お風呂からあがり、タオルでさっさと身体を拭う。
下着を履いたら、服を着るのなんか後回しと少し湿ったバスタオルを身体に巻き付けて脱衣場を出た。
今日何度も見た時計の針はもうすぐ二度目のてっぺんへと到達してしまいそうだ。
ローテーブルに置かれたケータイを掴むと、ディスプレイを確認し、小さく息を吐いた。
『今日、私の誕生日なんだけど』
そう書いた、一時間程前に阿伏兎に送信したメールにはいまだ返信はない。
彼が連絡がマメなタイプで無い事は知っているし、彼女の誕生日だからと気をきかせるタイプでもなさそうだ。そもそも私の誕生日を知っているのかも怪しい。
昨日から、もしかしたら日付けの変わったタイミングで連絡あるかも?なんて内心小娘みたいに浮かれていたけど、何も無く。朝起きても何も無く。昼、夕方と時間は過ぎ、夜にとうとう自分から連絡してしまった。
いい大人が、恥ずかしい。とか思うが、大人だろうが子供だろうが、自分の特別な日に特別好きな人からのお祝いの一言が欲しいと思ってしまうのは仕方ない。
「メールでいいから一言くらい欲しいー」
なんて思わず独り言が出たが、嘘。会いたい。
本当は会ってお祝いして欲しかった。
付き合って初めての誕生日。ちょっと特別な事期待したりさぁ。
んーん。何にも無くてもいい。会えたらいい。
・・・・でもやっぱりおめでとうのハグぐらいはして欲しいな。大きくて強い腕でぎゅーって抱きしめてくれるの。私も阿伏兎の体に腕回してさぁ、ぎゅーってしたいなー。どれくらいしてないんだろ。
もう何週間会ってない?1ヶ月?いくら仕事っていっても寂しくなっちゃう。それって私だけ?阿伏兎はならないのかな?
私は恋しいよ。
「阿伏兎ぉー!会いたいよー!」
ぐるぐると回る思考回路に、願望がそのまま声に出てしまった。
受け取ってくれる相手もいないそれは部屋に響いた。
その虚しさにきゅうと胸が切なくなる。
「そうかい。そりゃ嬉しいねェ」
突然聞こえてきた声に、びくりと体を震わせそちらに視線を向ける。
玄関へ続く扉から、阿伏兎がこちらに歩いて来ていた。
「え、なんで?いるの?え」
「なんでって。合鍵」
付き合い始めて早々に、いつでも来ていいからと彼に渡した、当時流行っていた猫のキーホルダーがついた鍵を目の前で揺らしていた。
そういう意味じゃないと思いながらも、驚きで言葉がうまく出てこない。
「いい格好してんじゃねぇか。なんだ、誘ってんのか?」
いつもの無精髭を指で撫でながら、上から下へとこちらをじっとりと見つめてきた。
その様子を受けて自分の姿を思い出し、慌てて身を捩って隠そうとする。とは言えタオル一枚では無駄な抵抗である事は変わりない。
「ばッ!違ッ!お風呂出たところで・・・・」
「俺の事呼んでたじゃねぇか」
「それはっ・・・・あ、阿伏兎から返信が・・・・」
「んー?」
「め、メール・・・・が・・・・」
ゆっくりとこちらへ近づいて来ていた阿伏兎は、もう目の前にいて、膝をついていた。
「なんだ?俺が居なくて寂しいから、一人でシて慰めようとしてたのか?」
「ち、違う!」
「急いで仕事終わらせて来たかいがあったってもんだな」
「違うってば!」
くつくつと笑って、まだ湿ったままの私の髪を撫でた。
ずっと私をからかって笑っている阿伏兎に少し頬を膨らませる。
「ねぇ、今日何の日か知ってる?」
知らないとか、何だっけかとか、飄々と答えるだろう事はわかっているが、先程からからかわれ続けている事に対してのささやかな仕返しだ。ちょっとでも狼狽えればいいんだ。
「お嬢の誕生日だろ。だから急いで来たんじゃねぇか」
そう、スッと答えられた事に、逆にこちらが狼狽えてしまった。
「え、なんで・・・・」
「なんでって、恋人の誕生日を祝うのがそんなにおかしいかねぇ?あ、ひょっとして、地球ではしねぇのか?」
「そんな事ないけど・・・・」
「ならなんだ?他に何かあったっけか・・・・?悪りぃがそれしか覚えてねぇわ」
そう言って無精髭を撫でて、形ばかりの考える素振りをみせた。
「ううん。無い。それだけ」
普段、愛を伝えられることが無い。というか、言われたことなどあったか?と首を傾げるようなものだが、そんな彼が自分の誕生日を覚えていたうえ、私の事を恋人と言った。
「阿伏兎、ありがとう」
その事実を噛み締めてじわじわと顔が緩んでいく。
無骨な彼の指が、少し乾きだした私の髪を耳にかける。そのまま耳と頬を撫でていく。その仕草がとても優しくて、くすぐったくて、暖かい。
「プレゼントなんて用意する暇無くてよ、だからそいつは明日にでも買いに行くとして」
撫でていた手が、今度は優しく肩を押し始める。それをそのまま受け入れると、ゆっくりと床へと寝転がされた。
「今日はあと数十分しかねぇけどよ、せっかく間に合ったんだ。今日の主役をしっかり甘やかさせてくれや」
そう言うと、目を細めて笑いながら私を見下ろした。
「やだ」
「あ?」
予想外の返事だったのだろう。眉間に皺を寄せ、阿伏兎の口から驚きが含まれた声が漏れていた。
「遅刻したんだから、その分明日もしてくれなきゃ」
そう言った私をジッと見つめていた阿伏兎は、ハッと笑った。
「お前さんの気が済むまでどろどろに甘やかしてやるよ。お姫様」
そう言って、彼はケーキのようにとびきり甘いキスをしてくれた。
私はもっともっとと腕を回しておねだりをしてやる。
だって今日は私の誕生日なんだから。
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