ルリ島に来てから3日ほど経った。

ジルは、あまり外を歩いたり、民たちの暮らしぶりを見たりすることはしない。
自分とは無関係だと思っているからだ。

第一、ルリ島は田舎であるという認識が強い。
文明が発達しているわけでもない、時代遅れな繁華街はあるし、少し中心部を外れれば酒屋の並ぶ質素な作りの店が目立つ。
そんなところを、自分が歩こうとは思わなかった。

するとどうだろう。おのずと城の中で過ごすことが多くなる。

要は、暇であった。


「どうしたものか」


それこそカナン姫に会いに行けば良いのだが、カナン姫も花嫁修業で忙しいらしく、滅多に部屋にいることはない。
せめて話し相手がいれば、と思う。そうすればこの時間、有意義にならずとも、暇は潰せる。


思案していたところ、扉がノックされた。
顔を上げ、ジルは声をかける。


「誰だ」
「メイドのななしでございます」
「入れ」


少し遠慮気味に入ってきたのは、時折自分にご飯を運んできていたメイドだった。
目だけで問うと「昼食のお時間です」と言われた。
時計を見ると12時をまわったところで、もうそんな時間かと立ち上がる。

しかし、足が進まない。大勢と食事をとる、というのが億劫だった。

メイドを見ると、一向に食事に向かわない自分を不思議がっているようだった。
口を薄く開き、何かを言いかける。
と、その前に、自分から質問をした。


「カナンはいるのか」
「……カナン様は別のところで食事を」


目を泳がせながら、少し言いづらそうにしていた。
苛立った。ここにきてカナンと食事をしたのは、ルリ島に到着して初日の夜だけである。

ジルは不機嫌なのを隠そうともせず、メイドに当たった。


「なぜカナンはぼくと食事をとらない」
「連日の花嫁修業でお疲れのようで……何か言伝がありましたら承ります」
「いい! 何かあればぼくの方から言う」


メイドは頭を下げ「過ぎたことを申し上げました」と非礼を詫びた。
それを見たジルはさらに不機嫌になり、吐き捨てるように言った。


「……大勢での食事は好かん」
「しかしジル様……」
「カナンがいないのなら出ない」
「……お食事をとらないと。お身体に障ります」
「ならばここへ持って来い」


え、と小さくメイドはこぼした。それを睨みつけ、持ってくるのを無言で催促した。
メイドは慌てて頭を下げ、急いで部屋を後にした。おそらくメイド長に言って持ってくるのだろう。

深く息を吐き、ソファに座った。まだ昼だというのに疲れた。

なぜカナンは自分と食事をしたがらない。
花嫁修業? ふざけるな。そんなものをしなくたって、何不自由なく暮らせるだろう。
だが、自分のためにカナンは、花嫁修業を……。

そうは思えど、カナンと食事がとれないことはストレスだった。
未来の花嫁と食事もできないなど。ここに、この田舎に来た意味は。


再び小さなノックが響き、先ほどのメイドがトレーを持って入ってきた。


「本日の昼食をお持ち致しました」


ジルの座っている前のテーブルに、食事を並べる。
その動作は、ルリ島に来る前……自国にいたころと変わらない。

ふと顔を見ると、幾分か緊張しているように見えた。
無理もない、新しい環境で、自分の目の前で食事を並べているのだ。きっと慣れることはないのだろう。

並べ終えたメイドは、また静かに頭を下げ、部屋を出ようと歩き出す。


「待て」


メイドはびっくりした様子で振り返り「何かお気づきの点がありましたか?」と言う。
何も変わらない。自国で自分の世話をしていたころと、何も。
顔だけ知っている。名前はいちいち覚えていない。


「名は」
「……ななしでございます」
「ななし、お前はここに残れ」


は、と間抜けな声を出した。少しそれが愉快で、部屋の端にある椅子を指した。
ななしは椅子を見て理解できないというような顔をする。


「あの椅子をこっちへ持ってこい。そして座れ。ぼくの相手をしろ」
「じ、ジル様のお相手……ですか。しかし一体何をすればよろしいでしょうか」


ななしは戸惑いながら椅子を運び、「失礼します」と言ってテーブルを挟んだ向かいに座る。


「何か話をしろ」
「ジル様が楽しめるようなお話は、何も」
「メイドのお前に何も期待してはいない。ぼくは暇なんだ。何か話せ」


なんて身勝手だろう、とこの現場に第三者がいたら思うだろう。
ななしもそう思ってか、困惑した表情を見せるが、すぐいつもの表情に戻り「では、」と話し始める。


「先ほどメイド長に怒られた話でもしましょうか」


少し、ジルは吹きだした。ななしの顔が羞恥で赤かったからである。

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