姉ちゃんと秘密の部屋

バイトも終わり、さあ着替えてご飯を食べようと思っていたときのことである。
自分の部屋で身に付けていたコートと、制服のブレザーを掛けるためクローゼットを開けたら。


「あ…見つかっちゃった」


何かいた。
見覚えのある何かが住んでました、クローゼットの中に!


「わ、わ、わあああ!!」
「どうしたの姉ちゃん!」


私の大声を聞いて、ドタドタと景太がかけてきた。「どうしました〜?」「何ニャン、何の騒ぎニャン?」後からウィスパーとジバニャンも乗り込んでくる。こういうとき、彼らはとても頼もしい。


「わ、私のクローゼットの中に!」
「クローゼット〜?」


抜けてしまった腰のまま、私がクローゼットを指差すと、訝しげに景太が中を見てくれた。「うわ!大やもり?!」私と同じような反応をして、そのまま中の人を引きずり出す。べしゃっと音がした。「ケータにも見つかっちゃった…」いや、見つかるでしょ。こんな毎日使うようなところにいれば。
ああ、制服全部脱いでなくて良かった…


「大やもり!何やってんだよ!」
「ほんと、何でこんなところに…?」
「うん…ちょっと…ここに住むことにしたんだ」


えええ、何それ急すぎるし!それに今「はしょった」よね?!明らかに、ここにいる経緯を「はしょった」よね?!

大やもりは「よいしょ」と体を起こすと、再び私のクローゼットの中へと入ろうとする。何がなんだかわからず、私たちは呆然とそれを見守った。そしてどこから持ってきたかわからない毛布を被って、一言。「うん、やっぱりここ落ち着くし、いいね」って、ちょっと待てー!何普通に入ってんの?!


「大やもり!?ここ姉ちゃんのクローゼットだから!」
「うん、知ってるよ」
「じゃあ今すぐ出てよ!」


腰に手をあて、大やもりを睨み付ける景太はまさに修羅だ。いつからこんなに怖い弟になったのだろう。ジバニャンとウィスパーが私の後ろに隠れている。

しかし大やもりはそれをさらりと流して、「だって俺、カプセルのなか気に入ってたのに、ケータが封印といちゃうから…住むとこないんだもん」と宣ったのだった。


大やもりは、最近景太が妖怪ガシャで引き当てた妖怪である。どうやら引きこもり体質らしく、大やもりとしてはそのままカプセルで過ごしていたかったらしい。しかし、神様の思し召しか何なのか、大やもりはこうして、景太の友達になるべく、カプセルから出ることになった。確かに初めて会ったとき、「住むとこ探さなきゃ…」っていってたけど、まさか私のクローゼットとは思いもしないよ。


「あの、大やもり?住むところないなら大ガマのところにいってみたらどう?」


大ガマは大やもりの親戚だ。家のない大やもりのことを知れば、きっと彼は手を差しのべてくれるだろう。何て言ったって本家の大将だからね。しかし、大やもりから返ってきた答えは、「やだ。俺、あいつ嫌いだもん」だった。

そんなばっさり?!私の提案は見事に打ち砕かれ、大やもりはぷいっと外を向いた。「俺、七海の部屋がいいの」。そんなこと、言われても、ねえ…?


「大やもり!俺の姉ちゃん困らせないでよ!いっておくけど、同棲なんて認めませんよ!!」
「ケータ何か違うニャン」
「しっ、ジバニャン。今私たちが口を挟んではいけません!」
「何か言った?!そこの後衛陣!」
「ひぃぃ、何でもないでうぃす〜!」


何かのコントかと思うくらい鮮やかなやり取りをして、景太はぎろりと睨む。ウィスパーとジバニャンはさらに私の後ろへと隠れた。弱すぎである。


それからしばらく、私のいないところでの応酬が続いた。「出てって」「やだ」「別のとこ探してあげるから」「やーだー。七海いい匂いするからここがいい」「それならなおさら認めるわけにはいかないんですけどおお?!」…もうなんだか面倒くさくなってきたよ…。


「わかった。じゃあ俺の部屋にしたら?!姉ちゃんの隣の部屋だし、間取りも同じ。いいでしょ?!」
「やーだ。俺は七海の部屋がいいの。それにケータの部屋、ヒキコウモリがいるんでしょ?引きこもりは相入れない」


あんたも引きこもりでしょ。そんなツッコミをするのも、もう面倒だ。ああ、もういいや。


「…わかった、住んでいいよ」
「え?!ね、姉ちゃん?!」
「えええいいんですか七海さん?!」
「こいつ妖怪でも男ニャンよ?!」


景太たちは必死の形相で迫ってくるが、だって、こうなったらもう梃子でも動かないでしょ、この大やもり。
「ほんと?さすが七海〜話わかるう」と言っている時点で、悪いとか全然思ってないだろうしね。


「…ただし、お母さんとかお父さんに、迷惑かけるようなことやめてよ?」
「うん!それはもちろん!引きこもるからここからでないよ!」


大やもりは、「むしろ七海の部屋守ってあげるから〜」と、歌を歌うように上機嫌だ。早速クローゼットの中に戻って、住み心地のいいように荷物を整えている。ああ、さよなら私のクローゼット。明日にでも私物を出しておこう…。


「もう!大やもり!姉ちゃんの着替え覗いたりしたら絶対絶対、ぜーったい!許さないからね!」
「わかってるってー!じゃ、おやすみ〜」


パタン、とクローゼットが閉じられた。
騒がしかった部屋に沈黙が落ちてくる。

何だかすごく疲れた。

私たちの同時に吐き出したため息が、部屋のなかで響いたのだった。