あるなんでもない日のこと

今日の私は朝からとても機嫌が良かった。なぜなら今日は「何でもない日」!バイトも、夏休みの宿題も終わったし何もない!!
何て素晴らしいのだろう。こんな素晴らしい「何でもない日」をプレゼントしてくれた神様に大大大感謝である。

なぜ私がこんなにも「何でもない日」を嬉しく思うのかというと、「こんな日」が滅多にないからだった。バイトは毎日のように入ってるし、バイトが休みの日は弟たちがせっつくように外出のお誘いを吹っ掛けてくる。しかし今日は彼らも同級生とプールに行くとかで、不在なのだ。つまり、一人で好きなことができるのである。自由万歳。さて何をしよう。

せっかくできたフリーデーだし、新しい服も欲しいから、買い物にでも行こうかな。と思っていた…のだが。


「は…37度?!」


ルンルン気分でみた携帯の天気予報のサイトは、本日の最高気温が37度だと書かれていた。お天気マークは、もはや普通の、我々が知っている晴れマークではない。晴れの向こう側にある灼熱の太陽である。何このマーク。初めてみたんだけど。

さすがにこれはちょっと。


「無理だわ…出るのやめよう…」


寒い冬よりも暑い夏の方が好きだけれど、37度もある日に外にいたいとは思わない。体温より高いし、日焼け止め塗ってたって日焼けする。それに熱中症になったら大変だ。


「こんな日はクーラーのきいた部屋でゴロゴロするのが1番だなあ」


私は体力の有り余る小学生男子ではないただの女子高生なので、贅沢に文明の利器に頼りきることにする。本当はどこかに出掛けたかったけど仕方がない。日頃の疲れを癒すことにしよう。うん、そうしよう。それにはまず準備が必要だ。
冷たいジュースとお菓子を持ってきて、あと雑誌があったらいいかな。さあ!極楽の地へいざいかん…!


「暑い」
「…は?」
「はあ…死ぬかと思った。まあ死んでるんだけど」
「え…きゅ、キュウビ?!」


意気揚々と部屋を出ようとしたら。突然紫色の煙がたち、中からキュウビが出てきた。しかもなぜかブラックジョークをいいながら。

ぐったりした様子だったが、すぐに「はあ…涼しい…」と言うと、もふりとベッドに着地する。えっ、ちょっと、何でここに?!


「な、キュウビ何してるのっ?!」
「外が暑いんだよ。ボク暑いの嫌い」


「ここは極楽だなあ」と言いながら、私のことなんかお構いなしに、ベッドでゴロゴロし始める。ちょっと、待て。急に現れた上に私の極楽の地を奪うとはどういうことだ。


「あの、キュウビさん…?私が今日そこでゴロゴロしようと思っていたんですけれど…」
「ボクはオキツネ様だよ?譲りな」
「えー?!いや、そもそもなんでここに…」
「だから、暑いからだって。この毛皮が目に入らない?」


ふわふわと尻尾を揺らして、私の腕にそれを巻き付けてきた。「こんなの全身に着てるんだよ?耐えれる?」確かに暑い!でも!


「キュウビは妖怪じゃん…しかも火属性じゃん…」
「ん?何かいった?」
「いえ、別に…」


キュウビの目が細められたので、私は思わず首をすくめる。何て理不尽なんだ。文句の一つでも言ってやりたかったが、喉まででかかったそれはすぐに飲み込まれた。だってキュウビには逆らえないのだ。怖いから。


「じゃあしばらくここで厄介になるから。よろしく」
「え?!」
「何、文句あるの?」
「いえ、特には…」
「ふふん。それでよろしい。それじゃ、ボクは寝るよ。おやすみ」


尻尾をくるんと体に巻き付けて、大きな体を丸くする。猫がやったら可愛い仕草なのだろうけど、相手はキュウビなので私はただため息しか出てこなかった。ああ…私の休日が…。


「しょうがないな…やっぱり出掛けてこようかな…」


暑いけど、ここにいるよりはましだろう。


「それじゃ、キュウビ。私出かけて、」
「だめ」
「…はい?」


今なんとおっしゃいましたか?


「えっと…?」
「七海もここで涼んでな。外は暑いよ。それこそボクの紅蓮地獄と同じくらいに」


焦げてもいいの、とキュウビが片目を開けて見上げてくる。そりゃ暑いのは嫌だけれど、キュウビが私のベッドを占領するからいけないのではないか。

そんなようなことを遠回しにかつマイルドに伝えれば、キュウビは「はあ」とため息をついた。「え、ちょっと。さすがにひどくない?」なぜここでため息をつかれなくてはならないのだ。


「あのさあ、七海ってそんなにわからんちんだったっけ?」
「?何を急に」
「いいかい、一度しか言わないからよく聞きなよ」


キュウビは寝転がっていた体を大儀そうに起こすと、腕をくんでそっぽを向いた。そして。


「ボクが七海と一緒にいたいから、わざわざここまで来たんだ。わからんちんのニブチンの七海でも、さすがにここまで言えばわかるよねェ?」


「それなのに出掛けるのならボクにも考えがあるけど」じろりと流し目でこちらを見るキュウビは、いろんな意味で破壊力抜群だった。思考回路も追い付かない。だって、あのキュウビが…これは夢か?

思わず頬を抓ってみたが案の定痛くて、さらには「バカなの?」と言われてしまった。ひどい言われようである。先程の台詞はやっぱり嘘なのではないか。でもキュウビはさっきから落ち着きなく尻尾を揺らしている。それが照れ隠しなのだと気付いてしまい、同時に私の顔まで熱くなるのだった。


「だからここにいること。わかった?」
「は、はい」
「それでよろしい」


キュウビは満足げに頷くと、「それじゃ、ボクは寝るから」と再び寝転がり丸くなった。程なくして、安らかな寝息が…。

ああ、もう仕方ないなあ。


「やっぱり雑誌でも読んで過ごすか…」


机に置いていた雑誌を手に取り、キュウビの寝るベッドの横に座る。背中を預けると、大きなキュウビの尻尾がふわりと頭の上に乗った。寝たんじゃなかったのかと思ったけれど、今のさっきでキュウビと向かい合うのは恥ずかしいのでそのままにしておく。

邪魔にならない程度にキュウビの尻尾はふわふわと動いて、まるで頭を撫でられているような感覚だった。だからだと思う。私がいつの間にか眠ってしまっていたのは。


「おやすみ、七海」


夢に入る直前、キュウビにしては珍しい優しい声が聞こえたような気がした。