お近づきになりたいのさ
義兄、霧崎水明が自分に恋愛感情があると分かって以来、風海純也は彼の勤め先である須未乃大学によく訪れるようになった。これまで秘めた気持ちを抑えつつも、素直にその来訪を喜んでいた水明もこれには頭を悩ませた。気を使ってか生徒の間宮ゆうかが不在の時に足を運んではくれるものの、その頻度は高く、加えて話すことと言えば。
「兄さんはどういった経緯で僕を好きになったの。」
「純也、人にはそれぞれ言うのが憚られることがあるってのは分かっているよな。」
「うん。でも知りたい。」
こういった水明の純也に対する想いについてばかりなのだ。当初墓まで持っていくか、露見しても手酷く振って欲しいとすら考えていた感情を拾い上げられ、それどころか成り立ちすらも求められている。純也から投げかけられる質問のたびに、唇こそ動かないが当時の記憶が彼の中では蘇っては脳裏にこびりつく。しかしそもそも今は水明の一方的な片思いの筈で、続け様に根掘り葉掘りと聞かれては嬉しいとも悲しいとも言えない気持ちを抱えていた。水明は米神に指先を押し当てながら深いため息をついた。
「矢継ぎ早に…まるで調書でも取るみたいだな。となると罪状は一体何になるんだか。」
「…なるほど、僕の職務から逮捕というワードが連想される。そして兄さんとしては願ったり叶ったりするのかな…?兄さんそういうの好きなんだね。覚えておくよ。」
「自問自答が口から漏れるのは今ばかりは悪い癖だぞ純也。あと俺の性癖について推察するのはやめろ。」
「後学のために聞きたいんだけど、ミニスカとかそういうのかな。それとも完全にスーツ?」
「黙秘権を行使させてもらうぞ、風海警部補殿。」
きっぱりと拒絶の意を示すと、純也はわかりやすく寂しそうな顔をした。純也は彼の同僚にも指摘されるように、表情に思考が乗りやすい。故にその頬に喜びの色が彩られれば我が事のように水明は嬉しく思えたし、悲しみに幼さの残る顔立ちが陰れば、いち早く気づいて駆けつけた。話を切られてしまった純也はしおしおと花の如く萎み、本が乱雑に積まれたソファに深く背を沈ませた。非常に困る。そんな顔をさせたいわけではない。ただでさえ職業柄凄惨な現場や、気を重くすることばかり目にするだろう彼だ。自分という家族といる時くらい、心に何も枷のない状態であって欲しい。
言葉を選びあぐねいて数分経ち、再び深いため息を吐くと水明は純也の隣へと身をねじ込んだ。惚れた方が負けなのだと先人も言っていたが、それは水明にも当てはまっていたのだろう。純也の意図は分からないが、諦めて話すことにした。突然割り込んできた水明に純也は驚きつつ、ジッと見つめてくる義兄の視線に応える。
「お前を好きになった経緯、だったか。」
「うん。兄さんの口から直接聞きたい。」
「根負けしたからには話すが…別に知らずともいいことだと思うぞ。」
「そんなことないよ。僕が見落としてきた兄さんの気持ちを、一から知っていきたいんだ。僕が知らず、兄さんが押し殺してきた感情だってあったと思う。」
純也が向けていたのは好奇の目ではなく、真摯な眼差しだった。恋なんて自分勝手に始まるものだと分かりきっているだろうに。それを見落としてきてしまったと言う。愚かしいほどに甘い。身内への甘さもあるだろうが、これは彼生来のものだ。
そういうところだ。そういうところが昔から酷く気の毒であり、水明にはどうしようもなく愛おしい彼の性分だった。
唇が戦慄くのを感じる。喉の渇きを覚えたが、何事もないように装って水明は口を一度閉ざした。そしてありのままを口にした。
「そういうお前の甘すぎるところにだ。昔からお前はそうだった。そのせいで何度も悩み、苦しんだのを俺は知ってる。何せ一緒に暮らしていたからな。…側で見つめてきて、大切に想う様になり、とうとう特別な感情を伴ってしまった。」
「甘すぎる…?よく言われるけど僕は僕の思うように考えて動いてるだけなんだけどなあ。」
「それも含めてだ。きっとお前のそういう甘さ、優しさは、他人から見ると歯痒くもあり酷く魅力的でもある。人の長所短所は表裏一体だからな。…褒めてるんだぜ、自信を持っていい。」
「そう、そうかな。自分では分からないけど嬉しいや、ありがとう兄さん。…兄さんが好きになってくれたものなら、これからも大切にしたいと思うよ。」
「ああ、是非そうしてくれ。それで…これは甘ちゃん好きの男から提案なんだが、その甘さで気が滅入ることがあれば他の誰でも無く俺を頼ってくれ。勿論際限無く協力しよう。どうだ?」
そう言って水明はトンと右の人差し指を純也の胸へ突き立てる。水明の恋情を知った今、彼の意味するところが分からないほど鈍くはいられない。素直にワタワタと動揺し始めて、ソファにこれ以上逃げ場はないことを悟ると純也は小さく頷いた。僅かに彼の頬が朱を帯びたことに気を良くした水明は、頷いたことにより手頃な位置にきた額へと口づけを贈る。急に肌に落ちたリップ音にまたあたふたと手足をバタつかせる純也。その姿に翻弄されてばかりいた水明の溜飲が暫くぶりに下りた。大きく笑い声をあげながら今日はこのくらいにしておいてやろうと、まだ赤いその頭をグシャグシャと掻き混ぜる。
「本当にお前の反応は初々しいな!それが俺はとても嬉しいよ。」
「な!?に、兄さんこそ何で途端に余裕になってるの?!」
「いや、なに、悲観的になり過ぎていたと思ってな。お前の甘さにまた救われたよ。これからは積極的に行こうと思うから、ひとつよろしく頼む。」
「そ、それは…どうも…。」
しどろもどろになる純也を見て、大学僻地の研究室に低い笑い声が木霊した。純也はまたグシャグシャと髪を撫で回されたかと思うと、ギュウとその懐に抱きしめられる。彼の鼻腔いっぱいにタバコの香りが混じった、彼本来匂いが飛び込んできて心臓がよくない音を立てる。純也が藻掻くが水明は離れない。積極的に行くとの言葉通り、水明は講義までの時間制限目一杯まで抱きしめ続けた。そしてギリギリになった瞬間呆気なく解放する。未練がましい姿を見せるのも格好がつかないと思い、さっぱりと別れの挨拶を告げると水明は研究室を後にした。
対してまた残されてしまった純也だが。資料を探しにゆうかがやって来たところ、ソファに蹲っていたのを発見され、事情を聞かれそうになり七転八倒する羽目になる。
このあと恥ずかしくなったのか暫く大学に純也の姿が見えず、嫌われたのかもしれないと水明が無駄に落ち込んだのだった。
20161221
20171006 一部修正、追加。
モドル