轟くんは次の日の朝、起きてみれば隣でいつものように眠っていて、わたしの体は轟くんにしっかりとしがみついていた。あの夜から彼の体がどうなってこうなったのかは知らないけれど、ちゃんと朝になれば帰ってきてくれる。ほっとした。ちゃんと戻ってきた轟くんの体を確かめるようにぺたぺたと触っていると轟くんはうぅんとすこし唸ったあとに目覚めて、「おはよう」といつもよりご機嫌なわたしに気付いたのか、「あぁ、おはよう」と笑って頬っぺたに小さなキスをくれた。人生で一番くらいに爽やかな朝だった。それからベッドから出て轟くんは洗面所へ身支度を整えに、わたしも顔を洗ったらボサボサ頭を弛く結ってすぐさまキッチンへ。二人一緒に起きると朝御飯を用意しておけないのが難点だけど、どちらかが目覚めるとどちらかも目覚めてしまうのでしかたない。鮭の切り身はクッキングシートを引いたフライパンへ。ご飯は昨日ののこりのもの。ふわっとしたお米の方が美味しいから日本酒を振りかけて軽くラップをして電子レンジでチン。お味噌汁はインスタントだから、電気ケトルに制限ギリギリまでお水を入れて電源をオンにする。お味噌汁分とそれから緑茶分。冷蔵庫からお新香と昨夜の残ったおひたしを取り出して、机に並べる。うん。 「おお」 ちょうどいいところに轟くんがリビングに入ってきた。無地のシャツとジーパンっていうお洒落の欠片もないような格好をしてるけど、ごちゃごちゃしなくても轟くんは素材が良いからそんな服装でさえまるで着こなしてしまっている。今日もかっこいい。 「ごはんのじゅんびはできてるのです。はやいでしょ」えっへん、と無い胸を張る。 「あぁ。いつもありがとうな」轟くんが頭を撫でて笑ってくれるのでうれしい。お夕飯はもっと張り切っちゃう。そして二人そろっていただきますをする。テレビはつけないけど、轟くんは日夜世界の事件には気を付けてないといけないのでラジオはつけている。朝のニュースを伝えるラジオの音と雀の鳴き声と、かちゃかちゃと食器のぶつかる音と、たまに一言二言交わす会話。今日はなんだか平和そうだ。 「そうだ。とどろきくんあのね、みどりやくんにれんらくしようとおもう」 「あぁ……影のことか」 「うん。あまりふべんじゃないことはわかったけど、これはわたしひとりでかかえるにはあまりにもおおきすぎるとおもった」 轟くんはまぁいいだろ、と頷いた。これは家に招いても良いということだ。 「じゃあ、あとでれんらくしてみよう。おやすみだといいな」 「どうだろうな。無理はいうなよ」 「がってんしょうち」 ご飯が食べ終わったら轟くんは空になった食器をシンクに下げてくれて、わたしはラジオを消す。小さなポーチだけを持って、轟くんはいざお仕事へ。いってらっしゃい。 「その話を聞いて僕は何を言えばいいの……」 「まずのろけたかった」 なんとうれしいことに緑谷くんは今日のお仕事は休みだったので、さっそくうちにお招きした。お昼時に読んでしまったのでお詫びにお昼をご馳走している。緑谷くんは「まぁいいけどね」と言いながらナポリタンを食べている。唐辛子の効いたピリ辛ナポリタン。我ながらうまくできたとおもう。 「それで。ちょっと途中で聞き捨てなら無い単語がでてきたんだけど……え、影がないの?」 「うん。こんどあったらみてみるといいよ。とどろきくんのかげないから」とそういったわたしに緑谷くんは二三度大きな目をぱちくりとして、それから「そっかぁ。大変だねぇ」と言った。え、それだけ。まさかの。 「みどりやくんはおなじだとしんじてたのに……うらぎりもの」 「え、なんのこと……?」 「もっと、なんか……はんのうがほしかったの」 「だって、轟くんが大丈夫って言ったんでしょう? なら、きっと大丈夫なんだよ。彼の性格を考えると他人に相談することはないだろうから、たぶんあまり他の人たちには伝えてなくて、もしかしたらそのことを知ってるのは君しかいないのかもしれない。一応僕も知ってる一人として気を付けてはいくけど、でもやっぱり、轟くんが大丈夫って言うんだから大丈夫なんだと思うよ」 わたしを諭すように「ね?」と言った緑谷くんに何とも言えない感情が込み上げてくる。嫉妬とか憧れとか、妬みとか。どうしてこう、緑谷くんは。 「きらい」 「えぇ?!」 「みどりやくんはひどい。わたしのほうがとどろきくんのことしってるはずなのに、みどりやくんのほうがとどろきくんをしんらいできてて……」 わたしが誰よりも轟くんを理解してあげたいのに。わたしは轟くんのことを完全には理解してあげられないし、大丈夫だと言った彼の言葉を信用もしてあげられなくて、こうして緑谷くんに相談している。それが轟くんに対しての裏切り行為だとわたしは理解しているのにどうしてもやめられなかった。「ずるい。きらい」 「……本当にぼくのこと嫌いになっちゃったの?」 「そういうききかたもずるい。うそだよ」 緑谷くんはとても良い人だ。わたしなんかとも仲良くしてくれるし、こうやって相談があると言えばわざわざうちまで来てくれる。轟くんに引けを劣らないほど人気で忙しいみんなのヒーローなのに。緑谷くんみたいな人はたくさんの好きでできてるから、きっとわたしひとりの嫌いがあったって平気なはずなのに。 「そんな泣きそうな顔してるところ轟くんに見られたら、たぶん僕は轟くんに縁を切られるだろうね」と緑谷くんが言う。轟くんが緑谷くんと縁を切る。そんなことは、わたしが轟くんをきらいになることと同様にあり得ないことのような気がした。わたしは答える。「そんなことないよ」 「そんなことあるよ」 「そんなことないよ。ありえない。とどろきくんはそんなことしないよ。わたしをすてるより、ありえないことだ」 わたしの言葉に緑谷くんは「困った人だね」と笑ったけど、わたしは笑えない。轟くんが友達との縁を簡単に切るような冷たい人なのだと、緑谷くんには誤解してほしくない。その一心だったけど、緑谷くんは「本当に困った人だね」と言っただけだった。 「確かに轟くんは友達と簡単に縁を切るような人じゃないけど、恋人を簡単に捨てるような人でもないんじゃないかな。それはたぶん、僕よりもずっと君のほうがわかっていると思ったけど」 この人は本当に優しくて本当に強くて本当に仲間思いで本当に良い人だけど、本当にずるい人だ。そんなふうに言われたらわたしは否定することもできなくて、子供みたいに頬を膨らませるしかなくなるというのに。 「しってるもん」 「うんうん。そうだよね」 「……みどりやくんずるい。きらい」 「うんうん」 「うそ。すき」 「ありがとう」 「でも、みどりやくんもすきだけどとどろきくんのほうがもっとずっとだいすきだからごめんね」 「うん。なんで僕がふられたみたいになってるのかな」 緑谷くんが笑うので、わたしも釣られて笑った。いつのまにか轟くんの大丈夫という言葉は大丈夫なんだと納得できていた。轟くんがそういうんだから、きっと全部が大丈夫だ。 171113. |