ピンポンと玄関のチャイムが鳴ったのを聞いて、お嬢は寝転がっていたソファーから立ち上がり、玄関へと向かった。
ドアスコープを覗いて来客者を確認した後、扉を開けてその人物を招き入れる。
「半兵衛、いらっしゃい」
「お邪魔するよ。これ、お土産」
そう言いながらお嬢の兄である半兵衛は最近話題になっているケーキ屋のオシャレなロゴが入った箱を手渡す。
お嬢は喜んで受け取ると、半兵衛をリビングに通して、ケーキの箱と共にキッチンへと向かった。
半兵衛がソファーに座って一息ついていると、お嬢が苺が沢山乗ったロールケーキと湯気をたてた珈琲を2つずつお盆にのせて現れた。
どうぞと言いながらテーブルに皿とカップを並べ、自分は床に座る。
「ありがとう、いただくよ」
半兵衛は自分の目の前に置かれたカップを持って口元に持っていく。
その所作はいつも通り綺麗で、自分と血の繋がった兄とは思えないなぁとお嬢は半兵衛を見ながらぼんやり考えていた。
「で、話ってのは何だい?わざわざ僕を家に呼ぶなんて」
カップをソーサーに置きながら、半兵衛はお嬢に問いかけた。
お嬢は言いにくそうに下を向き、手に持っているフォークでケーキに乗った苺をちょんちょんと軽くつつきながらボソボソと話す。
「うん…えっと…三成さんの事なんだけどね…」
やっぱりと半兵衛は思った。
お嬢が自分に相談事といえば9割の確率で彼氏である三成の事だ。
「何だか最近様子がおかしくて…妙にソワソワしてたり、こそこそ電話してたり……これってもしかして浮気かなぁ?」
「…三成君がかい?」
仕事でも私生活でも真面目で真っ直ぐで裏切りが絶対許せない彼を思い出し、半兵衛は吹き出しそうになるのを我慢して不安そうな妹へ笑顔をむけた。
「彼に限ってそれは絶対にあり得ないから安心するといいよ」
「そう…だよねぇ…大丈夫だよね?」
「もちろんだよ。そんな事するような男を大事な妹に紹介するわけないだろ?大丈夫。僕と三成君を信じて」
半兵衛が手を伸ばして不安そうな表情を浮かべた妹の頭を優しく撫でると、ふっとお嬢の表情が和らぐ。
「そうだよね、ありがとう」
いつも通りのお嬢の笑顔を見て、半兵衛はほっとした。
「お嬢の事だから、どうせうじうじと悩んでいたんだろう?」
ケーキからお皿に落ちた苺をフォークでコロコロと転がしながらヘヘっと誤魔化すように笑うお嬢を見て、半兵衛はため息を一つ吐いた。
「まったく君は…食事もあまり食べて無かっんじゃないのかい?」
「えっ何で…?」
「顔。少し痩せただろ?」
小首を傾げて問うお嬢の顔をじっと見ながら半兵衛は答えた。
お嬢はそれを聞いて、さすがお兄ちゃんと感嘆の声をもらした。
「悩みとは関係無いと思うんだけど、何だか最近食欲無くって…ずっと気分悪いんだよね。夏バテかなぁ?」
「夏バテって…もう10月だよ?病院には行ったのかい?」
「ううん。全然食べれない訳じゃないし、胸焼けみたいな感じで病院行く程じゃないかなぁって」
フォークで刺した苺を少しかじりながら話すお嬢を見ながら、半兵衛は少し考えを巡らせる。
「…夜は眠れてるかい?」
「うん!ぐっすり。むしろ結構寝てるのに、昼間も眠たいんだよね。さっきも半兵衛が来るまで寝てたし」
その話を聞いて半兵衛はもしやと眉をひそめながら、1つの質問を投げかける。
「……聞きにくい質問だけども…生理はきてるかい?」
「え、何?急に。そりゃあ……あれ?」
お嬢は10月…9月と記憶を遡って考えるが思い出せない。
困惑した表情を浮かべたお嬢を見て、半兵衛はため息をつきながら立ち上がり、待っててと言い残して玄関を出た。
「うそ…」
リビングに一人残されたお嬢は、半兵衛が帰ってくるまで呆然と座り込んだままでいた。
パタンとトイレのドアが閉まる音を聞いて、半兵衛が振り返る。
「どうだった?」
俯きながらリビングへと戻って来たお嬢に問うと、不安気な顔をしながら先程半兵衛が近所のドラッグストアで買ってきた妊娠検査薬を見せてきた。
そこにはラインが表示され、陽性である事を示していた。
「やっぱりね、そうだと思ったよ。」
大して驚いた様子もない半兵衛に対し、オロオロと落ち着きがないお嬢。
「どうしよう!どうしよう半兵衛!」
「どうしようって…結婚すればいいんじゃないのかい?もう付き合って5年、同棲してもうすぐ2年になるんじゃないかったかな。そろそろ結婚を考えても…」
「そりゃあ、私はできるなら三成さんと結婚したいよ。赤ちゃんが出来たのも正直嬉しいもん。でも…三成さんはどう思っているのか……」
「お嬢…」
半兵衛が口を開こうとした時、玄関からガチャリと鍵の開く音が聞こえ、二人でそちらに顔を向ける。
しばらくしてリビングの扉が開き、話題の渦中である三成本人が現れた。
いつも通り帰宅した三成だが、恋人の兄であり、尊敬する会社の上司でもある半兵衛を見つけて驚いた。
「はっ半兵衛様!いらしてたのですか!」
「お邪魔しているよ、三成君。帰宅して直ぐで悪いけど、お嬢が君に話があるみたいでね。聞いてやってくれないかい?」
「話…ですか?」
三成はお嬢の方へ歩み寄り、何かと問うが、お嬢は下を向いて目を合わせずにおどおどとしてなかなか口を開かない。
そんなお嬢に対して両手を握り、迷子の子供を相手にするように両膝をついて視線を低くし、軽く見上げながら再度優しく問いかける。
「何だ、どうした。」
真っ直ぐで綺麗な瞳がお嬢を映していた。
「あの…ごめんなさい…」
「何を謝る」
「私…赤ちゃんが……」
「…は?」
お嬢は三成の眉間の皺が深くなるのを見た。
どくんどくんと心臓の音がやけに耳につく。
「わ、私、妊娠したみたいなんです!赤ちゃんが出来たんです!」
しんと静まり返ったリビング内だけが時間が止まったように感じた。
実際は数秒も経っていないのだが。
三成を見ると、見たことも無いような顔でポカンと口を開けていた。
あまりにも動かない彼が心配になり、声をかけようとした時、急にふわりと床から足が離れた。
「きゃぁ!ちょ、三成さん!?」
急に三成が子供を抱き抱えるようにお嬢を抱き上げたからだ。
突然の事で驚いているお嬢をぎゅうと更に強く抱き締める。
「その話は本当だな?」
抱き上げられ、落ちないように三成の首にしがみつきながら、お嬢はコクコクと首を縦に振る。
「まだ病院には行ってないから確かじゃないけど…」
「なら今すぐ向かうぞ」
「え!?ちょ、ちょっと待って!」
お嬢を担ぎ上げたまま玄関へと向かおうとする三成を制止し、首に回していた腕の力をゆるめて三成と視線を合わせた。
1つ深呼吸をして、心に引っ掛かっていた疑問を口にする。
「三成さんは…いいんですか?」
「いいとは何がだ」
三成は質問の意図がわからないといった様子で首を少し傾けた。
「私が、妊娠したこと…」
「……」
「結婚してるわけじゃ無いし、もしかしたら迷惑に思ってるんじゃな…」
「貴様は馬鹿か?」
言葉の途中で呆れたような声をあげた三成を見ると、眉間に皺を寄せてお嬢を睨んでいた。
「お嬢と私は婚姻関係を結んでいないとはいえ、仮にも恋人同士だろう。何故迷惑に思う」
「だって…最近こそこそと電話してたり、休みの日も一人で出掛けたり…何か隠し事してるでしょ?だから……」
今にも泣き出してしまいそうなお嬢の顔を見て、三成は罪悪感を覚えた。
半兵衛のいう通り、浮気等してはいないが、自分の行動がお嬢を不安にさせてしまっていたのだ。
「…すまない」
ぽつりと言ったその言葉を聞いて勘違いをしたのだろうか、お嬢の瞳から滴がぽろりと落ちた。
それを見た三成が慌ててお嬢を床に降ろして慰めようとするが、どうすればいいのかわからない。
その間も床を睨み付けた瞳からは滴が溢れ出している。
三成はハッと思い出したように、先程リビングの傍らに置いた自分の鞄の元へと向かい、ごそごそと中から雑誌を取り出してお嬢の元へと戻った。
「不安にさせてすまなかった。お嬢にはある程度決まってから報告して驚かせようと思っていたのだが…」
涙で歪んだ視線の先に現れたもの、それは有名な結婚式場情報紙だった。
「…え?」
目の前に差し出された雑誌を受け取って見ると、分厚いページの幾つかには几帳面に付箋が貼られていた。
「体調もおもわしくなさそうだったからな。私だけで下見に行き、幾つか候補を絞っていた」
適当に付箋の貼られたページを捲ると、彼の綺麗な文字で小さくメモが書かれていた。
『教会は小さいが、周りは木々に囲まれている。
お嬢が気に入りそうだ。』
他のページを開いて見る。
『着物の種類が豊富。
お嬢が似合いそうな物が多かった。
今度試着だけでもさせよう。』
『料理のコースは少ないが、メインはお嬢が好きな料理だ。』
どのページのメモを見ても、お嬢が好きか、気に入りそうだ等、お嬢の事ばかりが書かれていた。
普段、余り自分の感情を言わない三成の想いがそこに全て書かれているようで、お嬢は嬉しくて嬉しくて、先程より勢いを増した涙を溢しながら雑誌のページを捲り続けた。
「お嬢」
名前を呼ばれて雑誌から視線を外し、三成の方を向くと真っ直ぐと自分を見据えた彼がいた。
「結婚しよう。お嬢は私が生涯を賭して守る」
「…うん…ありが…とう…」
涙を流しながら、自分の大好きな笑顔で返事をするお嬢を見て、周りからは解らない程だが、三成は微かにほっと表情を緩めた。
「ほらね。僕が言った通りだろう?」
今まで空気を読んで、二人から見えないよう背を向けてソファーに座り、のんびりコーヒーを飲んでいた半兵衛が二人の間に現れてお嬢が持っている雑誌をひょいと取り上げてパラパラと眺めた。
「心配せずとも三成君の頭の中はお嬢の事で一杯なんだから。会社でも退社時間になると光の速さで帰るし、飲み会には参加しないし、お昼のお弁当を眺めてニヤついて…」
「は、半兵衛様っ!」
大声を上げて半兵衛の言葉を遮った三成の顔は真っ赤で、白い肌のせいでそれが余計に際立っていた。
「まぁ、それはおいといて、結婚式。どうするんだい?」
半兵衛の質問の意図がわからず、二人で顔を見合わせたのを見て、半兵衛は溜め息をついた。
「式を挙げるにしても、時期はどうするんだい?今から急いでもお腹が目立つ頃だし…」
三成もようやくその事に気づいたのかそうかと呟き考えを巡らせた。
そんな二人を見てお嬢は残念そうに口を開いた。
「じゃあ折角だけど、結婚式は無しに…」
「それは却下だ!」
「それは却下だよ!」
二人に大声で遮られたお嬢はびくりと体を震わせたが、それにも気付かずに男二人はヒートアップしていく。
「では時期を大幅にずらして、出産後は…」
「産後はお嬢が辛いだろうし、それに体型が崩れるとも聞くからね」
「それならば早めてしまっては…」
「今は悪阻が辛い時期だし、それを越えると今度は着れるドレスが無くなってしまう」
「では…」
当の本人を放っておいて、男二人の会話は盛り上る。
少し呆れつつもそれを笑顔で見守りながらお嬢は自身のお腹を優しく撫でた。
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