尻に敷かれるのは確定で


地球に寄ることになったもんだから、数ヶ月ぶりにお嬢に会いに行ったわけよ。
久しぶりに会ったお嬢は変わらねぇ様子で。ただ、いつもなら会うのはお嬢の家かホテルかってとこが多いんだが、今回はお嬢からの指定で昼間のファミレスだった。


「阿伏兎久しぶり。まだ生きてたんだ」
「おかげさまでな。アンタも変わりねぇようで」
そう返すと、お嬢は笑ってドリンクバーのジンジャエールを飲んだ。ジュースなんか飲んでる姿を見るのは初めてで、珍しいと思った。
「で、なんで今回は昼間っから会おうって思ったんだ?しかもこんな店で」
「ん、ちょっと話したい事があってね」
「話?んなもんいつものホテルででもすりゃあいいだろ」
お嬢は少し考え込む仕草をして黙り込んだ。
何か言いたい事があるんだろうと、黙って言葉を待つ。
「あのさ、私、できちゃったみたいで」
「ん?」
「赤ちゃん」
「は?」
「妊娠」
「え、は、はぁ?」
俺をからかっていたり、嘘をついている雰囲気は全く無く、真面目な顔でじぃっと見つめてくるお嬢を、何度も瞬きしながら見返す。
「ちょ、待ってくれ。妊娠?」
「そう。いるの」
「誰の」
「阿伏兎と私の」
何度言われても実感も現実味も何も無い。

俺は夜兎で、アイツは地球人。種族が違う。
ガキなんて出来ねぇと思ってた。
だから避妊なんて事は考えちゃいなかったし、俺もアイツもお互い好きにヤッてたんだ。

正直、恋人同士なんて甘いもんでもなく、地球に居る間に会えばヤることヤッて、適当に二人で過ごして、また宇宙に戻る。そんなもんだった。
俺はともかく、お嬢は俺の事をどう思っていたかなんぞ知らない。所詮体だけの関係だと思っているだろう。
現に俺が宇宙に行こうが数ヶ月会わなくなろうが涙はもちろん引き止めもしない。地球に来た時だって会うための連絡を入れるのはいつも俺からだ。

そう考えれば、俺が地球に居ない間はお嬢は好きに別の男とでもよろしくしてる可能性だってあるじゃねぇか。
夜兎の俺との間にガキが出来る方がありえねぇだろ。

混乱した頭でそんな事が過ぎってしまった。
だからだろう。

「それ、本当に俺の子か?」

なんて言ってしまったのは。

それを聞いたお嬢の顔からスっと表情が抜けるのが分かった。
「そうだよ。阿伏兎の子。阿伏兎しかいないよ。私、阿伏兎以外とヤッたこと無いから」
抑揚の無くなった声にドキリとする。
「私、好きな相手としかそういう事しないから。一途なのよ」
「阿伏兎と違って」そう言って笑ったお嬢は目が全く笑っていなかった。
そして、椅子から立ち上がると
「それじゃあね、阿伏兎」
そう言ってドリンクバーの代金を置いて店から出て行ってしまった。

まだ頭の整理がついていない。
お嬢が妊娠した。しかも俺の子だと言う。
何の覚悟も準備もない。
お嬢と俺はただのセフレの関係だと思っていた。
お嬢には俺以外もいるかもしれないと。
一途ってなんだ。しかも俺とは違ってってよ。
俺もお嬢以外とはしてねぇよ。
てかめちゃくちゃ怒ってただろ、あれは

ゆっくりと、じわじわと浸透させるように考えを巡らせていく。


あれは、俺が、悪い。


「クソッ。しゃあねぇ」
そう呟くと、ケータイを取り出してお嬢の番号にかける。
ワンコール、ツーコール……
何度かコールを鳴らすが、出る気配は無い。
もう一度かけ直す。やはり何度鳴らしても応答は無かった。
俺はケータイをしまうと、立ち上がってレジへと向かった。







***






お嬢のマンションの部屋の前。

お嬢は一向に電話に出ないうえ、あまつさえケータイの電源まで切っている様子だ。
直接部屋に出向くが、チャイムを鳴らしても応答は無く、中に誰かいる様子も無い。仕方がないとこうして帰ってくるのを待っていた。
たまに通る住民が驚いた顔や訝しげな目をこちらに向けてくるのを受けて、合鍵くらいもらっておけばよかったと今更な後悔が出てくる。

何時間待っただろうか。
夜中の一時を回った頃、よく知った姿がエレベーターホールからこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「よう。帰ってくんのが遅せぇじゃねぇか。身重の身体でどこ行ってたんだ?」
「阿伏兎さんには関係無いんじゃないですか?」
「厳しいねぇ。俺はお嬢の事を心配しているだけなんだがなぁ」
️お嬢のツンとした態度に苦笑いして答えるが、その冷めた態度は変わる様子は無かった。
「あー………すまねぇ。悪かった」
「何がですか?」
頭を下げた様子を見てもお嬢の態度は相変わらずで、腕組みをしながら冷ややかな態度だ。
「あんたを疑うような事言ってよ」
「別に。阿伏兎さんは宇宙で遊び回っていらっしゃるでしょうし。それは阿伏兎さんの価値観ですから」
「遊んでねぇよ」
「へぇ〜」
「信じてねぇな」
「別に。阿伏兎の下半身のやんちゃぶりなんて私にはもう関係ないし」
「そういうお前さんはどうなんだ」
「言ったじゃない。私は一途なのよ」
「俺の事が好きってことかい」
「そうよ。知らなかった?」
「知らねぇなぁ。そんな事言われた事もねぇし、態度に出された事もねぇ。会いに行くのも連絡するのもいつも俺からじゃねぇか」
「いつ地球に戻って来るのか知らないのに連絡しろと?」
「……地球を離れる時だってあっさりしたもんじゃねぇか」
「泣きわめいて縋って欲しかった?阿伏兎そういうの嫌いでしょ?」
グゥと唸り、次の言葉が出てこない。
「本当に、俺が悪かった。勘弁してくれ」
「で?」
「…で?」
お嬢の態度は変わらず腕組みの状態だが、拒否の態度が和らいだように感じられる。
だが、彼女が問い返した意味は理解できずに首を傾げた。
「阿伏兎が謝ったから何?私が許したから何?どうするの?」
昼間のファミレスで見たのと同じ、お嬢は真面目な顔でじぃっと見つめてくる。それを受けて大きく息を吸い込んだ。

「俺に責任取らせてくれねぇか」

そう言ってお嬢を見つめ返す。
覚悟を決めた、真剣な眼差しで。

そんな俺から視線を外し、お嬢は左手を上げた。
「物足りないと思わない?」
お嬢は手の甲を俺の方に向けて、指をひらひらとさせた。
突然の行動の意図が分からない俺に、お嬢は薬指を触りながら「何もはまってないの。おかしくない?」と再度問いかけながら俺を見る。

理解した俺は安堵のため息を吐きながら、彼女に近付き優しく抱きしめた。
「お前さんの欲しいもの贈らせてくれや」
「春雨第七師団副団長の妻として相応しいものがいいわね」
腕の中から聞こえてくる声はいつものお嬢で、俺の心を満たした。
「これからの生活に支障が出ねぇ程度で頼むわ。ガキが産まれるのに無一文は勘弁してくれ」
「善処するわ」
くすくすと笑いながら背中に手を回して抱きしめ返してくるお嬢を夜風から守った。









短編トップ
小説トップ
トップページ