「夜は一緒に寝てやれねぇからな」 「ひゃ、ひゃあ……!」 轟くんの言葉は非常に無慈悲なものだった。ひどい。なんてことだ。困ってしまったなんてものじゃない。手に持った湯飲みがかたかた音をたてる。湯飲みが震えてるんじゃない。わたしが震えているのだ。どうしようか。どうにかして解決策を。普段使わない部分までフル活動させるけど、どうすればいいのかわからない。だって轟くんにもわからないのにわたしにわかるわけがなかった。一番は轟くんの影を戻すことだけど、そんなのすぐにはできないし。 「つんだ。でれない」 わたしの"個性"は『夜道』だ。その名の通り、暗闇でも昼間のように見える。ただそれだけ。それしかできない、地味で弱い"個性"だった。わたしは小さいときから特にヒーローに憧れたりしなかったから、この戦闘向きではない"個性"を悔しいとは思わなかったけど、ひとつだけ欠点がある。わたしは、それはもう暗闇が大嫌いなのだ。暗闇が暗いから怖いという子供はたくさんいるけど、わたしは暗闇が暗くもないのに怖いという子供だった。辺りがちゃんと見えるのに何が怖いのかとよく聞かれるけどそんなの自分でもわからない。ただ怖い。そのことに理由が必要なのかと。 「じゃあ豆電球つけて寝ればいいじゃねぇか」と轟くんが言う。確かにもっともなことではあるんだけど、わたしはめんどくさいことに暗くないと眠れないのだ。これは暗闇でも昼間のように見える"個性"に関係してるのかもしれないけど、ほんのすこしの光でさえ眩しくてしかたがない。だから部屋は真っ暗にして眠る派だった。部屋を真っ暗にして、寝室のダブルベッドで轟くんに抱き付きながら眠る。それが日常だった。なのになのに。 「ぜつぼうした!」 「……今更だが、俺と出会う前はどうやってたんだよ」 「おもいだせない」実家暮らしだったから他に人がいるという安心感でどうにか自分を騙してた気がする。 「俺が出張とか帰れないときは?」 「じっか……。あとは、ねない。ひとばんじゅうりびんぐでてれびみてる」 轟くんが長い長いため息をついた。だって怖いからしかたない。 「だきしめてくれないとねむれないからだになってしまった。せきにんとってよね!」 「元からそのつもりではあるけどよ……。しかし不便な体質だよな」 はてさて。困ってしまったね。 ご飯を食べて一緒にお風呂に入って今は轟くんと寝室にいる。暗い寝室。電気のついてない寝室でもわたしにはまるで昼間のように見えるけど、そこに轟くんの姿はない。一緒に寝室に入ってきて、わたしの隣に寝転んで、わたしはたしかに轟くんをだきしめたはずなのに。電気のリモコンをオフにしたとたん、どんどん暗くなっていく寝室に融けるみたいに轟くんはいなくなった。 「とどろきくん……いるの?」と聞くと「いるよ。お前を見てる」と聞こえた。どこから聞こえてるのか判断するのは難しい。隣からのような気もするし、天井からのような気もする。近くから聞こえてる気もするし、遠くからのような気もする。たしかに轟くんの声はするのに、轟くんがどこにいるのかまるでわからなくて、轟くんはここにいると言っているのに本当にここにいるのか自信がなかった。目を開けても目を閉じても轟くんはいない。 「ねぇ……いまはどんなかんじなの? わたしのことはどうみえてる?」 「変な感じだ。自分でも自分の体は見えねぇ。どこにいるのかも正直わからねぇ。この部屋の隅々、全部が見えるんだ。 「となりにきてよ……」 「それができりゃいいがな……」 わたしの目はどんな暗闇だって昼間のように見えるのに、目を開けても目を閉じても轟くんは見えないし、手を伸ばして空を掻いても触れられない。それじゃあまるで、轟くんがここにいないのと同じじゃないか。 「とどろきくん、たすけて」轟くんが隣にいないことが、こんなにも恐ろしい。ぽろりぽろりと熱い涙が頬をつたって枕に染み込んでいった。轟くんの困ったような声がどこからともなく聞こえる。 「泣かないでくれ。頼むから。俺はお前をちゃんと見てる。いま、涙が耳に入りそうになったのも知ってるぞ」本当に見えているらしい。ずずっと鼻を啜る。 「じゃあ今夜だけはずっと一緒におしゃべりしてよう」 「だめだよ、とどろきくんねないと……あしたもおしごとでしょう」 「だったら安心させてくれ。お前が泣いてるのに、その涙を拭うことができねぇことが、悔しくてしかたねぇんだ」 そう言われてわたしはぐしぐしと袖で涙を拭った。明日に差し支えては。轟くんの迷惑になってはいけない。もともとはこんな泣き虫じゃなかったのに轟くんに出会ってからわたしはどんどん弱くなってしまった。これはますます責任をとってもらわなければ。ごしごし、ぐしぐし。雑にやりすぎてすこし目の辺りがひりひりする。轟くんは笑っていた。あれ? 「とどろきくん、いる?」と聞くと「いるよ」と返ってくる。 「いまね、くらやみがゆれたきがするの」ほんのちょっとだけど、さっき、轟くんが笑う声がわたしの頬を擽った。逆立って怖がってばかりだった神経が、和らいでくる。轟くんはここにいる。目を閉じた先に見える、この暗闇は轟くんだ。 「とどろきくんはほんとうにいるんだねぇ……」 「あぁ。いるよ。ずっとお前を見てる。眠くなってきたみてぇだな」 「うん。あぁ、よかっ、たぁ……」轟くんはちゃんとここにいた。安心すると、途端に目蓋は落ちて、意識が手元から離れていく。「おやすみ」という声に答えることはできたかわからない。 恋人が影を無くして帰って来た、その日の夜。暗闇嫌いのわたしは優しくて暖かい、恋人みたいな夜に包まれて、朝までぐっすりと眠った。 171112. |