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4月10日、水曜日。わたしは新しい学校の敷地へと足を踏み入れた。周囲からは「中学3年生の多感な時期に転校なんて」と可哀想がられたり不憫に思われたりしているらしい。確かに今まで築いてきた友人関係がリセットされ、また新たに構築していかないといけないのかと思うと少し面倒に思ったけれど、転校自体は親の事情なのだから仕方ないと割り切っている。

新しい学校はごく普通の公立中学校で、全生徒数は350人程度。各4クラスずつの小さな学校だった。家から学校までが近く、徒歩10分程度で登下校できることは転校して良かったことの一つだ。あとは友達と呼べる子が出来て、平穏に暮らせれば何の文句もない。でもな…自分から話しかけるの結構勇気いるよな…どう話しかけようかな。そんなことを思っていると、同じクラスの女子が数人「苗字さん」と話しかけてくる。

「よろしくね、よかったら校内色々案内するよ」
「っ!ありがとう、じゃあお願いしてもいい?」
「もちろん」

明るくてキラキラ系の女子たちが話しかけてくれたことでわたしが危惧していたことは解消され、何とか1年間平穏に暮らせそうなことが確定した。前途洋々な中学校生活に想いを馳せながら女子達に連れられて各教室を案内されていると、私たちの教室の方面からBoon!という爆発音が響く。思わず音に肩を揺らし、ヴィランの襲撃か何かあったのか!?と身構えると、女子たちから「あぁ…またやってるよ」と何とも気の抜けた声が聞こえてきた。

「うちのクラスに爆豪ってのがいてね…そいつの個性が”爆破”なの」
「えー…個性ってそんな軽々しく使っていいんだっけ」
「うーん…でもあいつ、勉強もできるし個性も強いし、将来有望だから」
「先生すらアイツの素行に口出しできないんだよ」

聞くところによると、さっきの爆発音は素行の悪いクラスメイトの”爆豪勝己ばくごうかつき”という男の個性らしく、彼は威嚇の代わりに個性を使うため教室に爆発音が響くのは日常茶飯事だという。個性を使うのって免許持ってる人だけって法律で決まってなかったけ?というと、まぁちょろっと使うくらいみんなやってるし、それにアイツ怖いからみんな口答えできないんだ。と返ってくる。なるほど、この学校はカースト制度がひどく板についていて、頂点に君臨しているのはその”爆豪勝己”なんだな。と理解する。それにしても、ちょろっとのレベルじゃなかったぞ、あれ。

「苗字さんも、爆豪には気を付けた方がいいよ」
「そうそう、関わんないほうがいい!あいつ女にも容赦ないから」
「あはは、気を付けるよ」

アイツの気に障ると爆破されるよ、という女子たちに大げさだなぁと笑いながらもきっと右も左もなにも分からないわたしに注意喚起してくれているのだろうと思い、気持ちを踏みにじらないように「気を付ける」とだけ返した。…まさか、ものの数時間後には彼女たちの危惧していた通りになるとは思いもせず。呑気に彼女たちに付いて教室ツアーを続けるのだった。


それは、放課後のこと。さっき仲良くなった子たちは全員部活があるとかで「また明日」と挨拶を交わすと早々に教室から居なくなった。わたしは特にやる事もないし、やっと家に帰れるなぁと上機嫌になりながら荷物をまとめて立ち上がると、隣の席の男の子の机にぶつかってしまい彼のノートを落としてしまった。「あっごめん」と言いながら拾おうとすると、彼は「あわわわま、待って!」と焦った声で静止を掛けようとするが、時すでに遅し。開いたノートからは中身がバッチリ伺えた。

「…これ、もしかして”シンリンカムイ”?」
「っ!苗字さん、しし、し知ってるの?」
「知ってる!確か最近注目の若手ヒーローだよね?」

ノートの中には最近人気がうなぎ上りの若手ヒーロー”シンリンカムイ”の絵と、個性や戦闘タイプなどを分析した内容が書かれていた。1ページにびっしりと。細かすぎるその内容を見て「ほぉ…すごい、良く書けてる」と関心のため息を漏らすと、もともとこのノートを見られたくなさそうだった彼は、私もシンリンカムイに興味がありそうだと悟り、大きな目をキラキラとさせた。


「そ、そうなんだ…!彼の凄さはまずブランディングがしっかりしてるところで、事件解決数もさることながらチームアップも積極的に組んでいて、それを可能にしているのが実力なんだけど、その戦闘スタイルと純粋な戦闘力の高さには思わず称賛を送りたくなるほどの美しさがあって、個性も相まってもはや芸術品と言ってもおかしくないほどで…」


…めっっっちゃ饒舌。
さっきまで色々と言い淀んでいた様子とは打って変わってペラペラと噛みもせずに”シンリンカムイの良さ”について語る彼。すごいな…と純粋に心の中で称賛しながらその様子を見つめていると、彼は我に返ったようにハッとして「あああご、ごめん!」と顔を真っ赤に染めながら頭を何度も下げて謝った。

「えっなんで謝るの」
「い、いや…キモいかなって…ヲタク、だし…」

一つのことに熱中出来て突き詰められるのは良いことだ。わたしはどちらかというと広く浅くっていうタイプだし、ここまでヒーローという一つのものに熱中出来ている彼を純粋に尊敬した。シンリンカムイの分析もウィキペディアかと思うほど正確だ。一種の趣味として成り立っているのだから、ヲタクだろうが誇っていい。さっきまでの煌めきを無くしたようにしゅんとした様子で俯く彼に「…ねぇ」と声をかける。

「えっと…緑谷みどりや、だっけ?」
「う、うん」
「ヒーロー、憧れてるの?」
「そっ……う、うん…」

確か先生に”緑谷出久いずく”って呼ばれてたよなと思い出して彼に将来の夢はヒーローかと聞くと、また彼は言いずらそうに、うん…と頷いた。スクールカーストが強い学校だし、もしかしたら弱個性で何か言われたことがあるとかなんだろう、きっと。夢への情熱を失いつつある緑谷に声を掛けようと口を開くと。


「クソナードがヒーローォ?無理だからやめとけ、そろそろ現実見ろよ」


教室の端っこでそんな声が聞こえてきて、わたしと緑谷は同時に声の方へ振り向く。そこにはクリーム色のツンツン頭、赤い眼は吊り上がっていて、馬鹿にしたかのような笑顔を顔に張り付けている男が机の上に座っていた。その周りには彼と同じように制服を着崩した男が数人立っていて、ツンツン頭を取り巻いている。…あいつが爆豪勝己か。チンピラもいいとこじゃないか。

「…誰が無理って決めつけたの」
「あぁ?」

思わずそんなことを口走っていた。でも、こんなにも純粋に憧れて、ヒーローになるために「将来のためのヒーロー分析」ノートまで書いて目指している緑谷の夢を、誰も簡単に笑ってはいけないと思った。叶えられても叶えられなくても、夢に挑戦する資格はみんなにあるはずなのだ。だから、こんなチンピラまがいの男が簡単に緑谷を否定する様子に黙っていられなかった。わたしが爆豪の発言に噛みつきながら睨むが、彼は依然として馬鹿にしたような笑顔を顔に張り付けながら私達を見下ろした。

「聞いたか?クソナードはヒーロー目指してんのに女に守られてやがる」
「ギャハハハ!しかも転校してきたばっかの奴に!」
「弱々くんじゃんねぇか!それでどうやってヒーローになんだよ!」

爆豪を中心に取り巻きたちは緑谷を指差しながら高笑いをし始める。教室内にはまだ何人か残っていて、遠巻きに様子を窺うように私たちを見る人たちも居たが、大半は爆豪たちに乗っかるようにクスクスと静かに笑っていて、まるで教室中の人たちが全員緑谷を馬鹿にしているような雰囲気だった。その空気に異常さを感じながらも、緑谷に「気にしなくていいから」と言いながら彼の顔を見ると。


「…っ、ぼ僕…か、帰るよっ…、」


顔から耳まで真っ赤にして大きな目には涙を多少浮かべて。急いでリュックを背負うと緑谷はノートを胸に抱えて走るようにして教室を飛び出した。周りは未だクスクスと笑い、爆豪は「だからクソナードなんだよ」と言いながら、また馬鹿にするように鼻で笑った。…これって虐めじゃないの?こんなの許してていいわけ?そんなことが頭の中を駆け巡り、ひどく嫌悪感が沸いた。ムカムカとひどくささくれ立つ気持ちを抑えきれず、ツカツカとわざとらしく足音を立てながら爆豪に近寄ると、わたしは奴の胸倉を掴んだ。

「カ、カツキ!」
「…なんだよ、モブ転校生」

周りからざわざわと聞こえ、取り巻きたちは焦ったようにわたわたと両手を空中に彷徨わせる。おおかた今まで爆豪に反抗してきた奴がいなかったから、どう対処したらいいのか分かんなかったのだろう。対して爆豪はそこまで取り乱す様子もなく、眉を寄せ鋭い眼でわたしを冷静に見下ろしていた。自分に歯向かってきたところで、自分が勝つ。そう信じて疑わないのだろう。…何もかも分かったような顔してるけど、コイツ案外なにも分かっちゃいないんだな。そんなことを思ったら思わずフッと笑けてきて、わたしはさっきの爆豪みたいに馬鹿にしたかのような笑顔を顔に張り付けた。


「クソ餓鬼」


鼻笑い交じりにそう言うと、爆豪より先に取り巻きたちの顔が真っ赤に染まる。キャンキャンと「お前いまなんつった!」と怒りを顕わにしているが、当の爆豪とわたしは今だ睨み合っている。わたしはコイツを許しておくことはできない。態度を改めさせないと。そう思っていると、スッと目の前を大きな掌が覆った。パチッと一瞬火花が至近距離で見えると、すぐに視界は真っ赤に染まる。Boon!
…顔の目の前で”爆破”される。


「クソ転校生」


爆豪はそう言い、また馬鹿にしたような顔で笑いながら中指を立て、取り巻きたちを連れて教室を去った。…個性が”爆破”って聞いた時、何処が爆発するのかとかあんまり深く聞いてなかったけど、なるほどそういう…胸倉を掴んでいて宙で固まっていた手をパタリと下に下ろしながら、けほっと咳をすると、とっさに反応できなかった悔しさのあまり「チッ」と舌打ちをした。

…髪、燃えたし。ゆるさん。