陽だまり
鳥の囀りが聞こえる。瞼の裏からでも染みる陽の光にゆっくりと俺は瞼を持ち上げた。いつもの自分の寝室だ。見慣れた天井が視界に映る。これがリビングなどであれば煙草で焼け、黄みががった壁が映ったのだろうが。寝室はそれよりかは幾分マシな白色を保っている。寝室のすぐ隣にはベランダがあり、吸いたくなれば其方に移動するからだ。
煙草のことを思い出すと自然、起き抜けに一本吹かしたい気持ちになった。不健康極まりないと自覚はあるが、コレばかりはやめれそうにない。大学時に吸い始めてから酷い中毒になった煙草だが、今はその頃に始まって良かったと思う。あの時には義弟である純也への恋慕を募らせており、なんとか風海夫妻に話をつけて一人暮らしを始めた時期でもある。育ち盛りの純也を副流煙に晒すのは頂けなかったし、恐らくアイツへの感情でもっと酷い吸い方をしていたのが眼に浮かぶ。
結論のみ言ってしまえば、今度は純也と離れたストレスと、一人暮らしへの不安から煙草に頼りになりっぱなしだった。何にせよヘビースモーカーになる道は開けていたというわけだ。ついつい自嘲の笑みも浮かぶ。
思い出に耽るのはこれくらいにしてそろそろ吸うか、と右腕をサイドテーブルへと伸ばす。伸ばそうとした、のだが。
「おっと…?」
右腕は痺れと重みがあった。不快ではない、寧ろ夢にまでみていた感覚だ。一瞬不思議に思い見下ろせば、義弟である風海純也が俺の腕を枕に寝息を立てている。俺と同じくベランダから漏れる光が眼に沁みるのだろう。眩しそうに瞼をピクピクさせているがまだ眠りの最中にいるようだ。危うく起こしてしまったかと思ったが、大丈夫そうでそっと胸をなで下ろす。
純也が着ている寝巻きのTシャツ姿には覚えがあった。そうだ、昨日から泊まりに来ていたんだったな。それで…と昨晩を思い出し、ふむと一人息をつく。
「…俺の都合の良い夢、では無いな。」
痛みがちゃんとある。それも純也からもたらされた腕の痺れという痛みだ。そう思うと途端に甘やかな声色が自分の口から溢れた。普段の声との差に自ら気づいてしまい、苦笑が漏れる。俺自身、純也に十二分参ってるとは思っていたが、昨夜思いが通じた時から更に深みに嵌ってしまったと感じる。
手に入らなくともただ誰よりも支えてやりたい、それで自分は満足だ。よしんば思いが通じたとしてそれだけでも…などと殊勝なことを考えていた自分が馬鹿らしくなる。人間がどこまでも欲深いのは分かりきっていたことでは無いか。事実、常に冷静を心掛けている自分が簡単に恋愛によって揺さぶられている。人の心のエネルギーというものをまざまざと感じてしまい、久方ぶりに羞恥心が湧き上がってきた。溜め息まで込み上げる。
そんな俺の僅かな動きが伝わったのだろう。今度こそゆっくりと純也の目が開かれた。年齢を鑑みてもやや童顔な、男にしてはぱっちりとした眼が周りをキョロキョロと観察している。まだ少し眠たいのだろう、瞼が下がり気味だ。普段寝起きしている純也自身のベッドでは無いことに気づいたようだが、それでも睡魔に覆われた思考は状況を飲み込めないらしい。その視線はつい、とサイドテーブルに向けられ、そこに乗せられた煙草に引っかかりかけた俺の指先へと辿られていく。そして腕から見上げた先、俺の姿が漸く視界に入ったようだ。隣に普段居るはずのない義兄の姿に驚くかと思われたが、安心したように目元を綻ばせたあと、小さく呟く。
「兄さん、朝から煙草はダメだよ。」
これで我慢してね、そう言うと音も無く、俺の唇に自らのものを重ねた。そしてまるで昨夜の俺のキスを真似るように、チロリと赤い舌を覗かせた。その舌で俺の唇を湿らせ、離れていく。硬直した俺には気付きもせずにそのまま純也は再び眠りの世界へと落ちていく。
あまりの衝撃に暫く放心していたが、震える手が改めて煙草へと伸びた。しかし、あんな婀娜やかな真似をされて、それを反故に出来るはずがない。何より恋愛経験の僅かな純也が、昨日の今日で覚えたての技巧を自分に見せようとしたのが一番男心にキていた。愛おしさといじらしさで益々煙草に逃げそうになる。震える指先を押さえつけるように握り込み、開いた指で純也の肩をグッと抱き締める。夢ではないのだ。恋人として隣で眠る純也も、仔犬の戯れのようなキスも、間違えようも無く俺に捧げられたものだ。
多幸感に包まれながら純也に倣うように瞼を閉じる。朝とはいえ純也も俺も休みだ。特に純也は心労も多い部署だ。どうかこの眠りが彼にとって安心感に満ちたものであればいいと願ってやまない。
暖かな太陽の匂いと、純也から香る自宅のボディーソープの匂いに誘われて、睡魔に身を委ねる。次に目覚めた時には先ほどのキスのことを聞いてやろう、随分情熱的じゃないか、なんて言いながら。
20170110
短いですが、純也くんが手に入った自覚とご機嫌な水明兄さんがみたくて。
モドル