わたしの話03

「俺っち、ジバニャン!よろしくニャン!」
「私は七海。よろしくね」


思わず私は手を伸ばして、ジバニャンの頭を撫でた。あまりにも可愛かったからだ。妖怪というよりは本物の猫のようだったから、ついつい気を許してしまった。まさか妖怪と触れあう日が来るとは。昨日から「まさか」の連続である。

私に撫でられているジバニャンは、気持ち良さそうに「ニャーン」とすりよってきた。可愛い。すごく可愛い。


「姉ちゃん、ジバニャンかわいいでしょ?」


夢中で撫でていると、景太が反対側の腕にしがみついてきた。こっちも猫みたい。


「うん、かわいい。本物の猫みたい」
「ジバニャンは猫の地縛霊ですからね。もともとは猫なのですよ」


なるほど、だからジバニャンって名前なのか。心得て、今度は顎を撫でる。ゴロゴロと喉がなった。


「姉ちゃんかわいいもの好きだもんね。猫とか」
「うん、飼いたかったくらいだし」
「ウィスパーがね、かわいい妖怪もいっぱいいるっていってたよ」
「へえ、そうなの」
「だから、姉ちゃんも一緒に妖怪と友達になろうよ!」


私は思わず、「うん」と頷きそうになった。ジバニャンを撫でていた手が止まる。
なんだこれは。景太の策略だったのか。
ジバニャンから手を離して、景太と向かい合う。

景太は、今のだけでは押しが足りないと判断したらしい。再びうるうるした目で見上げてきた。それにプラス、ウィスパーとジバニャン。とんでもないコンボ技に、私は陥落寸前だ。いや、でもね…!


「私は見えるだけでいいよ…」


何年もかけてきたこの努力。水の泡になどさせるものか。

妖怪が嫌いなわけではないのだ。
ただ、私にも意地とか、あと面倒事にあいたくないとか、そういうものがあって、進んで関わりたいと思わないのだった。

こういうのは時間が有り余る小学生以下の子どもの特権だと思うよ。


そう伝えれば、景太はわかりやすく口を尖らせた。


「だって、姉ちゃん高校行ってから全然遊んでくれないじゃん」
「え?」
「バイトなんか始めちゃってさ!パンもらえるのは嬉しいけど…姉ちゃんと会える時間が短いんだもん」


せっかく妖怪が見えるんだからさ、一緒にやりたいよ。

口を尖らせたまま、ぷい、と景太は顔をそらした。
思わず出た本音だったのか、ウィスパーとジバニャンが「あーあ言っちゃった」と言っている。

つまるところ、景太は私と過ごす時間を増やしたくて、妖怪探しを一緒にしてほしい、と。そういうこと?


「夏休みくらい、姉ちゃんと遊びたい!」
「俺っちも七海ちゃんと一緒がいいニャン!」
「私からも、お願いします」


極めつけに、ジバニャンとウィスパーからのお願い攻撃が真正面から入った。効果は抜群だ!作品が違う。


――ああ、これは、もう。



「と、時々だけだからね…」
「ぃやったぁーーー!!!」


図ったな。

あまりの態度の変わりように、私はがくっと肩を落とした。
何て子達なの…!

しかし、私は見事に陥落したのだ。敗北。まさにこの言葉が似合う。敗者は勝者に従わなければならない。

景太はジバニャンとウィスパーの手を握り、くるくると踊っている。


景太、あんた年々打算的になっていくよね…

私のため息が重く漏れたのに、部屋の中でそれを拾ってくれるのは誰もいなかった。代わりにまた景太が飛び付いてくる。


「明日からが楽しみだね!姉ちゃん!」
「そう、だね」



――仕方ないなあ。

ふっと苦笑して、私は景太の頭を撫でる。気持ち良さそうに撫でられる景太が、今日一番の笑顔を見せた。


こうして、この日から、私は妖怪と関わっていくことになったのだ。