帰宅すると、ナマエはすぐにゲーム機の電源を入れた。それが毎日の習慣だからだ。
雑貨屋で買ったヘアバンドをつけ、クレンジングシートで適当に化粧を落としたところで、ようやくテレビの前に座る。
ため息をついて構えたのは、コントローラを持った自分か、画面の中のキャラクターか。

ナマエは慣れないゲームを毎晩プレイしている。


「よう」

出迎えてくれたのは家主のルークだ。休日、予定が合えば家で格闘ゲームをするのが2人の決まりだった。聞き慣れた短い挨拶にナマエもよう、と返す。最初のころはお互いのご機嫌伺いもしていたが、付き合って1年も経てばそんな言葉は必要ない。
ナマエはルークに促され、部屋に上がった。勝手知ったるもので肩にかけていたトートバッグはソファの横に置く。


最初に家に誘ったのはどちらだったか。もう2人とも覚えてはいないが、ナマエのスマートフォンに"ねこあつめ"なるアプリが入っていたのがきっかけだ。そのころ2人は出会ったばかりで、同じ趣味やら話題を探っていた関係だった。同じアプリをプレイしていたルークは、ちょうどいいと言わんばかりに距離を詰めた。

ゲームの話を振られつつ、ナマエは困っていた。そこまでゲームに熱意がなかったのだ。しかし、熱心に話すルークの可愛さたるや。少年のように瞳を輝かせるルークに、胸のときめきを覚えたのも事実。
結局、ナマエは口を挟むことができず、否定がないことを肯定と捉えたルークに「ゲームに興味のある女」認定されてしまった。

ではそのままナマエがゲーマーであると勘違いされているのかというと、そうではない。
親交を深めるためルークの家にお邪魔し、何度かゲームをプレイするうちに、プレイングが下手だという理由でバレたのだ。変な嘘をつかれたと思ったルークは目に見えて肩を落としたため、ナマエは素直に「あなたと同じ趣味がほしかったの」と打ち明けその場を凌いだが、これもいけなかった。

「じゃあこれからもゲームしてくれるってことか?」
「……い、」

いや、そういうわけではない……と口の中で呟いたが、実際出てきた言葉は「いいよ」であった。期待を込めた眼差しが、捨てられた子犬に見えた。打って変わって、ナマエが出した答えにルークは瞳を輝かせる。
ナマエは「どうしてこの男は、ゲームのことになるとこんなに胸打たれる表情ができるのだろう」と、後悔で占められた頭で考えた。

かくしてナマエは、興味のないゲームに日夜励み、休日は恋人同士の甘い時間を捨ててゲームをプレイすることになったのである。


「最近やってたか?」
「ちゃんとやってるよ。しゃがみガードって大事なんだね」

ナマエの話す覚えたての戦法は初心者のそれだ。それを遮ることもなく、ルークは楽しそうに聞いている。ルークは早く対戦したいと、慣れた手つきでバトルモードを選んだ。

いつもであれば、経験者であるルークが必ず勝つ。勝敗に多少の悔しさは覚えるものの、こだわりのないナマエはそれで腐るような女でもなかった。何戦か行い、残念だなという旨の感想を言う。それが関の山である。
しかし、今日は違った。普段は一本すら取ることを許されなかったが、2戦目で中々の健闘をしたのだ。

「あっ」

あと一発、必殺技を当てれば勝てた。しかし、焦ったナマエは咄嗟に技が出せず、一瞬の隙を突いたルークの鋭いキックに撃沈する。
画面上に表示されるルークの勝利画面。操作キャラクターが嬉しそうに動き回っている。

いつの間にか力一杯握っていたコントローラーの手を緩め、ナマエは深く息を吐いた。そのままソファの背もたれに体重を預ける。
初めて悔しさを覚えた。もうすぐ手の届きそうだった勝利が、自分の未熟さによって遠ざかったからだろう。

「お前……」

隣から震えた声が聞こえる。首を動かしてルークを見ると、いつもの輝いた瞳があった。

「お前、上手くなったなあ!」

興奮のまま、ルークはナマエの肩をパシリと叩いた。感じた悔しさは、優しい肩の痛みに溶けた。ナマエはじっとルークの顔を眺める。
やっぱり、この男は良い顔をする。
出会ったころと変わらない顔を見せる彼氏を見ると、この男のためにやめられないんだよなあ、としみじみ感じるのであった。

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