「隣町の駅前にあるHMTってカフェが、すっごいおしゃれな上に店員がもれなく全員イケメンで、今県内の女子の間で話題なんですよ〜。まあ値段設定が若干高めなんで、学生にとっては行きづらい場所なんですけど。でもそこのオーナーと、スタッフの斎藤くんが本当にかっこよくてですね。あ、私は斎藤くん派なんですけど、でもこの間超可愛い彼女連れて店に来てたって聞いて、ちょっとショック受けてるとこです…」
「へー」
「あ、イケメンといえば、この間うちのサッカー部の応援で、隣町の初森高校まで試合見にいったんですよ。試合自体は負けちゃったんですけど、相手側にすっごいイケメンがいてですね。確か西野くんって言ったかなー。私帰り際にすれ違ったんですけど、めっちゃくちゃいいにおいがして〜! 香水とはちょっと違うんですよ! ボディークリームとかかなー。はー、いま思い出してもほんとたまんないですよ。それに比べうちの高校といったら…先輩方が卒業してからというもののほんっとパッとしなくて…」
「ふーん」
左から右にすり抜けていく、中田のマシンガントーク。よく舌を噛まないなと感心はするが、内容にはまったく興味が湧いてこない。
そもそも何故わたしが中田と、中田のバイト先であるコンビニのレジに並んで立って、だらだらとそのご高説を聞き流しているのかというと、単純に言えばお金が必要だからだ。
二ヶ月前、わたしはとある事件に巻き込まれて足の骨を折り、入院していた。退院まで一週間、車椅子生活一週間に、松葉杖が取れるまで一週間。リハビリも並行して行って、ようやく人の手なしで元の生活を送れるようになるまでかかった期間は計一ヶ月ほど。ちなみに一実は未だ入院中である。
そうして、動けるようになったわたしがまず始めに気づいたことは、もうすぐクリスマスがやってくる、ということ。
これといってイベントごとに関心はなく、クリスマスだからといって別段気分が高揚するわけではないが、ただ、わたしが病院で目を覚ましたあとにあった一連の出来事。感情の赴くままに、七瀬ちゃんにキスをしてしまったことを思い出すと、クリスマスに何もしない、というのは、どうにもよくない気がするのだ。
それに、あのときも、そのあとも、具体的な言葉を告げた覚えがない。七瀬ちゃんからも、それらしいアプローチはない。わたしとしては、あのキスが告白の返事のつもりだったのだけれど、言葉にしなければ伝わらないこともあるし、七瀬ちゃんのことだから、不安に思っていても、自分から確かめてきたりはしないだろう。もう一度示す必要があるのだ。それには、クリスマスは絶好の機会だった。
わたしは、よく他人から、人間として大切なものが欠けているだとか、人間性が希薄だとか言われるけれど、それでもそういう奴なりに、姉と、七瀬ちゃんだけは、大切にしたいと思っている。当たり前の幸せを感じて欲しいと思っているのだ。だから、クリスマスには、クリスマスらしいことをしてあげたい。そのためには、お金が必要だった。故の、バイトである。
中田に頼むと、以前も姉の誕生日前に短期でバイトしていたこともあって、煩わしい手間など一切かからず、すぐに仕事を始めることができた。週五日、朝から夕方までの勤務。ほとんど中田と二人きりなので気持ち的にも楽だ。少しうるさいが、話を聞かなくても怒られないし。
「あ、先輩方といえば。名前先輩、若様が帰って来たって噂聞きました?」
「若様……若月か。それ確かなの」
「はい。クラスメイトが街中で見かけたって騒いでたんで間違いないと思いますよ。その子若様在学時からずーっと追っかけやってる子ですし、見間違えたりはしないでしょ。あ、ちなみに私は名前先輩推しです! 名前先輩を一目見たその瞬間からずっと名前先輩一筋です!」
「へー」
三年前になるのだろうか。若月は、覚せい剤の所持で警察に捕まり、刑務所に入れられた。学校は退学処分になり、若月と連んでいたわたしと橋本、一実もしばらくは警察に執拗に目をつけられていた。橋本は早々に若月との関わりをすべて断ち、そのあとはカラーギャングの立ち上げに勤しんでいた。わたしと一実は、あの馬鹿真面目な若月が覚せい剤に手を出すわけがないと思いつつ、その頃別の事件に巻き込まれていたために、若月に手を貸すことはできなかった。手を貸したところで、警察という巨大組織相手に何ができたわけでもないが。
今でも思うのは、あのとき、若月は誰かにはめられたのではないだろうか、ということだ。しかし、若月個人を恨んでいた相手に心当たりなどない。雑魚相手の喧嘩なら多く買ってきたが、警察組織まで動かせるような大物を相手にした覚えはない。それに、今更考えても仕方ない。若月が無事帰ってきたのなら、それだけでいい。
「あ、先輩。上がりの時間ですよ、帰りましょ」
交代のバイトが挨拶をしながらレジに並ぶ。わたしと中田は制服を脱いで、それぞれの帰路についた。暖房の効きまくった室内から外に出る瞬間。寒さが一段と身に染みるが、嫌いではなかった。

西口公園の前を通り過ぎた辺りから、景色は急に簡素になる。住宅街ゆえに人通りも少なく、時間帯のせいか、それほど賑わいもない。どこかの家の窓から夕飯の匂いが漂ってくる。なんだか、ようやく平和な日常に帰ってきた、という実感が湧いてくる。
ふと、この辺りには似つかわしくない、はしゃいだ声が聞こえてきた。その方向に目を向ければ、オレンジ色のマウンテンパーカーを着た子供が、スマホを耳に当て、楽しそうに通話をしているのが目に入る。中学生くらいだろうか。聞こえてくる話し方もどこか幼い。
「うん、うん、そうそう。こっちでの仕事なんて久しぶりだからちょっとキンチョーしてるよー。相手も中々強敵みたいだしさっ。まあ、それはそれで楽しみだけどねー。クライアントの金払いもいいし、トロコンできるよー頑張るっ!」
子供は、電話の向こうの相手には見えないのに、身振り手振りで愉快そうに肩を揺らしている。なんというか、いちいちわざとらしいというか、一つ一つの動作が芝居がかっていて、うさんくさい子供だ。まるで子供らしくない。それに、どうも周りが見えていないらしい。
子供がふいに立ち止まった。いや、立ち止まらざるを得なかった。高校生くらいの女子に行く手を阻まれているのだ。緑色のスカーフを通学カバンにつけた女子高生は、おそらく橋本のチームのメンバーだ。子供とすれ違う際に体がぶつかり、気にせず通り過ぎようとした子供が気にくわず、その目の前に立ち塞がっているらしい。避けなかったのはお互い様なのだから、無視すればいいのにと思う。それにしても、子供相手にムキになるなんて、橋本のチーム、年齢層低すぎるのも問題だな。
「ガキ、ぶつかったんだから謝れよ!」
「あはは、人のことガキ扱いするなんて、自分がババアだって認めてるのと同義ですよー」
「なっ…!」
「そんなムキになんないでくださいよー、こっちだって忙しいし、あんまり人前で目立つことしたくないんですけど…」
子供が、ちらりとわたしを見た、気がした。一瞬のことだった。次の瞬間には、子供は、殴りかかってきた女子高生の腕をスマホを持っていない方の手で掴み、その足を払っていた。女子高生の体が宙に舞って一回転し、背中からコンクリートに叩きつけられる。相手の勢いを利用したカウンターだ。それに、だいぶ手加減している。手加減できるということは、それほどに強いということだ。
「私相手なら勝てると思ったでしょ、おばさん。だから負けたんだよ」
子供はそのまま、背中を打ち付けた痛みに唸る女子高生にニッコリと、邪気のない笑みを見せてから通話に戻った。
「あーごめんごめん。ちょっと邪魔が入っちゃって。それでなんだっけ?」
黙って見ているつもりはなかったけれど、手を出す暇さえなかった。
「分かってるって。終わったらすぐ帰るからさ。あ、日曜朝のセブンジャーちゃんと録画しといてよ! あと冷蔵庫奥のベビーチョコ食べちゃダメだから! え? もう食べた? もー……河西さんじゃなきゃ殺してるよっ」
そう言って、パーカーのポケットから取り出したチョコベビーを口の中に流し込み、上機嫌で、子供は角を曲がって消えていった。
わたしは地面にのされた女子高生に手を貸しながら、ため息を吐く。
「……物騒なガキもいるもんだ」

家に帰ると、姉はまだ帰っていなかったが、七瀬ちゃんはすでに帰宅済みだった。ちなみに七瀬ちゃんの送り迎えはやめた。入院中に、七瀬ちゃん自身がもう送り迎えしなくていいです、と言ったのだ。なんでも、同級生にわたしのことをあまり知られたくないらしい。まあ確かに、クソニートの同居人なんて、恥ずかしいよな。
代わりに七瀬ちゃんには、わたしが今まで使っていた自転車を譲った。もっと早くこうしていればよかった、と思った。
「おかえりなさい、名前さんっ」
「ただいま」
七瀬ちゃんに出迎えられつつ居間に向かい、コタツに足を突っ込む。
「今日、麻衣さんは忘年会で遅くなるらしいです」
「そういえば朝言ってたな…」
帰りに松村に迎えに来てもらうとか、言ってたような気もする。
晩ごはんは、七瀬ちゃんの作ったものを食べた。うちに来てすぐの頃よりはだいぶ腕を上げたように思う。
それからお風呂に入り、寝る準備を整えてからぼうっとテレビを見ていると、七瀬ちゃんが恐る恐るといった感じで、わたしの肩にもたれかかってきた。
「どうしたの?」
「だ、だって…」
「?」
「ふたりきり、ですよ…」
七瀬ちゃんの顔が赤く染まる。わたしはそんな姿に、少しだけ安堵していた。
明確な言葉や態度はなくても、どうやらしっかりと伝わっていたらしい。
向き直って、その頬に手を滑らせると、七瀬ちゃんはゆっくりと目を閉じた。緊張からか、震えている唇に、そっとそれを寄せる。あと少しで届く、というところで、視線を感じて顔を上げる。
居間の入り口から、こっそりと顔を出している姉。
「見てんじゃねーよババア」
「こんなとこでそんなことしてるのが悪いんでしょ! てか帰って来たことに気づけよ!」
「うるせえ」
顔をゆでダコみたいにして俯いている七瀬ちゃんの手を引いて二階に上がる。自分の部屋に入り、戸を閉めた瞬間に、七瀬ちゃんの頬を挟んで続きをする。唇を合わせると、柔らかい感触に心まで和らいだ、気がする。
唇を離すと、七瀬ちゃんは両手で顔を覆って、唸りながらその場にうずくまってしまった。
「う〜…」
「どうしたの」
「なんか、やばい…名前さんのこと、好きすぎて…」
その言葉に、長らく忘れていた喜び、という感情が、心の奥から滲み出てきたような気がした。どこかむず痒い。けれど嫌ではない。
そのときわたしの口角は、僅かながら緩んでいたかもしれない。七瀬ちゃんの髪を撫でながら、この子が愛おしいと、守りたいと、強く思った。
この子が望むなら、一緒に死ぬことだってできると、思ったのだ。
170112
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