電車を降りて改札を通る。
ビジネス街の最寄り駅であるここでは、この時間帯は降りる人よりも乗る人の割合の方が圧倒的に多い。

花の金曜日である今日は残業をせずに飲み会へと向かうサラリーマンが多い中、高校の制服姿で人の流れに逆らって歩く私は多少なりとも目立っているかもしれない。

歩く事数分。
世界的にも有名な会社のビルの前に到着する。
きょろきょろと周りを見回すが彼の姿は見当たらなかった。
仕方ないとできるだけ目立たぬようはしっこで壁にもたれて待つことにした。
しばらくすると、ビルの入り口から見覚えのある人物が出て来た。

「あ、石田さん!」

目立つ銀色の髪をした彼がこっちを見て、物凄いスピードで走り寄って来る。

石田さんの事は彼に友人だと紹介されて何度か会ったことがあった。
石田さんはとても礼儀正しくて真面目な人で、特別仲がいいというわけではなかったが、心細い今の状況では見知った顔にほっとする。

「お嬢様!この様なところでどうされたのですか」

「えっと、大谷さんと約束してて…早く着いたので会社までお迎えに来たんです」

「そうでしたか。先刻会議も終了したところです。刑部も間もなく退社すると思われます」

深々と頭を下げてから駅の方へと歩いていく石田さん。
相変わらずものすごく丁寧な人だった。
前髪はアレだけれどやっぱり格好いいなぁと後ろ姿を見送っていた。



「お嬢か?」

聞き慣れた声にぱっと笑顔で振り返ると、そこにはスーツを着た仕事終わりの大谷さんが。
その隣には背が高くてスタイルもいい美人な御姉様が並んで立っていた。

「何だ、大谷。お前の妹か?」

その美人さんは大谷さんと私を見比べて問いかけていた。

「あ、えっと……」

彼女だと言いたかったが、その言葉が喉の奥で引っ掛かった。

こんな美人で大人の女性の前で胸を張って彼女だと言うのが躊躇われたからだ。
私のような子供が彼女だなんて知られたら大谷さんは迷惑なのではないのか。

何と返せばいいかと戸惑っていると、大谷さんの後ろから軽そうな男性がひょっこり現れた。

「えっ刑部さんの妹っすか?かわいー!しかも女子高生じゃないっすか!」

左近と名乗るこの男性は、大谷さんや石田さんの部下だとか聞いてもいないのにどんどんと話してきた。

「お嬢ちゃんは彼氏とかいないの?」

「えっと…」

がんがんぐいぐいと話してくる左近さんに圧倒される。

「よかったら連絡先教えてよ」

困った。どうすればいいのか。
断りたいが会社の方となれば無下には出来ない。
おろおろとしていると、大谷さんが隣に来て私の肩をぐいと抱き寄せてきた。

「すまぬがこれはわれのものよ」

それを聞いた左近さんが固まった。

「えっ!?って事はお嬢ちゃんって刑部さんの妹じゃなくって…」

「婚約者よ、婚約者」

ヒヒッとにんまりとした笑顔を二人に向けている。

「え、ちょっマジっすか!?刑部さん!女子高生っすよね!?歳の差って・・・」

「秘密よ。秘密。」

左近さんは信じられないといった顔をしている。

「あ、あの、大谷さんっ」

私達は付き合ってはいるが、結婚の話等したこともないし、ましてや婚約者でもない。
どういうことかと彼を見上げると視線を合わせてにまりと笑う。

「おお、そうかそうか。待ちくたびれたか。」

そんなことは…と返そうとした私の腰に手を回し、ぽかんとしている二人を置いて立ち去ろうとする。

「お、大谷さん!?ちょ、す、すいません、失礼します!」

振り返ってぺこりと挨拶をして、立ちすくむ二人を残して大谷さんと共に駐車場へと向かった。



さらりと助手席側の扉を開けてくれる大谷さんはやっぱり大人だなぁとか思いながら、いつもの乗り慣れた助手席へと座り、先程の事について聞く。
お茶目なところのある彼の事だからきっと冗談だろうが一応念のため。

「あの、さっきの婚約者って…」

「なに、左近がぬしにちょっかいを出そうとする故な」

やはりいつもの冗談だったかと納得すると同時に、ふと残念だという感情もわいてくる。
その少しの落ち込みに気付いたらしい大谷さんが私の顔を覗き込んだ。

嫌であったか?
そう問いかける大谷さんの目が探るような不安気な色に見えた。

「嫌だなんて全然無いです!寧ろ嬉しいです!…でも、そんな事言って良かったんですか?私なんか紹介して…」

正直、私のような子供が素敵な大人の男性である大谷さんに釣り合っているとは思っていない。
恥ずかしいと思われるのではないかと心配になるのだ。

「そうよなぁ…出来ればあまり紹介したくはなかった。特に左近には」

やっぱりと解ってはいたが心が少し沈む。
それを知ってか大谷さんが私の左手へ手を伸ばしてぎゅっと握ってきた。

「われは心配性故、左近やぬしの学友にいつお嬢を奪われるか気が気でないのよ」

「…え?」

「いつわれの元から逃げ出すのか」

「そんなこと…ッ!」

そんな事無い。
寧ろ、大谷さんの周りにはさっきみたいな綺麗な大人な女の人が沢山いるから、飽きられるのではないかと心配になっているのは私の方だ。

「それ故、早に印をつけておく事にした」

大谷さんの手が離れた左手に違和感を覚えて手元を見る。
薬指には先程まではなかった指輪がはまっていた。
真ん中に大振りのダイヤと、その両側にそれより少し小振りなピンクダイヤがついた指輪。
ただの女子高生である私には着けたことがないようなキラキラしたものだった。

「えっ、あの、これ…」

「今すぐとは言わぬ。お嬢が卒業するまで数ヵ月、われは待つとしよう。これはぬしがわれのものという印よ。」

唐突のプロポーズ。
大谷さんも自分と同じように不安に思っていたのか。
同じように想っていたのか。
身体中を嬉しい熱がどんどん満たしていく。
それが溢れるように両の眼から涙が零れた。

「本当に…私がもらっていいんですか?」

大谷さんの大きな手が私の顔に添えられる。
頬を伝う涙に口付ける。

「ぬし以外にやる気は毛頭無い。其を見るたびわれを思い出せ。われ以外を寄せ付けるな」

こくんと1つ頷き、大谷さんに独占された印をするりと撫でた。





(じゃあ今度、両親に挨拶しに行かないといけませんね)
(ぬしの両親にはもう報告済みよ)
(えっ!?)
(後継者が決まったと喜んでおったわ)
(それでこないだから機嫌がよかったのか…)







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