いつもと同じ息苦しさを感じて目が覚めた。
「ゴホッ…ゴホッ……」
寝転んでいるのも辛く、上半身を起こして背中を丸めてこの苦しさが治まるのを待った。
ぜぇぜぇと荒い呼吸をくりかえしながらもやっと落ち着きだした頃、廊下に面した襖がすっと開き、隙間から心配そうな表情を浮かべたお嬢が顔をのぞかせた。
「半兵衛…大丈夫?」
そう問いながら僕の元へ歩いてくるお嬢。
一つ深く呼吸をして荒い息を整え、何でもないと彼女に笑顔を向けた。
それでも彼女は不安気な表情を変えず、僕の背中を小さな手で優しく擦った。
着物越しにでも、暖かさと優しさが触れた部分から全身に伝わってきて自然と顔が綻ぶ。
「ありがとう」
「…無理しないでね、私も父様も心配しているのよ?」
「秀吉が…?」
出来るだけ病の事を周りには知られないようにと隠していたが、やはり長年の付き合いである秀吉には隠し通せないかと苦笑を浮かべた。
「でも、秀吉は僕の事よりお嬢の事の方を心配していたよ」
突然自分の事を言われたお嬢は、わからないといった風に小首を傾げた。
「秀吉が言っていたよ。お嬢はじゃじゃ馬だから輿入れ先が無いんじゃないかって」
それを聞いたお嬢はぷうと頬を膨らませ、もう!と恨めしそうに僕を睨んだ。
「父様も半兵衛も意地悪!いいもん、私は半兵衛に嫁ぐから!…いいでしょ?」
不安そうに自分の顔を覗き込んで問いかける小さな彼女をいとおしく思う。
子供の言うことだと特に深くは考えずに、彼女を喜ばせようと笑顔でいいよと返事を返したが、予想に反してお嬢の表情は晴れなかった。
「だから…私が大人になるまで、何処にもいってしまわないで……約束…」
その言葉の意図を理解したと同時にきゅうと胸が締め付けられた。
「…わかったよ。……約束」
何も悟られぬように小さな小指に自らの小指を絡めて微笑んだ。
血に濡れた反対の手は布団の中できつく握り締めながら。
ごめんね
ーえ…
ー起きて…
ー半兵衛!
自分を呼ぶ声で目が覚めた。
起き抜けのぼんやりとした頭で声が聞こえた方を向くと、お嬢が僕の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、半兵衛」
「…おはよう」
「そろそろ起きないと会社に遅刻するよ?……ねぇ…どうしたの?」
「え?」
お嬢は不思議そうな顔をしながら自分の目元を指差す。
「涙」
そう言われて目元に触れれば濡れていて、そこで初めて自分が泣いている事に気がついた。
「どうしたの?怖い夢でも見た?」
夢……
「…そうだね…とても辛くて…とても幸せな夢…かな……」
「ふーん?変なの」
そう言って笑うお嬢の顔がいつもと同じなのに何故か大人びて見えた。
「ねえ、今日は早く帰ってこれるんでしょ?」
「もちろんだよ。今日は結婚記念日だからね」
「嬉しい!」
そう言って抱きついてくるお嬢を受け止め、口づけを交わした。
約束は守れたかな
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