姫の手と忍の手


「佐助…佐助…」

雲のおかげで月明かりも届かず、真っ暗な部屋の中でお嬢は目を覚ました。
布団を被ったままの状態で、自分以外は誰もいない部屋で彼の名前を呼ぶ。
しかし、庭からかすかに聞こえてくる鈴虫の鳴き声以外は何も聞こえない。
再び名前を呼ぼうと口を開きかけた時、トンという小さな音と共に人の気配を感じてそちらを見れば、緑色の装束を着た人物がそこに立っていた。

「はーい。呼んだ?」

「佐助…」

「ん?何?」

お嬢が小さな声で名前を呼べば、佐助は枕元までやってきて膝をついて問い返した。

「怖い…夢を見たの」

「それで怖くなって俺様を呼んだの?」

その問いかけに対してお嬢がこくんと頷いたのを見て、佐助は少し困ったように優しい笑顔を浮かべる。

「まったく…うちの姫様は怖がりなんだから」

佐助は軽くため息を吐きながら足を崩して胡坐をかき、布団の上からお嬢の胸の辺りを軽くポンポンとリズムよく叩き始めた。


「佐助、一緒に寝て欲しいの…駄目?」

お嬢の意外な言葉に佐助は戸惑い、眉根を寄せた。
流石にそれは…と拒否の言葉を返そうとした時、ぽつりぽつりとお嬢は話し始めた。

「佐助がね、任務に行って来るって言って出て行ってからずっと帰ってこないの。何年待っても帰ってこないの。父様も、弁丸も、佐助なんか知らないって言うの」

「…今見た夢?」

「…うん…」

今にも消え入りそうな不安げな声で一生懸命話すお嬢を見て、佐助はぐっと言葉を飲み込みんだ。
そして布団の隣に肘をついて寝転がり、反対の手で先程と同じくポンポンと叩く。
同じ様に寝転べば、自然と視線が同じになる。
お嬢は佐助の装束へと片手を伸ばし、離すまいとしっかり握りしめた。

「どうすれば佐助はいなくならないの?どうすればずっと私の傍にいてくれるの?」

暗闇でもわかるほどお嬢の目は不安で怯えており、佐助の心臓はきゅうと締め付けられた。

「心配しなくても俺様はどこにも行かないから。ほら、そんな事考えてないで明日、弁丸様と何して遊ぶか考えてな」

優しく目を細めながら髪をさらさらと撫でてやると、お嬢は安心したのか納得したのか一つ頷いて目を閉じた。


しばらくしてお嬢の規則正しい寝息が聞こえてきたのを確認した佐助は、自分より柔らかく小さな手をそっと握り、その穢れのない綺麗な手を自分の装束から静かに外した。







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