花のお化け
ジル、10歳。ランバルト家の御曹司。わがままで傲慢。
ななし、9歳。代々ランバルト家に仕えるメイドの娘。気が弱いが、ジルの遊び相手。
というか、遊ばれている。そう気付いたのは、仕えてから半月経ったころだった。
というのも、ジルがななしを巻き込んで何かしらやらかすのだ。
この間は庭園に紛れ込んだカラスを追いかけ回し、一晩中城の周りで鳴かれたこともあった。そのとき怒られたのは、ジルではなく、止めようとしていたななし。
その前はトイレを詰まらせた。便器の中に丸ごとトイレットペーパーを落としたのだ。
もちろんこのときも怒られたのはななし。偶然ジルがトイレットペーパーを落としているところを発見し、慌てていたところを通りかかったメイド長に怒られた。
毎回怒られるということに理不尽さを感じながらも、ななしは泣くことはなかった。気弱なのも災いしていただろう、泣くことすらできなかったのだ。
そんなななしがひい! と声を上げたのは、トイレ掃除を済ませて部屋に戻ったときだった。
ベッドが膨らんでおり、中でモゾモゾと動いている。何か得体のしれないものがいる、と思ったななしは、両手を頬に当てたまま動けなくなっていた。
布団の中から丸く光るものがふたつ、覗いた。それが人の目だと分かったのは、中にいた人が声を発したからだ。
「ななし! 声を上げるな!」
布団の化け物は、ジルだった。
それを見てななしはホッとしたが、時計を見てさらに青ざめる。今の時間、ジルはここにいないはずだからだ。
この時間ジルは剣術の稽古中のはずである。ここにいてはいけないのにいるということは、サボりだ。
「ジル様! ここにいてはいけません!」
「声を上げるなと言ってるんだ!」
「あとで怒られるのは私なんですよ!」
よよよ。とななしはジルの元へ寄って行ったが、ジルはそんなのどこ吹く風で、逆に踏ん反り返っている。
ジルは剣術の稽古が嫌いだった。そもそも体を動かすことが好きではないらしく、よくこっそり抜け出しているのをななしは知っていた。
おおよそここでしばらく匿ってくれということだろうが、それがばれたら大目玉である。気が弱いななしも、先のことを考えて震える。
それを見たジルは、きょとんとした。そして「解せない」と言うような顔になる。
「なぜななしが怒られる」
「それは……ジル様が偉い人だからです」
「怒られる理由にはならないだろう」
「なり得るんですよ」
とにかく稽古へ行ってください。震える声で告げるが、本人はその場から動こうとしない。
ジルが頑なになればなるほど、ななしの顔は青くなる。
青くなるななしに対し、ジルはますます楽しそうである。にやり、と笑い、ななしの手を引く。
引かれたことで、ななしもベッドの上に倒れる。その隙にジルは掛け布団の中にななしを引きずり込んだ。まるで布団の化け物に食べられたようである。
「あつい! 暑いです!」
「ぼくだって暑い。我慢しろ。もうすぐここまで大人が来るだろうから」
子供の浅知恵。大人から隠れるために、布団の中に入ったのだ。
ななしは中の暑さに涙目になるが、大人が来てその場で怒られるのはもっと嫌だった。
どうにかジルを自主的に稽古へ向かわせたい。が、暑い布団の中では頭も正常に働かず、段々クラクラとしてきた。
そうこうしているうちに、廊下が騒がしくなる。きっとジルを捜しているのだろう。
いつもジルは、ななしに災難を運んできた。ななしは分かっていた。きっと大人たちはここに入ってきて、掛け布団を剥いで、それで……。
「ななし」
ジルが呼ぶ。その声も朦朧とした頭では遠く聞こえる。廊下の騒がしい足音も、遠ざかっていくように聞こえた。
だけどそれはななしの気のせいだった。逆に近づいてきている。それが分かったのは、かすかにジルが慌て始めたからだ。
「もしここでななしを助けたら、ぼくはななしの王子様になれる?」
「……え?」
言うなり、被さっていた布団が、ななしから剥がされた。一瞬大人が来たのかと思ったが、あの怒声が聞こえない。
目の端に、扉を開けて出て行くジルの姿を捉えた。その瞬間世界はぐるりと回り、ひどい耳鳴りのあと、目の前が真っ白になった。
目を覚ますと、自分の部屋の天井が見えた。朝かと思い時計を見る。短針は9を指している。
声を上げ起き上がるが、頭が痛み、耳の奥でキーンと細い音が鳴った。
そのとき思い出した。自分は意識を失ったことを。
しかし、あのときジルはどこに行ったのだろうか? そして、何を言ったのだったか。
まだ覚醒しない頭を枕に沈めた。無理に起き上がるのは辛かったからだ。はあ、とため息を一つこぼす。カーテンの隙間からから陽の光がないということは、今は夜の9時なのだろう。安心して目を閉じた。
が、閉じた瞬間に扉が開き、花の塊が入ってきた。
花のお化け! と思ったが、よく見ると足が生えているし、その足が履いているものはジルの靴だった。
「ジル様?」
ぎくり。ジルは肩が跳ね、そっとベッドを見ると顔が赤くなった。
「いつから起きてた?」
「先ほど……」
聞くと、途端にぶすっとした表情になり、足音を立てて近づいてきた。今度はジルに怒られるのかと思い身構えたが、予想に反してジルは花束をななしの目の前に出した。
色とりどりの薔薇の花束で、中心に青い薔薇があった。
青い薔薇は、ジルが特に気に入っていたものだった。
「ん」
「え?」
「お見舞いだ」
お見舞い。ななしは口の中で繰り返す。いつまでも受け取ってくれないななしを見兼ねて、無理矢理受け取らせた。
ふわ、と薔薇の甘い香りがする。
自分のためにこの花束をくれた。そう思うと嬉しく、ななしは花束を抱きしめて笑った。
ジルは嬉しそうなななしを一瞥したが、すぐに目をそらした。
次の日、すっかりよくなったななしが庭に出ると、一部だけごっそり薔薇がなくなっていた。
そういえば、昨日もらった花束は庭の花だったかもしれない。庭掃除をするため一緒に出た母は顔を青くしていたが、ななしはなくなった薔薇を見て顔を赤くした。
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