の頬を片手で掴むと、自身の方に向かせて、ぷにっと軽く潰してやる。
再び涙を溜めていた顔が阿伏兎の手で変えられるが、泣き出しそうなのは変わらなかった。
「まったく…お前さんは…俺がすぐヤリ捨てするヤツだと思ってたって事か?え?」
そう言われて、お嬢はうっと言葉に詰まった。
「そうは思ってないです……けど…でも、もし本当だったら、阿伏兎さん、私なんか二回も抱かないでしょ?」
そう問いかけて、悲しい、縋るような目を阿伏兎に向けた。違っていて欲しい。けれども、それは理想で願いなのだと。
「お前さんが考えてた俺はそうかもしれんが、ここにいる俺は二回でも足りねぇくらいだがな」
そう言われ、驚いて阿伏兎を見上げたお嬢の唇にキスする。
ほっぺたは掴まれたままで、阿伏兎の唇から逃げる事は出来ない。いや、もう逃げる理由も無くなる。
「お嬢が勘違いだった、ごめんなさいって謝るまで抱いてやるよ」
「え…」
「もう嫌だって言っても止めてやらねぇ。好きな女は何回でも抱きてぇって思ってる男だって事、ちゃんとわからせてやらねぇとな」
そう言って阿伏兎はニヤリと笑い、お嬢は再び涙を零していく。
ぽろぽろと溢れる涙は止まらず、拭う袖の色が濃く広がっていく。
もう止める気の無い阿伏兎だが、好きな女が泣いて嫌がる様はやはりあまり見たくは無い。
「今さら怖気付いても遅えよ」
止まらない涙を大きな男の掌で拭ってやる。
出来れば涙くらい止めていて欲しい。
「ちがっ…やっと、阿伏兎さんに、触れてもらえるって…もう、抱いてもらっていいんだって…思ったら…良かった……」
拭ってやった掌を震える細い手が握りしめる。
相変わらず止まらない涙が溢れてくるのは、笑顔の瞳から。
「はっ…可愛い事言うじゃねぇか」
目を細めて笑う阿伏兎がキスをひとつ落とす。それに応えると、お嬢は阿伏兎の太い首に腕を回して引き寄せた。
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